第29話
モルフェスが投げた弓矢の破片が側頭部に当たり、衝撃で意識を取り戻したモルフェスが、眉間にシワを寄せながら、業火の如き怒りの視線を鳳凰院に向ける。
「人間風情が、この僕をよくもコケにしてくれたな」
モルフェスの視線に気がついた鳳凰院は、中指を立てた腕を高々と掲げ、皮肉に満ちた笑みを浮かべる。
この世界には中指を立てる行為に相手を侮辱すると言う意味は伝わっていない、しかし鳳凰院の表情を見れば侮辱だということがわかったのだろう。
モルフェスは奥歯を砕きそうな勢いで食いしばった。
「タダで死ねると思うなよ!」
「はいちょっとストップ! そんな怒んなって……ぽ・ち?」
槍を担ぎ、小馬鹿にしたように笑いながら歩み寄ってくるシュペランツェ。
それを見たモルフェスは苛立たしげに舌を鳴らした。
「雑魚はすっこんでいろ」
「じゃあすっこむのはお前じゃん?」
挑発的に笑うシュペランツェにモルフェスが激怒する。
幻影を作り出し、阿修羅のように腕を六本出現させ、その全ての腕に処刑刀を握らせる。
「貴様を殺したらすぐにあの男だ」
地面を蹴り、超前傾姿勢で一気に肉薄しようとするモルフェス。
応戦するためシュペランツェも槍を構えて向かっていく。 しかしモルフェスの頭上から無数の弓矢が降り注いだ。
チラリと頭上に視線を送ったモルフェスは、すぐさま二体の幻影を作り出す。
作り出したのは龍翔崎と鳳凰院の幻影。
幻影で作り出された二人は、降り注いでいた弓矢の雨を全て破壊し尽くした。
「こいつらの幻影は驚くほど強固で、信じられんほどの身体能力を発揮したことは、あのクソ女に操られている最中に見ていた! 止められるものなら止めてみろ!」
数十メーター先から弓を引き絞っていたシャルフシュに向けて、鳳凰院と龍翔崎が一直線に駆けて行く。
だがその二人の前に、分厚い半透明の障壁が立ち塞がった。
龍翔崎の幻影は現れた障壁を破壊しようと右腕を振り抜くが、障壁は龍翔崎の右腕を吸い込むように変形した。
まるでゴムのように龍翔崎の打撃を吸収し、障壁を破壊しようとした龍翔崎を吹き飛ばす。
鳳凰院の幻影はそれを見てすぐに障壁を避けるために方向転換した。
シャルフシュは方向転換した鳳凰院に無数の矢を放つ。
「ツァーバラ! 白い人の幻影はうちがやるから!」
「任せるよ! シャルフシュ!」
二人はアイコンタクトを交わしながら移動をするが、吹き飛ばされていた龍翔崎の幻影は、砂煙を上げながら地面に足をつけ減速。 体制を整えた後、ツァーバラにターゲットを絞った。
「ゼタ・ゲフェングニス=フェアファーモン・エラスティッティテッド!」
ツァーバラが二重で呪文を唱えると、突進してくる龍翔崎を透明な障壁が囲い込む。
カプセル状になった弾性の障壁が包み込んだことで、勢い余った龍翔崎は障壁に弾き返されカプセルの中で上下左右に跳ね回った。
その様子を見て、遠くでケラケラと笑い出す鳳凰院に、龍翔崎がすかさず「テメェ何笑ってんだゴラァ!」などと言って喧嘩を始めている。
だが魔法を使った事に対して明らかな動揺を見せるモルフェス。
「なぜ魔法が使える! 無能領域はどうした!」
「ハートゥングなら死んだぜ? 真っ二つになってな!」
モルフェスの猛攻を防ぎながら、気の抜けそうな軽い声で返事をするシュペランツェ。
「なん……だと?」
動揺するモルフェスの足に、シュペランツェの槍が突き刺さった。
渋面を作りながら大きく距離をとるモルフェス。
「俺たちは龍翔崎さんの指導で強くなったんだぜ。 俺はここ数日の組手で、龍翔崎さんの動きを見ていて気がついた。 龍翔崎さんは俺と組手をするときは、必ず俺の武器をはたき落とすんだ」
シュペランツェが全身のバネを使いながら強烈な突きを放ち、モルフェスは慌てて剣で受け止めるが衝撃でバランスを崩す。
その隙にシュペランツェはモルフェスのもう片方の足も突き刺した。
悶絶しながら膝をつくモルフェス。
跪いたモルフェスに、シュペランツェは無邪気で残酷な笑みを向けた。
「つまり龍翔崎さんは俺にこういう立ち回りを教えてくれたんだ。 治らない傷を与える俺の能力を確実に当てるためには、相手の武器を破壊しなければならない。 けれど、足が自由に動く敵は逃げ回るからな。 ならば逃げられないように足から潰せばいい」
シュペランツェが槍を風車のように高速回転させながら振りかぶる。
冷や汗をかきながら幻影で作った無数の腕で剣を構え直すモルフェス。
「足は潰した事だからよ、次は腕だな。 そんで腕も全部削ぎ落としたら……最後は首だ」
卍
突進してくる鳳凰院の幻影に、シャルフシュはありとあらゆる角度から弓矢を放つ。
鳳凰院はあり得ない軌道で飛んでくる弓矢を卓越した運動神経で全て掴み取っていく。
だが矢の数がかなり多いため、シャルフシュへの突進は中断された。
それを確認したシャルフシュは、何を血迷ったのか弓を引き絞りながら一気に距離を詰める。
「うちは白い人に教わったんだけどね! 『絶対当たるからってちまちま狙撃するのは愚策だぜ』ってさ!」
四方八方から飛んでくる弓矢を全て対応している鳳凰院の幻影は、突進してくるシャルフシュへの対応が少し遅れた。
その一瞬で一気に肉薄したシャルフシュが、引き絞った弓を鳳凰院の胸……心臓部に向ける。
「掴まれたり壊されたら意味ないんだから、そっちは囮に使ってゼロ距離射撃が最も効率的だってね?」
ニヤリと笑ったシャルフシュが、めいいっぱい引き絞った弓から矢を放つ。
ゼロ距離で放たれた矢は鳳凰院の胸を貫いた。
胸を貫かれた鳳凰院の幻影は、あっけなく霧散して消えていく。
それを見て満足げに鼻を鳴らすシャルフシュに、遠くからヤジが飛ぶ。
「テメェ容赦ねえな! 俺に恨みでもあんのか!」
シャルフシュは苦笑いしながら耳を塞いだ。
卍
弾性の障壁に囲われた龍翔崎は、勢いを殺せず障壁内でスーパーボールのように跳ね回っている。
突進の勢いが強すぎたせいで止まれなくなり、勢いを殺せないまま障壁の中で暴れてしまったらしい。
ツァーバラは困り果てた顔で呪文を唱え始めた。
「ギガ・ヴァッサー=テラ・ドンナー」
すると弾性の障壁の中に大量の水が溢れ出し、その水の中に青白く輝く雷電が走る。
水風船のようにぼこぼこと揺れ動く障壁内部にツァーバラが魔法で作った水が満たしていくと同時に、高圧の電流がその水の中に流れていく。
水が障壁の中を満たし終えると、跳ね回っていた龍翔崎が水の中で苦しみ出しながら全身を激しくけいれんさせる。
逃げ場のない障壁内で感電水を満たす事による、不可避で理不尽な一撃必殺。
幻影の龍翔崎がもがき苦しむ様子を見ながら頬をひきつらせたツァーバラは、
「鳳凰院さんに一撃必殺の二重詠唱コンボを教えてもらったけど、これは流石にやばいかな?」
自問自答している間に幻影の龍翔崎は水の中で霧散していく。
それを確認したツァーバラが、恐る恐る龍翔崎に視線を送ると……
腕を組んでむすっとした顔の龍翔崎がツァーバラをガン見していた。
思わず目を逸らしながら肩を窄めるツァーバラ。 しかし以外にも龍翔崎は、背を向けたツァーバラに拍手を送ってきた。
「すげーぜツァーバラ! その凄さに免じて、お前は後で、タイマンでみっちり組手してやっからな!」
「遠慮しておきます!」
ツァーバラの悲鳴混じりの声が響き渡るのは必然だったが。
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