第21話

「調子はどうだよ龍翔崎?」

 

「なんだ、鳳凰院かよ」

 

 声をかけた俺に振り向いた瞬間、隙あり! とか言って剣使いが突っ込んでいったが、龍翔崎はノールックで足を引っ掛ける。

 

 頭からずっこけた剣使いは、涙目で鼻を真っ赤にしていた。 まるで子供と大人のじゃれあいのようだ。

 

「お前ら全員筋は悪くねえがな、もっとこう……ビビッとくる何かが無えと! なんか無えのか! あっ、そうだ! 必殺技を作ろうぜ!」

 

 さっきからこいつは知能が低くなりそうな指導しかしていない。

 

 思わず盛大にため息をつくと、龍翔崎が「なんでため息なんかついてんだよ?」とぼやいてくる。 俺はチラリとラディレンに視線を送った。

 

 ラディレンは転んでいた剣使いや弓ちょこたちと仲良さそうに話している、心なしかものすごく楽しそうに見えた。

 

 俺は思わず、気になった事を聞いてみることにした。

 

「お前らは顔見知りだったのか?」

 

「鳳凰院殿! おはようございます! 僕たちとラディレンちゃんとは小さい時からの仲ですから!」

 

 転んでいた剣使いが、ニコニコしながら返事をする。

 

 ラディレンも昨日の時点で剣使いの能力を使って記憶を戻していた。

 

 ほんの一瞬だけとんでもないショックを受けたような顔をしていたが、立ち直るのがものすごい早かったのは幸いだ。

 

 俺はその後すぐに別れたから何があったかとか、何を思い出したかとかは聞いていないのだ。

 

「小さい時からだと? お前らいくつなんだよ?」

 

「二十二です!」

 

「二百十一じゃ!」

 

 隣で目をまん丸に見開きながらラディレンを二度見する龍翔崎。 いい加減慣れろよ。

 

「龍角族の寿命は千才くらいか?」

 

「そうじゃが……ああ、そうじゃったか! 鳳凰院様は世事に疎いと申しておったな!」

 

 こんなの常識だろ? とでも言おうとしていたらしい、ラディレンは頭の回転が早くて助かる。

 

 寿命から考えると、ラディレンの年は人間に例えると十代半ばくらいだろうか? そう考えると今の戦いぶりを見た限り、かなり強くなりそうだ。

 

「ラディレンは聖王の国にいたのか?」

 

「記憶を操られる前までは、じゃがのう。 一族の殺し合いが始まった際、まだ記憶を操作されていなかった父上が、咄嗟の判断で妾を川に投げ入れたのじゃ。 父上は一族で一番強かったからの、錯乱する仲間たちを最後の最後まで説得し続けておった」

 

 遠くの方に視線を送りながら語り出すラディレン。

 

 龍翔崎は槍使いのシュペランツェと稽古をしながら俺たちの話をちゃっかり聞いているようだった。 チラチラとコチラに視線を向けている。

 

「川に流されてたどり着いたのが聖王様の国じゃった。 そして妾は、聖王様に救っていただいたのじゃ」

 

 だからこいつのターゲットは聖王にされていたわけか、魔王がやりそうな記憶改ざんだ。

 

 そしてラディレンを助けるために、聖王は必死に魔王軍を攻めていたわけか。

 

「妾が聖王様に拾われたときはのう、フェイターはまだ五才のちんちくりんじゃったんだぞ?」

 

「ちょっとラディレンちゃん! 君だって百九十四才だったじゃないか!」

 

 俺は慣れているからなんとも思わんが………

 

 今なお稽古中の龍翔崎は、首を傾げながらシュペランツェの手首をチョップして槍をはたき落としていた。

 

 二百十一才と百九十四才って、どっちも変わらねえだろ? とでも言いたいのだろうか?

 

 って言うかラディレンのやつ、今サラッと以外なことを言わなかったか?

 

「今のラディレンの口ぶりからすると……もしや、剣使いは聖王の息子か?」

 

「ええ! 一人息子です! ラディレンちゃんは女の子だったので、父上はさぞ喜んでおりました!」

 

 剣使いは困ったような顔で俺の疑問に答えた。

 

「僕たちは一緒に育てられて、一緒に冒険者になったんです!」

 

「懐かしいのう! 聖王様は国民たちに自由を訴えておるからな。 フェイターと妾は冒険者に憧れていたのじゃ! 聖王様の許しを得て冒険者の試験を受け、願いが叶ったときはそれはもう嬉しかったのう!」

 

 嬉しそうに小さく跳ねながら、目をキラキラと輝かせるラディレン。 その笑顔がかなり眩しかったから、そのまま話の続きを促した。

 

「それでのそれでの! 冒険者になった妾とフェイターが、しばらくの間一緒に冒険をしているうちにあやつらにも会ったってわけじゃ!」

 

 ラディレンが嬉しそうな顔で、手首を押さえて悶絶していたシュペランツェを指差した。

 

 その光景を見て嬉しそうな顔をする弓ちょこと杖使い。

 

「シュペなんかのう! あったばっかの時は一匹狼でのう! 会うたびにフェイターに難癖ばかりつけて、最終的に決闘までするハメになったんじゃぞ」

 

「おいラディレン! そんな昔の話盛り返すんじゃねえ! つーか龍翔崎さん、手首絶対折れましたよこれ!」

 

 「ああわりい、ついな!」とか言う龍翔崎を差し置いて、ラディレンは子供のように冒険譚を長々と話し始めた。

 

 よくありそうな冒険譚だった。

 

 だが嫌いじゃない、聞いていて俺も心躍ったし、話しているこいつらも楽しそうだった。

 

 そこから数分間、楽しそうに喋っていたかと思うと、ラディレンは急に真剣な顔をして自分の手の平を見つめる。

 

「じゃから許せんのじゃ。 妾たちの冒険を邪魔し、あまつさえ大好きなこやつらに牙を向けさせるように仕組んだ魔王が。 昨日まで妾はあの下衆を父上などと言っていたのか、身の毛もよだつ思いじゃのう」

 

 ギリと奥歯を軋らせるラディレン。

 

 そんなラディレンの肩に、剣使いは微笑みながら手を置いた。

 

「大丈夫さラディレンちゃん! 僕たちはまたこうして一緒にいられるんだ。 けれど、僕もラディレンちゃんと同じ気持ちさ! この落とし前は絶対につけるつもりだよ。 魔王は必ず倒す。 だから、少しでも空いた時間をフルに利用して、少しでも強くならないといけないんだ! 鳳凰院さんや龍翔崎さんに頼りっぱなしじゃダメだ! 僕たち自身の力で、あいつらを懲らしめないとね!」

 

 剣使いのまっすぐな瞳を受け、俺は小さく鼻を鳴らした。

 

「ラディレン、魔法も使えたよな? 昨日戦いを見ていてなんとなく要領はわかった。 組み合わせを工夫すれば小さな容量でも強力な魔法を使えるぞ? あと剣使い、お前の太刀筋は正直すぎだ。 もっと重心の位置や体の向きを工夫して相手を欺け。 お前の剣は、当たれば相手にとってはかなり厄介なんだからな」

 

 龍翔崎の指導が見ていられなかったから、できる限りの指導しようとしただけだが、俺の指摘を聞いて嬉しそうな顔をするラディレンたち。

 

「ちょっと白い人! うちは? うちはどう工夫すればいい?」

 

「鳳凰院さん! 魔法の組み合わせってなんですか? 僕は二重詠唱と言う固有能力があって、二種類の魔法を同時に……」

 

「おい、がっつくな。 一人ずつ見てやるから同時にしゃべるんじゃない。 まずは弓ちょこから指南してやる」

 

 冒険者どもは目を爛々と輝かせながら俺ににじり寄ってきた。

 

「うちの名前、弓ちょこになったんだ。 ま、いいけど」

 

 とか言いながら、弓ちょこは口を窄めていたが、すぐに真剣な表情でじっと俺の顔を見てきた。

 

 俺はこいつらに、思いつく限りのありとあらゆる戦術を教えてやることにした。

 

 こいつらの背後で、手持ち無沙汰になってしまった龍翔崎がやさぐれた目で手を伸ばそうとしたが、ぶつぶつ呟きながら不貞腐れて地面を蹴っ飛ばし始めた。

 

 ちなみに、龍翔崎が拗ねて地面を蹴っ飛ばした瞬間、思ったより強く蹴ったせいで巨大なクレーターと共に地響きが発生し、蹴った張本人が驚いて動揺していた。

 

 実に滑稽だった(笑)

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