第20話
翌朝。
東の山脈から登り始めた朝日を眺めながら、俺は優雅に茶煙草を吸っている。
砦の広場では龍翔崎とラディレンが組手をしていた。
「気合が足んねえんだよ気合が! そんなへなちょこパンチじゃ強くなれねえぞ!」
「おっす! なのじゃ!」
ラディレンの動きは悪くない、しかしあいつには突出するものがないから鬼王やヴァルトア、ポン子にすら及ばないだろう。
おそらく本人がそれを一番知っていたから、あいつは昨日収容所から出てすぐに龍翔崎に頭を下げたのだろう。
それを見た剣使いたちも龍翔崎に稽古を懇願し、広場には剣使いだけでなく傷が治った槍使いもいて、二人の立ち会いを真剣に眺めている。
後衛の弓ちょこと杖使いも似たようなもんだ、あいつらが組み手見ててもたいして役に立たんと思うが……
それはともかく、へなちょ子の情報は有要だったからあだ名は弓ちょこに変えてやった。 本人にはまだ伝えていないが。
今日は冒険者たち全員がフルプレートを脱いでいる。
フルプレートの下はみんな二十代くらいの若い男女で、装備も冒険者らしい目立ちすぎず機能性に優れた革の武具やローブ。
というか、今頃思ったが昨日あの場には俺もいたはずなのに、何故か全員龍翔崎に稽古を頼んでいる。
俺は完全に除け者だ。 別に悔しいわけではないが、俺の方が教えるのはうまいはずだ。
「ぬりぃ! 気合だっつーの! もっとこう、なんつーか! ガーっと行って、ドカンと殴って、シュッて構えんだよ! 拳も軽ぃし! 根性と、気合と、魂を込めてぶん殴ってこい!」
……絶対俺の方が教えるのうまいだろう。
ガミガミと張り切っている龍翔崎を見ながら呆れていると、視界の端に誰かが映り込んだ。
「鳳凰院様? 何故不貞腐れているのですか?」
「ヴァルトアか? 別に不貞腐れてねえ」
茶煙草を消しながら振り返り、何か用か? と、問いかける。
するとヴァルトアは、被っている笠の下で頬を赤くしながらモジモジし始めた。
「昨日はお礼を言えませんでしたので、遅れてしまいましたがお礼を言いにきましたの」
「なぜ礼を言う必要がある?
俺の返事を聞き、首を傾げるヴァルトア。
「怨言? 難しい言葉を使いますのね?」
「恨みを言うって意味だ。 俺は昨日ポン子を本気で殺すつもりだったんだぞ?」
ヴァルトアは、ああなるほど、と呟きながら首をゆっくりと振った。
「殺気の質で分かるだろう? あの蹴りが本気か嘘かくらいな。 まさか、そんなことも分からなかったのか?」
指摘を聞き、鼻を鳴らすヴァルトア。
「そのくらい、わたくしでもわかりますわ? けれどあなたは、フラウを信じていたから殺す気で蹴ったのでしょう?」
ヴァルトアは身を屈めて俺の顔を覗いてくる。
俺は目を逸らしながら言葉を続けた。
「フラウがビビらなければ、あいつの顔は消し飛んでいたぞ? なんせあの蹴りはあいつの顔があった場所ギリギリに当たるように蹴った。 振り抜くより衝撃点で止めた方が力がより強く伝わるからな。 あの時あいつが本気で死ぬつもりだったなら今頃あの世だ」
俺は昨日フラウを殺そうとした動足に視線を落とす。
「だが……あいつはビビってアゴを引いた。 だから蹴りは当たらずにあいつは生きている。 人ってのはな、死を覚悟すると本当に大事なもんを思い出すんだ。 だから死ぬのを恐れる。 だから別に、死ぬのを恐れんのは恥ずかしいことじゃねえ」
ヴァルトアはにやけながら俺の話を聞いている。 こいつ本当に理解してんのか?
俺はなんだか居心地が悪くなり、後頭部をボリボリ掻いた。
「まあ、なんにせよお前は俺に礼を言うより、
「ふふ、もしかして鳳凰院様は照れておられるのですか? あなたのおかげでフラウちゃんが今もこうして元気でいられるのは事実でしてよ?」
返事はせず、小さくため息をつきながら砦の中を見渡した。
朝から兵士たちは戦の準備に明け暮れている。
捕らえていた聖王軍の獣爪、森精、悪魔や魔物族の混成兵たちや、鬼王が連れてきた奴らはラディレンの命令で昨日の夜中に全員解放された。
昨日の夜の内に魔王軍の兵士たちは、フェイターの能力で全員記憶を戻していた。
フェイター一人で数千人に触れて回るのは大変だったため、ヴァルトアがフェイターの血をわずかに吸い、能力を模倣して手伝っていた光景はシュールだったが。
ヴァルトアは血を吸った者の能力を模倣できるらしい。 便利な能力だ。
その後の魔王軍の落ち込み具合は、見ているだけで酷だったが……
何はともあれ、半数以上は魔王に底知れぬ怒りを向け、今現在やる気に満ち溢れている。
砦を守ってた魔王軍と捕らえていた聖王軍、そして鬼王軍が三国で簡易的な同盟関係になり、これから魔王城に攻め込む準備をしているのだ。
俺の視線の先では、今も鬼王とポン子がイチャコラしている。
「いつ見てもフラウは可愛いでありんす! よしよし! よーしよしよしよしよしよし!」
「やめてよディーフェル様! あたしはもう子供じゃないんですから!」
「口ではそう言っても、全然嫌そうにしてないのがバレバレなんし! 照れ屋さんで可愛いでありんす! よーしよしよしよしよし」
俺達との距離的にはかなり離れているにも関わらず、アホみたいなやりとりが聞こえてくる。 鬼王とポン子は昨日からずっとあの調子だ。
夜は二人で一緒に寝て、朝起きてからずっとポン子の頭を犬みたいに撫でくりまわしている。 親バカを超えた、キングオブ親バカだな。
ヴァルトアがジロジロ見てくるので、煩わしくなった俺は拠点内を歩き回ることにした。
俺が立ち上がった瞬間、ヴァルトアが一歩距離を縮めてくる。
「なんだ? まだなんか用か?」
「どこか行かれるのですか?」
大きな笠の影から、
昼間は日光を浴びると皮膚が焼けるように痛むらしい。
笠を被ってるせいで表情はよく見えていなかったが、よく見るとなかなか美人なやつだった。 まあ、どうでもいいが。
「作戦会議までやることがねえからちょっとぶらつこうと思ってな」
「でしたら! わたくしもお供しますわ!」
ヴァルトアは小走りで俺の後を追いかけてくる。
数時間後には作戦会議が行われ、魔王城に進軍し始めるとのことだ。
ここから魔王城までは砦が他にも二〜三個あるみたいだが、鬼王たちや聖王軍の冒険者たちがいる。
制圧するのは時間の問題だろう。
ラディレンの見立てでは三日後には魔王城攻略戦になるらしい。
今日の作戦会議はその魔王城攻略戦での各自の立ち回りの確認をしたいそうだ。
俺と龍翔崎も頼まれたから出席する予定だ。
しかし会議までやることがなさすぎる。 暇すぎるのも考えものだな。
砦の中を適当に歩きながら、横目に龍翔崎たちの様子を伺う。
いつの間にかラディレンの稽古が終わり、次の相手は剣使いに代わっていた。
俺も何か用意をした方がいいのだろうか?
そんなこと考えながら歩いていると、ヴァルトアが心配そうな視線を向けてきた。
「鳳凰院様? 何やら難しいお顔をされていますね?」
「いや、難しいことは考えていない。 あいつらが稽古してるのを見て、魔王城にいる奴らはそんなに強えのか? と疑問に思っただけだ」
俺の質問に、ヴァルトアはわずかに眉を歪めた。
「悔しいですが、龍翔崎様や鳳凰院様抜きで突撃した場合、確実に負けますわね」
「そんなにか? 昨日見ていた限りでは、お前とあの親バカ、ポン子とか……あの杖使い辺りはかなり強えだろ?」
俺はチラリと杖使いに視線を送り、すぐにヴァルトアに戻す。 するとぽかんとした顔で首を傾げているヴァルトア。
「親バカって誰ですの?」
「鬼王に決まってんだろ? 逆に、あいつ以外他にいるか?」
「バカとは失礼なんしね!」
いきなり背後から声をかけられ、ため息をつきながら振り返る。
すると頬を膨らませた親バカが、頬を真っ赤にしたポン子をでかいぬいぐるみのように抱えて立っていた。
「その光景を見て余計、ウルトラキングオブ親バカだと思ったぜ?」
「あんまりバカバカ言わないでほしいでありんす! しょうがないなんし、だってフラウがこんなに可愛いのがいけないでありんす!」
抱き抱えてるフラウに頬擦りしながら幸せそうな顔をする親バカ。
ちょっ、やめてよディーフェル様! とか言いながら満面の笑みを見せるポン子。
全く、あの親バカは多少変態みたいなところもあるが、鬼のくせに恨めないやつだ。
フラウはこいつに会えて人生がガラッと変わったんだろうな。 俺は鼻を鳴らしながらヴァルトアに視線を戻した。
「で? こいつらがいても勝てない理由があるのか?」
「魔王の右腕と左腕、それから妃がかなり厄介ですの」
ヴァルトアは眉間にシワを寄せながら魔王軍の戦力を詳しく伝えてくれた。
魔王の右腕、ハートゥングはいつも魔王城地下にある大監獄を守ってるらしい。
無能領域という空間を作り出し、その中に入った奴は魔法を使えなくなる。
固有能力と腕っ節だけでの戦いになるらしいのだが、魔法が戦闘の主流であるこの世界では素手での戦いは慣れていないものが多く、ハートゥングは素手での戦いでは大陸一との噂があるほどだとか。
まともにやりあうなら、身体能力が高い獣爪族のトップに上等な武器を武装させないと歯が立たないらしい。
魔法を得意とするヴァルトアや杖使いは一番嫌いそうな相手だ。
ちなみに無能領域の範囲は魔王城全体を包めるほど広いらしい。
そして魔王の左腕、モルフェス。
こいつは魔王城の正門を守っていて、魔王城攻略にはこいつを倒すのが必須なのだが……
固有能力は幻影作製、さまざまな形の実体化した幻影を作り出し、相手を騙してしまうらしい。
幻影の精度は普通の人間とかと間違えてしまうほどの精度で、大きさは限られるが色々なものに変形させられるらしい。
自分自身の幻影に関しては分身に近いようなもので、運動能力は落ちるが分身体全てと感覚を共有できるらしく、諜報や偵察にももってこいだそうだ。
もしかしたらこの砦にも潜伏しているかもしれないと、ヴァルトアが昨夜中探し回ったらしいが、モルフェスの幻影らしき者はいなかったらしい。
そもそもフェイターが触れれば幻影は消えるから、兵士に混ざっていないことは確かだ。
そして妃、テイアマット。
常に魔王の近くにいて、魔獣を召喚および操作する固有能力。
こいつが呼び出した魔獣には非常に危険な種類が多く、こいつは色々な生き物の細胞を使い人造魔獣まで作っているらしい。
ハートゥングやモルフェスだけではなく、最も厄介なのはこのテイアマットが操る魔獣らしい。
ヴァルトアから大方の戦力を聞いた俺は、情報をくれた親バカやヴァルトアに礼を言い、すぐに龍翔崎たちの方へ足を向けた。
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