第2話

 ここは、どこだ?

 

 急に目の前が真っ暗になったと思ったら、いきなり朝になりやがった。

 

 俺は鳳凰院ほうおういんとのチキンレースをしていたはずだ。

 

 旗が降ろされたと同時に愛車のアクセルを全開にして、ウィーリーキメながら断崖絶壁に突っ込んだ。

 

 ブレーキは踏まなかった、明らかに俺が勝ったと思いながら断崖絶壁から海に飛んだはずだ。

 

 なのになんでこんなところに寝っ転がってんだ俺は?

 

 不思議に思いながらも体を起こすが、体のどこにも痛みがない。

 

 むしろいつもより体が軽い、羽みてぇに軽い。

 

 少しでも力加減間違ったら周りのものをぶっ壊しちまうんじゃねえかと思うほど、全身に力が溢れているような気さえする。

 

「まさか! ここは天国とか言わねえよな?」

 

「テメェがくなら地獄の間違いだろ?」

 

 俺の独り言に反応したやつがいる、これは聞き覚えのあるムカつく声だ。

 

「鳳凰院! てめぇなんでこんな所にいんだゴラァ!」

 

「それは俺が聞きてぇ、そもそも俺らの愛車はどこいきやがった?」

 

 言われてみれば、俺の愛車がどこにも見当たらない。

 

 さっきまでまたがっていたはずなのに、影も形もありゃしない。

 

 俺は上半身だけ起こしたままキョロキョロと周囲の様子を確認した。

 

 大快晴で日光が燦々さんさんと照りつけている。

 

 見渡す限り青々とした草しかない、一言で言うと平原だ。

 

 明らかにおかしい、俺たちがチキンレースを始めたのは深夜。

 

 しかも俺たちは海に突っ込んだはずなのに、体がこれっぽっちも濡れてねえ。

 

 眉間にシワを寄せながら、しばらくまわりの景色を眺めていると、だいぶ離れた所に人影を見つける。

 

「なんだありゃ? コスプレか?」

 

 人影ではあるが見た目が妙だ。

 

 西洋風のフルプレートで全身固めた奴らが、黒い角と小さな羽を生やした女を追いかけ回してやがる。

 

 尻尾も生えてんな、あの尻尾………どうやって動かしてやがんだ?

 

「女が追いかけられているな。 おい龍翔崎りゅうしょうざき、俺が今からあいつらにここがどこか聞いてきてやる、余計な事はするんじゃねえぞ?」

 

「別にそれは俺も知りてぇから邪魔はしねぇが………多分あれ、話し聞くどころじゃねえな」

 

 なぜならフルプレートの奴らからは、物騒な雰囲気がぷんぷん臭う。

 

 その上女の方も死に物狂いで必死に逃げてる、素人の初見じゃ映画の撮影かなんかかと思うかも知れないが、カメラマンも音響もいねえから普通に強姦ごうかんか何かだろ。

 

「だな、終わるまで待つか?」

 

 真顔で尋ねてくる鳳凰院の提案を、俺は笑い飛ばした。

 

「冗談かよ? 俺は女の方を助けてやるとするぜ。 さすがにあいつら、女相手にフル装備で四体一とかダセェだろ?」

 

「ああ、ダサすぎて反吐が出るぜ。 俺も手を貸してやろうか?」

 

 鳳凰院は慎重に立ち上がりながら俺に手を差し出してきた。

 

 だから俺は差し出された手を思い切り引っ叩いてやる。

 

「寝言言ってんじゃねぇ! 指くわえて見てやがれ!」

 

 勢いよく立ち上がった俺は、すぐに体の異変に気がついた。

 

 異変と言うのは語弊ごへいがあるかもしれない、どちらかと言うと強化。

 

 体が軽すぎた。

 

 それだけじゃない、立ち上がるために蹴った大地が板チョコみてぇにバッキバキにぶっ壊れた。

 

 目を見開く鳳凰院を横目に、俺はフルプレートの四人組の位置を再確認した。

 

 全員が武装している。

 

 武装と言っても奴らの装備は今時ではない。

 

 何せフルプレートに両刃の剣とかギンギラギンの槍とかだ。

 

 前二人が剣と槍で、後ろはデケェ弓とよくわからんでっかい丸太? 木の枝? ………杖か?

 

 なんでもいいが、逃げ回ってる女をおどそうとしてるくせに、銃とかそう言う効率的な武器を使っていない。

 

 つまり、素手で十分!

 

 俺はさっき立ち上がった時の感覚を頼りに、程よい力加減で地面を蹴った。

 

 思った通り、普段ではあり得ないほどのパワーとスピードが出る。

 

 目算だとかなり離れてたと思ったが、軽く地面を蹴っただけで追いついた。

 

 男たちは突然現れた俺を見て目を丸くしてる。

 

 雑魚すぎる、喧嘩慣れしてないのか?

 

 思わぬところから敵が出てきたら、すぐに対応するため陣形立て直すなり、構え直すなりするだろ普通。

 

 そんな事思いながら剣を振りかぶってた奴を殴り飛ばす。

 

 フルプレートの顔面がぐにゃりと変形し、思い切り吹き飛んでいく。

 

 どうやら思ったより強く殴りすぎたらしい。

 

 ありえないくらいぶっ飛んでいって、遥か彼方で爆音と一緒に砂煙が上がった。

 

「あ! あんたら、何者なの?」

 

 女みたいな女々しい声を震わせながら、弓を持ってたやつが俺に矢を飛ばしてくる。

 

 しかし弓の射撃は思ったより遅い、素手で受けられそうだからタイミング良くキャッチして投げ返してやった。

 

 すると、投げ返した矢が腹部を貫通し、これまた驚くことに遥か彼方にぶっ飛んでいく。

 

 おかしい、あのフルプレートは飾りか?

 

 実は折り紙で作ってましたとか言わないよな?

 

 そもそもさっきの矢も、野球のキャッチボール感覚で投げたんだぞ?

 

「おいおい嘘だろぉ? なんなんだよお前! なんで俺たちの邪魔すんだよ!」

 

 槍の男が俺に槍を向けたまま距離を取った。

 

 まあまあいい判断だと思う、槍の間合いを上手く使いながら俺が踏み込むのを防ぐつもりだろう。

 

 けれどこいつも動きが遅すぎる。

 

 しゃべってる最中にこっそり俺の腹部を突いてこようとしていたみたいだが、動きが遅すぎてバレバレだ。

 

 騙し討ちしといて動きがバレバレとか、ダサすぎかよ。

 

 俺は伸びてきた槍を蹴り払う、すると蹴った槍に全身を持っていかれて盛大に転げ回る槍の男。

 

 さっきから力は加減してるのに、どうしてこいつらはスーパーボールみたいに吹っ飛ぶんだ?

 

 思わず首をぽきりと鳴らしながら、唯一無事でつっ立ってる杖みたいな木の棒を持った男にガン飛ばす。

 

 すると杖を持った男は、杖を俺に向けながら何かをぶつぶつと話し始めた。

 

「ヨタ・ドンナー………」

 

「何言ってっか聞こえねえよ、ハキハキ喋れオラァ!」

 

 とりあえずサッと隣に移動して肩をこづいたら、鈍い音を上げながら杖の男が騒ぎ始めた。

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「ツァーバラァァァァァァァァァァ!」

 

 おかしいな、ちょっとこづいただけのつもりだったが結構えげつない音が鳴った。 肩の骨が折れたのだろうか?

 

 杖の男は肩を押さえながら膝をついて、フルプレートの下から鋭い視線で俺を睨みつける。

 

「クソッ! 魔王軍はこんな化物を隠してたのかよ! 撤退だツァーバラ! 聖王にすぐに伝えないと全滅させられちまう!」

 

 唯一転げ回ってただけで無事な槍の男が大声を出しながら何かを投げると、急に眩しい光が視界を覆った。

 

 目眩しか、しかし逃げられても特段困らない俺はとりあえず眩しいから目を閉じて、光が収まるのを待った。


 

 光が弱まると、傷だらけだった女が驚愕の表情を向けてくる。

 

「………あんたたち、何者なの?」

 

「何者かって聞かれてもな、俺の名前は龍翔崎奏多りゅうしょうざきかなた! 高校二年だ! 夜露死苦よろしく!」

 

 ぽかんと口を開ける傷だらけの女。

 

「あ、うん。 ええっと………あたしはフラウよ? フラウ・シェーネラウト」

 

 なぜか震えながら名乗りを上げるフラウとか言う女。

 

 外人だろうか、それにしては日本語がうまい。

 

 正面からちゃんと見るとなかなかに上玉な女だ。

 

 白桃はくとう色の髪で黒い角がカチューシャみたいに生えている、それに小さな黒い羽が背中から生えてるし細い糸のような尻尾もふりふりと動いている。

 

 しかし格好はなかなか奇抜で攻めまくりだ、ヘソ丸出しでショートパンツのニーソックス。

 

 おそらくさっきの四人は意味わからんことばかり口走ってたが、この女をナンパでもしようとして断られたのだろう。

 

 それで逆恨みして強姦されかけたんだな。

 

 こんなチャラチャラした格好してたら、ナンパされて逆恨みを受けても文句は言えねえ。

 

 とりあえず注意しておいてやろうと思い、年齢の確認からしておく。

 

「お前いくつだ? 俺らとタメに見えっけど?」

 

「まだ八十六才よ?」

 

 ………何言ってんだこいつ?

 

「おい、真面目に答えやがれ。 お前どっからどうみてもそんなにババアじゃねえだろ? つーか八十六でその格好とか逆にドン引きだかんな?」

 

「はぁ? 何言ってるのよ! 八十六って言ったでしょ? まだ未成年じゃない!」

 

 こいつの言いたいことが全くわからない。

 

 八十六? 未成年? じゃあ俺はまだ十七だから赤ちゃんってか?

 

「おい龍翔崎、ちょっとこっちに来い」

 

 いつの間にま近くまで来ていた鳳凰院が、戸惑う俺にひょいひょいと手招きをする。

 

 しぶしぶ近寄っていったが、フラウって女は不思議そうな顔で俺たちをガン見している。

 

「多分あいつが言ってる事は本当の事だ、そんであいつは人間じゃない」

 

「お前まで意味わからんこと言うんじゃねえよ、寝起きで頭ぼーっとしてんじゃねえか?」

 

 フラウって女に聞こえないように小声で会話する俺たち。

 

「寝ぼけてなどない、お前こそ認めろ。 もうここは俺たちの地元でも、日本でもないんだ」

 

「もしかして俺たちは、単車で崖から飛んだ後………」

 

 さっき目を覚ました時のことを思い出しながら、俺はギョッと目を見開いた。

 

 ゴクリと息を飲みながら小さく頷く鳳凰院。

 

「勢い余ってアメリカまで飛んで来ちまったのか!」「ここは異世界だ!」

 

 俺たちは同時に口を開き、お互いの顔を見合わせながら渋い顔をした。

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