第160話再び山口へ

 途中で何回か連絡があって、今はどこにいるとか、ホテルに着いたとか、そういった連絡が続いて、九州最後を門司港で迎えて、8月〇日の午前中には山口に着くという連絡があって、予定通り午前中に家に着いた。九州に向かっていった時よりも、さらに前進日焼けして、筋肉隆々になっていたような、そんな感じがした。改めて苦楽を共にした自転車を眺めてみる。話を聞くと、タイヤがすり減って、途中で交換したのだとか。まぁ、大阪から往復で3000キロ以上の道のりを走ってきたのであるから、タイヤなどの消耗品の交換は必要だろうなと思った私である。

 家に着いてまずは汗を洗い流してもらおうということで、風呂を沸かしてさっぱりしてもらったところで、洗濯物は洗濯機の中に押し込んできれいにして、今度は3日ほど泊まって大阪に帰るという。長旅がまだ続くので、しっかりと体を休ませて体力を回復してもらえたらと思い、どこかに出かけるなどの予定は入れてなかった私である。そして、九州の土産話を聞きながら夕食。父は日本各地を若いころ自転車で旅をした経験があるので、九州のこともよく知っていた。やはり自転車旅行が大好きな父とは話が合うみたいで、夜遅くまで旅の話で盛り上がっていた。父としてもまたいつか自転車で旅をしてみたいと思ったようで、

「俺も定年退職したら自転車で北海道に行く」

などと言っていたが、それは今となっては叶わぬ夢となってしまった。今では自転車旅行よりも、農作業に精を出している。


 我が家では3日ほど滞在して、大阪に向けての長い旅に出発していった。私としては、国道2号線は交通量が多いので、道中の安全を祈りつつ二人を見送った。

 二人が大阪に向けて出発すると、賑やかだった家の中も静まり返ってしまった。我が家を出発しておよそ1週間後、大阪に無事に着いたという連絡があった。またこれからしばらくの間会えないと思うと、一抹の寂しさを感じた私である。電話を切る前に

「また山口に遊びに来いよ」

「あぁ、リンダもまた大阪に遊びに来いよ」

そう言って電話を切った。

 それから少しして、姉から思いもよらぬ言葉を聞いた。大阪に住んでいたころ、塾で散々私のことをいじめ抜いた姉の一つ上の小林が遊びに来たいと言っているというのである。せっかくの楽しかった星田や柳井との再会の思い出に浸る間もなく、私の天敵だった女がやってこようとしている。それだけは何としても阻止したかった。姉も塾で散々私がいじめられたことは知っているはずである。どうしようか…。母の実家に避難するか…。話では10月の体育の日前後に遊びに来たいと言っているようである。私はあんな女の顔なんて二度と見たくないし、来てほしくない。私は正直に姉に

「散々嫌な目に遭わされたから、絶対に来てほしくない」

そう伝えた。姉としては私の気持ちもよくわかると思うのであるが、先輩である小林の要望も聞き入れないというのもどうなのか?という思いもあったのかもしれない。少し困ったような顔をしていたが

「まぁ、あんたから見ればそう思うやろうな…。散々やられたもんな。断りの手紙書いて送るわ」

そう言って、来ないでほしいということを伝えて、この話は立ち消えとなった。今も私が解せないのが、山口に引っ越ししてからずっと、何の音さたもなかったのに、何を思って突然山口に来たいと思ったのであろうか。小林は私のことを

「死ねばいい」

と思うほど嫌っていたはずである。その嫌っている相手がいる家になぜわざわざ遊びに来ようと思ったのか?自分が山口にやってきて温かい歓迎を受けるとでも思ったのか?小林が私に対してやったことは、私の両親も知っているので、星田や柳井たちが遊びに来た時と違って、はっきり言っていい気はしないはずである。それも承知の上で来ようと思った神経が私には理解できない。そして、このことが原因で、それまで平穏を保っていた私の心に再び波風が立ち始めたののである。高校に入ってからは辛いいじめの記憶がフラッシュバックすることもなく、完全にいじめの苦しみを乗り越えたと思っていたのであるが、再びフラッシュバックに苦しむことになるのであった。

 このフラッシュバックは、あいつが来ると言い出したことで引き起こされたものであるが、私自身、高校生になってから自分自身が被害者になったわけでも、いじめの現場を目撃したわけでもないので、完全に心の奥底深くに封印したものと考えていたのであるが、それは甘かった。すぐに収まるだろうと思っていたが、一か月にわたって苦しむことになったのである。再び小学6年生当時のあの教室に夢の中で戻って、渡部や久保・増井たちからさんざん暴言を浴びせかけられ、自分の存在を否定されて、暴力を受けて苦しむ夢や、小林から散々悪口雑言を言われたことなどが夢となって出てくるのである。自分はもう乗り越えたと思っていたのに…。心の奥底に息をひそめながら噴出する機会を狙っていたかのように、次から次へとあの当時の映像が頭の中に、リアルに再生される。この時はっきりと悟ったのは、自分はいじめから逃れることはできないということ。逃げ道などなく、一生をかけて自分自身が自分の心におってしまった傷と向き合わなければならないということであった。このときの私は明らかに精神的におかしくなっていて、落ち着きを失っていたのではないかと思う。せっかくの楽しい夏休みの後半は、思わぬことでフラッシュバックに苦しむ結果となった。

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