第112話面白い奴…

 期末試験が終わってしばらくして山田が

「ほかのクラスに面白い奴がいるから、昼休みに見に行かんか?」

と誘いをかけてきた。私はてっきり、面白い一発ギャグなどをかまして、皆の笑いをとっているような奴がいるんだろうなと思って、その誘いに乗った。そして迎えた昼休み。山田について行って、その面白い奴がいるというクラスに行ってみた。そのクラスに入ってみると、男子がひと固まりになって集まっている光景が見えた。そして同時に聞こえてきたのが、男性の叫び声と言うか、悲鳴であった。何があったのかと思いのぞき込んでみると、一人の男子が集団で殴る蹴るといった暴力を受けているところであった。その暴力を受けている男子は、知的障害と自閉症を併せ持つ

「T君」

と言う男子であることを知った。皆はT君が暴力を受けて悲鳴を上げる姿・恐怖に震える姿を見て面白がっているのである。そして

「もっとやれ~」

とはやし立てる奴もいた。私が見た光景は1年前の私そのものであった。私にとって、1年前の辛く、今すぐにでも消し去ってしまいたいあの忌まわしい記憶を呼び覚ますには十分すぎる光景であった。とても見ていられなくなり、教室を抜け出して職員室に行って、私はは今この眼で見た光景をそのまま先生に伝えた。

「あれはいじめだ」

と先生にははっきり伝えた。それを聞きつけて先生が教室に行って、加害行為をしている奴らを厳しく叱りつけたようである。一方山田は私に

「なぁ、面白かったじゃろ?」

というので、

「あれのどこが面白いん?あれを見て面白いと思えるような奴と俺は付き合いたくないわ。悪いけど、これからのお前との付き合いはやめさせてもらうわ」

そう言ってクラスに戻った。T君に対するいじめを見せつけられて、私の頭の中では1年前のいじめ被害がフラッシュバックして、息苦しくなって過呼吸になった。いくら呼吸をしても息苦しいのである。保健室で休ませてもらって、症状が落ち着いたところで教室に戻って、ホームルームが終わって帰宅の時間となった。山田が

「一緒に帰ろうぜ」

と言ってきたが、私はきっぱりと

「お前との付き合いはやめるって言ったじゃろうが。悪いけどこれからはお前ひとりで帰れ」

そう言って私は教室をあとにした。山田は

「なんでそんなことを言うんじゃ?」

と言うので

「お前にいじめられてる奴の辛い気持ちなんかわからんじゃろうな。あれを見て面白いって言えるんじゃからな。俺はそんな人間にはなりたくないし、そんな奴と付き合いたくもない。わかったら一人で帰れ」

そう言って、それっきり私は山田と一緒に帰るということはしなくなった。私にこうまで言われても、まだ、なぜ自分が非難されなければならないのか、全く理解できていない様子であった。そして、それっきり山田とは話をすることも無くなった。それから、T君へのいじめ加害行為をやっていた不良グループが、先生にチクった”犯人捜し”をしているという情報が耳に入ったが、私であるということはわからなかったようである。なぜならば、T君がいじめられている間、クラスの中は異様な興奮状態になっており、その中をひっそりと抜けだした私のことをだれも注目していなかったからである。いじめ加害行為をした奴らは

「チクったやつらは出て来い」

などと捲し立てていたが、出て行けば暴力行為を受けるのが目に見えていたので、名乗り出るわけなどないのに、いじめ加害行為をした奴らは

「誰かがチクったから俺たちがセンコウに怒鳴られた。チクったやつはどうなるか覚えとけよ」

捨て台詞を吐き捨てて、教室を出ていった。T君へのいじめ加害行為をした奴らから見れば、T君はいじめてもいい存在であり、いじめられるのが当たり前のことだったのであろうが、いじめ被害の後遺症に苦しめられる私にとっては、とても看過できないことであった。その時に見たT君のあの恐怖におびえた目が、私の脳裏に焼き付いて、今も離れない。そして激しい痛みと恐怖でひきつった顔も。なぜ誰も助けない?なぜ誰も先生に報告しにいかない?なぜ誰もみんな我関せずを貫ける?ほかのクラスの出来事ではあるが、私は許せないと思った。障害のあるなしにかかわらず、いじめられていい人間・暴力を振るわれていい人間なんていないはずである。そして、私にとっては、山口に引っ越しして以来、少しずつおさまってきていた自分が暴力を受けているシーンや、暴言を吐き捨てられているシーンを頻繁に夢に見るようになったのである。渡部や増井・浜山や中井たちの激しい罵倒と暴力が夢の中でリアルに再現されて、私はうなされて飛び起きることが再び増えていって、ボコボコこに殴られて、顔を真っ赤に腫らして鼻血を垂らして教室の中で倒れて蹲っているような夢をしょっちゅう見るようになった。閉じかけていた傷口を無理やりこじ開けられて、塩を塗りこまれたような感じで年末年始を迎えることとなってしまった。

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