第103話定期試験

 その5月3日が過ぎて、ゴールデンウィークが終わって、普通の授業が戻ってきた。ゴールデンウィークが明けてしばらくすると、中間試験が始まった。国語・数学・社会・理科・英語の5教科の試験が行われるのであるが、テスト週間の間は部活も行われないので、堂々と授業が終わると家に帰ることが出来る。さすがに勉強に対してやる気をなくしていた私であるが、

「テスト期間中くらいは勉強しないとまずいかなぁ…」

とも思ったので、テスト勉強を始めた。社会・理科・国語はわかるのであるが、すっかり苦手意識を持ってしまった数学と英語はテスト勉強してみても、なかなかわからなかった。家庭教師の先生と一緒に復習してみたのであるが、やはり

「難しい」

と言うのが正直な気持ちであった。数学と英語で点数が稼げない分、残りの3教科で何とか稼いでいたというのが正直なところである。私がいわゆる落ちこぼれにならずに済んでいたのは、3教科で得点を稼ぐことが出来たからだろうなと思う。

 そして中間試験本番を迎えた。中学校に入って今まで勉強してきたところから出題されるのであるが、数学と英語はわからないところだらけで、何とか平均点前後の点数を取るのが精いっぱいであった。

 2日間行われた中間試験が終わって、学校を午前中に下校すると、たいしてやることもなく、家に閉じこもっていた。私がいじめ被害にあうまでであったら、友達の家に遊びに行ったり、外に出て遊んだりしていたのであるが、とてもそんな気にはなれなかった。姉がクラスメイトを呼んできても、私は姉のクラスメイトさえ、関わらないようにしていた。姉のクラスメイトに対しても

「信用してはいけない。いつかは裏切られる」

そう疑いの念を抱いていたのである。姉のクラスメイトが

「一緒に遊ぼう」

とか、時々声をかけてくれることもあったが、私は一切のかかわりを持たないようにしていた。


 そして、このころになると私も次第に親に対して反抗的な態度をとるようになっていった。いわゆる反抗期を迎えたのである。親の言うことにいちいち腹が立って、特に父とはしょっちゅう意見が対立するようになった。とにかく親の言うことがいちいち癇に障るのである。反抗期を迎えて、それまで私が抱えていたやり場のない怒りと複雑に絡み合って、ますます私の精神は不安定さを増していった。自分でも何をどうしたいのかうまく説明ができないし、何がしたいのかわからなかった。どうしてほしいのかわからなかった。ただ単に話を聞いてほしかったのであれば、親の言うことにいちいち癇に障るようなこともなかったのではないかと思うが、話を聞いてほしいとかそういう次元の話ではなかった。なぜかやり場のない怒りがこみあげてくるのである。そしてそれまでにも増して、渡部や増井・浜山や中井たちに対する憎悪の念が強くなっていった。

「なんで被害者の俺が、なにもかも失って遠くに引越ししたのに、あいつらはぬくぬくと大阪で暮らしてんだよ」

そういう思いもあったし、

「いつか俺が味わった苦しみや痛みをあいつらにも味合わせてやる」

そう思っていた。そして考えないようにしていても、頭の中で蘇る過去の恐怖体験。リアルに頭の中で再生される凄惨ないじめの現場。もうあいつらが山口に来てまで、私に加害行為をすることはないとわかっていても、私の頭の中にこびりついたあの記憶は消えることはなかった。そしてフラッシュバックに襲われると非常に体が重たくなる。とにかくしんどいのである。体がしんどいというよりも、生きていること自体が苦しいのである。自分で自分の体を傷だらけにしてしまいたかった。いじめ加害者から見れば

「もう済んだことじゃん」

と思うかもしれないが、被害者から見れば、心の中にずーっと満たされない思いを抱えて生きていかなくてはならならないのである。この苦しみは、今に続く苦しみの本の序章にしか過ぎなかったのである。

 学校でも誰も信用していない私は、あまり他人との付き合いに深入りすることも無くなっていた。クラスメイトが

「どこかに遊びに行こう」

と誘ってくれても、適当に付き合うことしか考えていなかった。あまり誘われて断ると

「付き合いの悪い奴」

と思われるのも嫌なので、誘いに乗って自転車でどこかに出かけることもあったが、皆がワイワイやっていても、一向に楽しいと思えないのである。

「そんなんやってバカじゃねぇーの」

と、実に冷めた目で物事を斜に構えてみていた。このころになると、大阪でよく見ていた漫才とか、コントを見て腹を抱えて笑い転げていた私が、同じように漫才を見ても、

「そんなことあるわけねぇーだろ」

と実に白けた目で見ていた。何をやっても、面白いとは思えないのである。このころの私は、心の底から笑うということがまるでできなかった。笑顔を見せるということが苦痛で仕方がなかった。顔では笑っていても

「面白くもねぇのに、何俺笑ってんだろう」

などと思っていた。そんな私であるが、少しだけ心休まる時間があった。それは、小学校に入学したばかりの妹が見せる、何気ない無邪気な笑顔であった。妹が学校であったことや、クラスメイトのことなどを楽しそうに話すのを見て、少し心が癒されるような気がしていた。妹にとって、私が心に背負い込んでしまったものなど関係がなくて、どんなに私が引きつった顔をしていても、常に笑顔を振りまいていた。その笑顔を見て

「俺、そういえば最近心から笑ったことがないな…」

そう思ったりしたが、毎晩のようにあの凄惨ないじめの映像が夢の中で繰り返し再生される状態では、笑うということ自体、難しいことであった。

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