第79話自殺未遂

 インフルエンザを発症してから、1週間ぶりに学校に行くと、星田や柳井や永井達は

「久しぶりやなぁ。もう体は大丈夫なんか?」

と言ってくれた。私は

「まだ少し咳が出るけどな。だいぶようなったわ」

と言うと、

「よかったなぁ。マジで心配しとったんやで」

「ありがとう。心配かけてごめんな」

そんな会話をしていたら、湯川が

「なんであんた来たん?インフルエンザにかかったまま死んだらよかったのに」

星田や永井は

「なんでそんなこと言わなあかんのや。自分がそんなん言われたらどないや」

「もうええねん。そう遠くないうちに俺は皆の前からおらんようになるから」

「リンダ、それはどういう意味なんや?みんなの前からおらんようなるって…?」

「そのままの意味やけど。まぁ、そのうちわかると思うわ」

そう、この時は自殺することを考えていて、それを決行する機会をうかがったいたのである。そして、その日の夕方、塾に向かった。まだ完全に体調が回復したわけではなかったが、遅れを少しでも取り戻しておきたかったのである。咳が出るので、まず教室に入ると

「まだ完全に風邪が治ったわけではないので、咳が出てみんなに迷惑かけると思います」

と断りを入れてから席に着いた。そこには塾で私の天敵である小林もいた。

「お前はバカなんやから、自分が風邪ひいとるかどうかもわからんのやろ。そんな奴が塾に来たって無駄なだけや」

「あぁ~。お前の咳がうるそうて勉強できひん。さっさと帰れや」

いちいち癇に障ることを言ってくるので、

「そんなん言われたって出るもんはしょうがない」

と言い返すと

「なんやこいつ。先輩に向かって反抗しよるで。めっちゃむかつくわ~。さっさと死ねや」

と言うので、私は

「あぁわかったよ。テメェーらの望み通り死んでやるよ。先生。短い間でしたけどお世話になりました‼‼」

そう言って塾を飛び出した。先生は

「何言うてんねん。死んでええわけないやろ」

などと言っていたが、もう私の耳には入ってこなかった。私は涙を浮かべながら自転車をこいで家に帰った。家では泣き顔は見せたくなかったので、落ち着いてから家に入ったが、家にいた母は私が思いのほか早く帰ってきたので、

「何かあったのか」

と聞いてきたが、私は自分の口から言葉にするのが嫌だった。なので、何も喋らないまま自分の部屋に閉じこもった。私と入れ替わりで塾に行った姉が帰ってきて、ことの顛末を母に話した。

「それは酷い先輩やね…。なんで関係ないうちの息子にそんなん言わなあかんのやろ。ちょっと抗議して来る」

と言って、塾に電話をかけていた。母が電話したときは小林は帰った後だったという。母は

「今後二度とこんなことが起こらないようにしてくれ」

と言って電話を切ったようである。

翌日は、11月にしてはかなり寒い日であった。その日も散々学校でいじめられて、もう何もかもどうでもよくなっていた私は

「今日死のう」

そう思い、重い足取りで家に帰った。家に帰ると誰もいなかった。シーンと静かな家。ランドセルを自分の部屋に置くと、私は気づいたら台所にいた。包丁を取り出してしばらく包丁をじっと見つめていた。

「これを腹に突き刺したら楽になれるんやろうなぁ。もうこれで苦しまなくて済む…。もう楽になりたい…。これ以上辛い思いをするのは耐えられない…。」

そう思いながら包丁を右手に持ったまま、包丁の刃先を見つめていた。そして、これまでのいろんな出来事が頭の中を駆け巡っていた。楽しかったことや嬉しかったこと、いろんな思い出が私の頭の中で蘇っては消えていった。そして

「俺が死んだ姿を見たら、家族はなんて思うのかなぁ…。」

家族が悲しむ顔を見るのは辛いが、今死ねば家族が悲しむ顔を見ずにあの世に旅立っていける。死ぬなら今しかない。そして包丁を振り上げて自分の腹に突き刺そうとした瞬間、玄関で何か音がした。母が妹を連れて保育園から帰ってきたのである。私はあわてて包丁を元のところに戻し、何事もなかったかのようにふるまったが、明かにこの時の私は自分がしようとしていたことを必死で隠そうと、激しく動揺していたと思う。今思えば、あともう1分、母が帰ってくるのが遅かったら、今私はこの世に生きていなかったと思う。恐らく母の悲鳴を遠のく意識の中で聞いていたのではないだろうか。この夜、私はまったく眠れなかった。今日自殺しようとしたことや、このまま生き続けると、いじめは続くんだという絶望感、そしてもう何をやってもいじめから逃れられないという虚脱感。そんなものが一気に押し寄せてきた。あのまま私が包丁を突き刺していれば、残された家族はどうなるんだとか、このまま生き続ける限り、あの地獄のような苦しみが続くという思いだとか、生きていて何かいいことがこれからあるのか、いろんな思いが頭の中で駆け巡っていた。そしてそのまま朝を迎えた。また辛い一日が始まる。死に損なった私にとっては、朝と言うのは、希望の朝ではなく、地獄への片道切符のようなものであった。

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