第67話父親参観
やがて梅雨に入り、雨の日が何日も続く。厚く垂れこめる雲は、まるで私の心を映しているかのようであった。学校に行けば、毎日が嵐。何の雨具も持たずに暴風雨に晒されているような感じであった。雨具を持っていたとしても、容赦なくいじめという暴風雨は、私の心に侵入し、心を何のためらいもなく破壊していく。この時はまだ何とかぎりぎりのところで踏みとどまっていたが、それは少なくても私の味方になってくれるクラスメイトがいたから。そして学校で吹き荒れる暴風雨も、私の家の中にまでは侵入してこなかったから。だから何とかこの段階では踏みとどまることができたんだろうと思う。
そんな6月のある日、父の日のイベントとして、父親参観と言うのが開かれた。各家庭の父親が学校の教室にやってきて、普段の授業の様子を見るというものである(今では母子家庭・父子家庭の子供も多くいるということで、そのような呼び方はなくなっている)。その時、私は初めていじめ加害者の親の顔を見た(増井の親は、私にタックルを仕掛けてきて、私が大けがをしそうになったときに、私の両親が抗議した時にあっているので、増井の親を除く)。さぞかし極悪人顔してるんだろうと思っていたが、そこにいたのはどこにでもいそうな、普通の父親であった。自分の娘や息子を可愛がり、優しく声をかけるような、そんな感じであった。みたところ、増井の親のように離婚話でもめているような様子は見られなかった。正直、何が狂っていじめという犯罪行為をしているのか、私には理解できなかった。いじめというのは、何らかのプレッシャーがかかっていて、その鬱憤を晴らすために自分より弱い立場の人間に危害を加えると思っていたが、親の様子を見る限りでは、加害行為をしている渡部と増井をトップとしたいじめ犯罪グループが形成されるような理由が、私にはわからなかった。当然放任主義の増井を除くほかの加害者の奴らは、親の前では”いい子”演じている。授業の始まる前にやってきた親の前では私に対してふだん浴びせるような汚い言葉は発せられなかった。このクラスにはもういじめは存在しないという雰囲気を醸し出していた。そのような”和やかな雰囲気”の中、道徳の授業が行われた。テーマは確か、大切な友達だったと思う。世の中にはいろんな人がいて、国や性別などを越えて、人と人は交流し、友達になることができるという内容ではなかったか。そして当時南アフリカで行われていたアパルトヘイト(人種隔離政策)についても授業で習った。南アフリカでは、白人よりも黒人の方が劣っているという考えから、様々な差別を黒人の人たちが受けてきて、アパルトヘイトと闘って投獄されたネルソン・マンデラ氏のことについても学習した。
しかし、このクラスの中には確実にいじめが存在し、渡部と増井をリーダーとする恐怖政治が行われていたのは、生活ノートで知らされた加害者の親以外には、知る由もなかったのではないかと思う。いじめと言う犯罪行為で一番怖いのは、無知であること・無関心であること。現に6年4組では、私の味方になってくれるごく少数の児童を除いて、加害行為をするか、いじめを煽るか、自分には関係ない、自分の身に降りかからなければそれでいいと無関心を貫く児童が圧倒的に多かった。そんな状態であるから、6年4組に通っている児童の親で、私がいじめ被害にあっていることを知っているのは、加害行為をしている児童の親以外いるはずもなく、いじめが存在しているということに関しては、親たちは加害者の親以外は無知であったと思う。親の知らないところで行われるいじめ。6年4組のほとんどの人間にとって、私は大切な友達ではなかったのである。悪くいえば、私なんかいてもいなくてもどうでもいい存在・いつもいじめられているのが当たり前の存在だったんだろうと思う。だから、渡部や増井の
「センコウにチクったら、リンダに対していじめを加える」
と言う発言にも大多数の人間がだんまりを決め込んだのではないかと思う。
その”大切な友達”をテーマにした道徳の授業が終わって、親たちは帰っていった。このクラスにとって、大切な友達って何だったんだろう…。
日曜日が参観日だったので、月曜日が代休という形で休みになり、私は日曜日の夜、梅雨の晴れ間で天気が良かったので、望遠鏡を出して星空を眺めていた。夜空には明るく光る星もあれば、暗い星もある。でも、星たちは自分に与えられた一生を輝いている。そこにはいじめも暴力もなく、ただ光り輝いているだけである。もしその星に惑星が周っているのならば、きっと多くの生命を秘めているんだろうな…。そんなことを考えながら眺めていた。そして、広大な、あまりに広大な宇宙を眺めていると、自分の身に今起きていることなんて砂粒よりも小さな出来事でしかないんだろうなって思えてくる。
「そんなことくらいでくよくよするな」
って星が語り掛けてくるようにも思えた。そして、この宇宙に輝く星一つ一つが、どれも宇宙の中では必要とされているとも。月曜日は特に何をすることもなく家で過ごしていたように思う。日課になっているゴンの散歩で1時間ほど外に出たであろうか。それ以外はだれにも会いたくなくて、家の中にいた。
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