第66話死ね・死ね・死ね
そして家に帰って、殴られたり蹴られたりしたところを見てみると、痣ができていた。暴行を受けた部分がじんじんと強く痛む。しかしこの状況でも親には知られたくいなかった。だから自分が今いじめ被害にあっていると、のど元まで出かけていたが、どうしても言えなかった。
「俺さえ我慢してればいいんだ…。そう俺さえ」
そう自分に言い聞かせて、家の中では普通に変わらないように生活していた。運動するには胸や腹が痛むのであるが、ゴンの散歩に行けば、少しは気がまぎれるのかもしれないと思い、リードを持ってゴンの斬歩に行った。ゴンも、以前もうそうであったが、人の心の中がわかるのか、この日も私のそばにそっと寄り添って、優しくほっぺたをぺろぺろと舐めてくれた。不思議とゴンと触れ合っていると、荒んだ心が少し楽になる。つらいことも苦しいこともすべて忘れられるような、そんな気がする。歩くと痛みが走るし、ゴンのペースで歩くということはできなかった。それでもいつもの空き地に行ってゴンと遊んでいた。いつもならテニスボールを投げて、ゴンの運動をさせるのであるが、ボールを投げる動作をすると強い痛みが出る。そのためボール投げはせずに、帰ってきた。
その夜風呂に入って改めて暴行を受けたところを見てみると、青痣になっていた。その青痣が
「死んだら楽になれるぞ。お前は生きてる価値なんてないんやから、さっさと死んでしまえ」
そう言っているような気がして、見ないようにした。そう。死ね・死ね・死ねと言われているような…。
風呂から上がって、ベッドに入って眠りにつく。その夜見た夢は、エンドレスで激しい暴力を受けている夢であった。多分5月の終わりのころには、私は精神的に病んでいたのかもしれない。目は生気を失い、輝きを失っていた。死人のような目つきであった。そして夜が明けると、また辛い朝がやってくる。辛くても学校に行かなければ…。そう思って学校に行く用意をしていたら、突然激しい腹痛に見舞われた。このところずっと続いていた下痢であったが、この日はいつもよりも強い痛みを伴う下痢であった。そのため学校を休んで様子を見ることになった。熱はないのであるが、一日激しい下痢が続いた。水分がどんどん失われていくので、のどが激しく渇くので、水分を多くとって休んだが、一向に下痢が治まらない。土曜日も休んで、3日間の休養を取って、月曜日には下痢もいくらかおさまっていったので学校に行った。学校に近所の子供たちと一緒に行くのであるが、朝
「行ってきます」
と言って家を出て、無事に帰ってこれるのか…。ひょっとしたら、あまりの辛さに耐えかねて自殺してしまうんじゃないか。そんな考えが頭の中をよぎる。私が
「行ってきます」
と言って家を出るというのは、死ぬとわかっていて戦地に赴く兵士のような感じであった。
「この苦しみから解放される日は来るのであろうか。一生苦しみ続けなければならないのではないか」
先の見えない地獄のような毎日を過ごすうち、次第に私の心は不安定さを増していった。ちょっとしたことに驚き、相手が悪気なしに言った言葉でも、悪意のある言葉のように思えて、親切にしてもらっても、
「こいつもいつかは裏切るんじゃないか。何か裏があるのではないか」
そう思ってしまう自分が嫌でたまらなかった。素直だった私はどこかに消え去ってしまったようである。そんなある日、伯母が子供たちをを連れて家にやってきた。伯母や弘姉ちゃんたちと会うのは春休み以来で、私は異変を悟られないように、いつもと変わりないように接していたが、何か様子がおかしいと感じたのか、伯母が
「どうしたん?なんか元気ないやん」
と私に話しかけてきた。私は
「そうかなぁ?別にいつもと変わりないけど…?」
そう答えて、一緒にやってきた義君や英ちゃんと一緒に遊んだ。外でキャッチボールをしたり、一緒にゴンの散歩に行ったり。私がいない間、伯母が私のことについて
「なんか様子がおかしくない?いつもに比べて元気がないような気がするけど」
そう父に話したらしい。家に帰って、伯母たちが帰った後、父が私に
「なんか変わったことがあったんちゃうか?なんかあったらちゃんと言えよ」
そう言ってくれた。でも、やっぱり自分がいじめ被害にあっているとは言えなかった。両親が悲しむ顔を見たくなかった。私は
「別に何ともないって。この前体調崩したけど、もうすっかり良くなったから」
そう言って自分の部屋に行った。たまにはNゲージでも走らせてみるかと思い、部屋に線路を敷いて走らせた。このところ線路もだいぶ買い足していたので、一周する線路もだいぶ伸びていて、部屋全体に線路が敷けるようになっていた。車両も少し増えていたので、いろいろと走らせて楽しんでいた。車両が線路の継ぎ目を通過するために、「コトンコトン」という小気味のいいリズムを刻む。電車に乗って、誰も知らないところに行けたら、自分に対するいじめも無くなるのかなぁ…。そんなことを考えながら模型を走らせていた私である。心の中では、誰も知らないところに行って、いじめから解放されたいと心から思っていた。
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