第206話 騒動の後の不穏な空気。
早くなりました。
……や、ここ最近「遅くなりました」が習慣になっていたので偶には早く投稿してみようかな、と……
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「大変お世話になりました」
「バッフ」
厳めしい顔をした衛兵に深々と頭を下げる一人と一匹。衛兵の男はムスッとした表情を変えず、重苦しい声で、
「二度と帰って来るなよ」
と言って僅かに口の端を上げて見せた。
『このネタは異世界でも通じるんだ』
クリンは内心でそんな事を思いつつも、もう一度衛兵に頭を下げると背負子を背負い衛兵の詰め所を後にする。
時刻は朝の鐘(午前六時)が鳴らされたほぼ直後だ。クリンが出て来た詰め所は貧民街に繋がる門の側にある、犯罪者が多くて収監施設が広い事で知られている。
衛兵の詰め所の本部は中央の行政区だが各区画に何カ所かこう言う収監場所はあるそうだ。行政の施設なので朝の鐘が鳴る直後から業務開始らしく、鐘が鳴ると同時に外に追い出された形だ。
昨日の夕刻、あの騒ぎが起きた直後に衛兵が駆け付け、股間を押さえて悶絶しているチンピラと、加害者であるレッド・アイとその飼い主(鑑札があるのでそう受け取られる)であるクリンはめでたく衛兵の施設にドナドナされる運びになった。
因みに、露店市場ではまだ店を続けていた者が多かったのだが、チンピラが悶絶して衛兵が駆け付けそうだと分かると、周囲から面白い様に店仕舞いが始まり衛兵が来る頃にはクリンの周囲で店を開いている露店は殆ど無くなっていた。
一部の野菜売りのオヤジやその知人と思しき頭のネジが飛んでいる連中は堂々と露店を続けていた。
「だって今回はボウズ、結構離れた場所で店出してたろ? なのに逃げる様に閉店したらかえって探られたくも無い腹を探られるじゃないか」
と、後になって聞いた所その様な返事が返って来た。
それは後日の話として、詰め所に連れ込まれたクリンは事情を聞かれ、どうやらこの少年の方が被害者で下半身が大変になっている男の方が加害者だという事が分かると、衛兵達の態度も柔らかくなった。
衛兵に捕まった際はチンピラが悲惨な状態であった為に当初警戒されたが、市場での出来事だったので——大半の露天商はトンズラこいているが——通行人の多くが目撃しており、クリンが被害者であるという証言が多かった事も有り、直ぐに少年の容疑は晴れる事となった。
ただ、レッド・アイの事は強く注意された。鑑札を取っていたので特に処罰は受けなかったが、それでも加害者のチンピラの下半身は中々酷い状態らしく、魔法薬を使わないといけない程であったらしい。
「まぁ、あの男は以前も軽犯罪を行っているからな。君が後ろから襲われた事も証言に挙がっているから、寧ろ主人をよくぞ守ったと褒めるべきだろう。だが、万が一無実の相手に同じ事をしたら処罰されるのは君だぞ」
と、どこかの門番一号みたいな口調の衛兵にお小言を食らっていた。
『別に僕が飼い主じゃないだけどね』とクリンは内心思ったが、それを言うと話がややこしくなるので大人しく俯いて怒られていた。
因みにその騒ぎの元であるレッド・アイも尻尾を畳んでクリンの隣でうなだれていた。あの騒ぎの直後、ロティから、
『何でそんな所に噛みつくの! え? ワザとじゃない、自分の今の体格を忘れていた? もう、しょうがない子ですねっ! バッチイからぺッしてきなさいペッって! いいですか、口を綺麗にするまで近づいたらダメですからねっ!』
とボイス・ブリングで言われてしまい、盛大に落ち込んでいたのだった。そして小人族の少女は言葉通りにレッド・アイには近寄ろうとせず、クリンの髪の毛に隠れている。
そんな取り調べと説教が重なったせいで時間が取られ、クリンの取り調べが終了して解放された時には既に夕の鐘(午後六時)をとっくに過ぎていた。
その時間から森に帰るのは流石に憚られたし、宿を探すにはもう遅い時間だ。最もクリンの年齢では宿などまず泊まらせてもらえないが。
今からテオドラの元に転がり込むのも、コレも憚れた(流石に一日の間に二回もお小言を言われたくは無い)ので、衛兵に相談すると渋い顔をしながらも、詰め所に一晩泊めてもらえる事になった。
なったのだが。
詰め所で衛兵以外が宿泊すると言う事は、それはつまり拘束室(犯罪者を一時的に留め置く独房の様な部屋)に入れられると言う事である。
最も少年の場合は捕まった訳では無いのであくまでも寝床として貸されただけである。しかも格安ではある物のキッチリと有料である。
その代わり犯罪者には与えられないまともに食べられる食事と毛布代わりの掛け布が貸与された。
「お金払って牢獄生活とかマジか……流石にこれは前世では経験しなかったなぁ……」
何気に未体験ゾーンに突入した事にワクワクしていたクリン君六歳である。
尚、レッド・アイも同じ拘束室に入れられており、此方はやはり口の中が気持ち悪かったのか、クリンに頼んで(ロティの翻訳による)水を桶で貰い、ガフガフと口を漱ぐように飲みまくっていた。
そうして翌日の早朝に詰め所を追い出された訳なのだが、流石に昨日の今日で露店をする気になれず、と言うか元から商品の補充が出来ていない為諦めて帰る事にしたのだが、その前にテオドラの所に顔だけは出してから帰ろうと思い、テオドラが起きだす時間まで食事をして待つ事にした。
ブロランスの街では朝六時から門が開く為、早朝から街に入って来る商人や旅客、それと夜番明けの衛兵や市場関係者を狙って屋台が多く出る朝市が開かれる地区があり、この際そこで食事をしてみようと思った訳である。
『わぁ……朝から凄い人ですね』
朝市を冷やかしながら屋台を物色していると、クリンの髪に藁納豆状態で隠れているロティが周囲の様子を見て思わず感嘆の声を上げる。
「そう言えば僕はこの時間に街にいる事は無いですからね。何でもブロランスと言う街はダンジョンの産物が最初に運び込まれる集積街としての性質があるそうで、夜明けと共にダンジョンから物資を搬出してこうして早朝に運び込まれるとかで、この朝市はその関係の商店が多く入っているのでこの時間帯が最も賑やかだそうです。代わりに昼の鐘が鳴る頃には殆どの露店や商店が閉まるそうです」
この朝市では定番らしい豆のスープと細長い黒ずんだパンを出す店を見つけ、それを購入しながらロティに教えると、
『成程。それでこんなに人が居るんですね』
そんなふうに感心していた。朝食はロティとレッド・アイにも分ける為に多目に購入した。屋台に備え付けの場所で食べる事も出来たがレッド・アイやロティの事を考え朝市の広場の端に移動しそこで食べる事にする。
建物の陰に丁度いい木箱が置いてあったのでその上に座って食べる事に決め、買って来た豆スープとパンを、背負子に積んである商売用の大き目の葉に移してレッド・アイの前に置く。因みにスープは自前の木製カップに入れて買ってある。
「流石にロティの分を置くと目立つので、姿を消したまま上手くレッド・アイと分けて食べて下さい」
なるべく小声で言うと、
『ええ……? レッド・アイ、ちゃんと口は綺麗にしたんですか?』
「ババッフ!!」
「昨日何度も口を洗い流した!」と抗議の吠え声をあげたので、ロティは大人しく姿隠しをしたままクリンの髪から離れてレッド・アイと一緒に食事を始めた。
それを眺めながらクリンも自分の朝食に取り掛かる。味は——
『……これならいつもクリン殿が作る麦粥か露店の食べ物の方が美味しいですね……』
と言う、ロティの少しブルーの入った声色の感想が全てである。
「そうですね……これで銅貨八枚なのは有難いですが金出して自分の料理よりマズイと言うのはちょっとした罰ゲームですね……」
「バフ……」
レッド・アイも同意するように小さく吠える。心なしか耳と尻尾がヘニャンとしている。
そうして二人と一匹がお通夜気分で朝食を平らげること暫し。
まだ食事の途中だがクリンの気配察知スキルに引っかかる物を感じ手を留める。
『クリン殿』
「バフッ」
ロティとレッド・アイも気が付いた様で声を掛けて来る。それにクリンは『解っている』と軽く手を振る。
気配はする物の敵意を感じていないのか一人と一匹の声に緊張する物は無い。クリンの危険予測スキルにも反応する物は無い。ただ気配察知スキルだけに反応している様だ。
『なんだろ……監視されている……? にしては何のために?』
表面上は食事を再開しながら頭の中をフル回転させる。監視される覚えは無い。事も無い。テオドラの手習い所を詳しく見られたらもしかしたらあり得る事だ。
『でもそれなら先ずばあちゃんの家で監視されて無ければおかしいんだよね』
と言う事でそれは除外する。次に考えられるのは昨日のチンピラだが、あの男が与えられた魔法薬ではまだ完治していない筈だし、何よりも依然拘束されている筈だ。だとすると仲間か何かの類いか。
『それもそれで、危険予測スキルが反応していないのもおかしいんだよね』
と、それも否定出来てしまう。
結局思い当たる節は山ほどある物のどれも決定打に掛ける予測しか出来ずにいると。
クリンの頭に何か重い物がノシッと乗っかった感覚が襲う。
「う、うわっ!? 何事ぉ!?」
慌てて頭に手を遣ると、何かモフっとした物が触れる。改めて両手で掴み頭から引きはがすと——
「あれ!? お前は時々見かける野良ネコじゃない!?」
「ナッ」
最近は見なくなったが、以前は野良猫に交じって餌をねだりに来ていた、お腹と足先が白い黒ブチ猫が、ふてぶてしい顔で小さく鳴き声を上げた。
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ようやくコイツが出て来る所まで来た(;´Д`)
まぁコッソリと何回か出しているけど(笑)
そして何を「ペッしなさい」と言われたのかは内緒です(*‘∀‘)
神に誘われて異世界転生してみた物の、良かったのか悪かったのか微妙ですが、概ね楽しく生きています。 一一 @ak47dx11
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