第193話 必要だから作っているのだ。決して作る事が趣味な訳では無い。


うん、登場人物が増えたのでどうしても長くなってしまうんだよ、ママン……



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 当初、クリンはこのタイミングで鍛冶を行う事を考えて居なかった。


 現状での必要最低限の道具は何とか作り出せていたので、今は新しい道具を作るよりも住居と鍛冶場の設備の充実の方が優先度が高いからだ。


 それに全く鍛冶作業をしていない訳では無い。別タイプの槌に斧も作ったし、鉄鍋も——出番は殆ど無いが叩き出したし焼き印も作って彫金までしている。


 こうやって見れば結構鍛冶仕事をしているのだが、その焼き印を作ってから既に一ケ月は経っている。そしてつい先日、大量の屑鉄が小人達によってもたらされた。


 頭では優先順位が分かっていても、鉄を前にしては禁断症状の一つでも出ておかしくない時間鍛冶をしていない。


「こんなん見せられて我慢できるかっ!」


 と言う転生少年の雄たけびに全てが収束されていた。


 ただ、全くの衝動に任せた行動では無い。鉄材を大量に手に入れたは良いが、所詮は屑鉄。そのままではやはり使えない。以前までの物の様に古鉄卸ふるがねおろしをして卸鉄おろしがねにしてしまうのも良いのだったが、前々から欲しかった物が丁度これ位の鉄を全て必要とする物であったので、この際作ってしまおうと画策したのだ。


 その「欲しかった物」は大量の鉄を必要とした為、作るにしても買うにしてもそう簡単に手が出せなかった物だ。


 ぶっちゃけ、その「欲しかった物」が無かったせいで中々本格的な鍛冶作業に踏み込めないでいたのだ。


 その目途が付いたので早速作業に取り掛かった——訳では無い。それを作るのならやはり専用の設備が必要であり、正直自作する位なら買った方が早い。


 しかし鍛冶師にとっても必需品であり、鉄が大量に必要と言う事も有って早々売っていない。中古を探していたのだがそれも簡単には出てこない。


 そう言う代物を作ろうとしているのである。何時もの如く『それを作る為に必要な道具、設備を作る。前に作る為の道具が必要』になっていたのだ。


 ただ、ぶっちゃけ絶対に必要な訳では無い。斧が完成している今は特に急ぎで必要でもない。ただ、斧では大き過ぎて扱いにくい。それに作業以外でも採取や狩りにもあった方が断然楽だ。しかし、その道具もそれはそれで鉄材が必要だったし、何よりも現在のクリンの筋力では鍛造しきれるか割と微妙だ。


 元々は「欲しかった物」が手に入り次第に作ろうと思っていたのだが、「作る為にはそれがある方が良い」と言う状態になっている。


 矛盾もいい所なのだが、取り敢えず必要であるには違いないので、無理してでも「それ」を作ろうと思い立ったのだった。




 作ろうとしている物。それは別に特別な物でもない。何ならサイズが小さいだけで同じ物はある。クリンが「欲しい物を作る為に必要な道具」、それはずばり——


「そう、ナイフだっ! ただのナイフじゃない、クラフトナイフだっ!」


 以前の古鉄卸で作っておいた鉄板を吟味しながらクリンが一人で叫ぶ。いや、既に一人では無く周囲には小人が何人かいて作業の手伝いをしている。


 因みにクリンの頭の上にはロティがチョコンと乗っており、クリンの雄たけびにビクッとして、側に控えていたバウンが全力で引いている。


 しかし一人と一匹のそんな様子も何のその。クリンはじっくりと鉄板を見分し、条件に合いそうな鉄板を探していく。


 ナイフ自体は前の村で最初の村で拾った鈍らを打ち直した物が既にある。ただ、それは何の変哲もない鋳造ナイフで、刃渡りが短い。打ち直しの際に強引に刃の長さを伸ばしたがそれでも刃渡りが十センチ有るか無いかだ。


 日常の料理や木材の加工程度なら使えるが、森の中に入る際に下草を刈ったり、狩った獲物の解体をするには正直向かない。


 他に無いので何とか工夫して使っているがぶっちゃけ不便を感じて仕方がない。何よりも加工の際に刀身の短さで大きな物の加工は斧で粗く削ってからノミや鉋などで加工する必要があり、ナイフで加工出来れば苦労が大分減るのだ。


「何より、万が一の場合にはあんな小っせぇナイフで身を守るとか出来る訳無いって物ですよ。本来森に入る段階でちゃんとしたナイフを作っておくべきなんですよね、わかっていますよ、ハイ!」


 と、言い訳じみた事を一人で呟く。が、コレまでは本当に一人だったので返事が無かったが今は一人と一匹が控えている。


 ロティは律儀に頭の上で「そうなんですか!」と答え、バウンはフンフンと鼻息を漏らしまるで相槌を打つ様に頭を縦に揺らしている。


「まぁ、本当はコレを打つならちゃんとした金床と、最低でも大槌、できるのならなんちゃってスプリングハンマーを作ってから、と考えていたのですが……その加工をする為には設備が必要! そしてその設備を作るのにも素材を集めるのにもこのナイフが無いとキツイ! と言う矛盾が出来てしまったんですよねぇ! だが、そんな矛盾で堂々巡りをする位なら、無理してでも作ってしまおうって事です! 気合と根性があれば作れなくも無いですからねっ! 決して鉄を見て我慢が効かなくなった訳では無いですよぉ!!」


 そう、クリンが貰った屑鉄で作りたかったものはこの二つ。ハンマーヘッドと金床だ。この二つを作るだけで恐らく貰った屑鉄を全て使い切ってしまうだろう。だがコレを作る為にはどうしても鋳造する為の設備が必要だ。


 鍛造では流石に作り切れない。その為、鋳造設備を作る必要があるが、その設備を作る為の道具が足りない。その為の鍛冶作業だ。決して鉄を見て何でもいいから打ちたくなった訳では無い。


「クリン殿。それはいったい誰に言い訳しているのでしょう?」

「ナイスツッコミですロティ! 僕は今まで一人で作業していたのでついこう言う無意味な独り言を言ってしまう癖があるのです! なので気にしてはいけませんっ! 決して覗き見している誰かさんに解説する為に敢えて独り言の形を取っているとかメタな話では無いですよっ!」


 と、十分にメタい発現をするクリンだが、賢い一人と一匹は「そうなんですね」「バフッ」と軽く流してくれるのであった。


 尚、覗き見している誰かとは暇な神を名乗る某時空神の事である。多分。


「ゴホンッ! それは兎も角。ロティ、そろそろ頭から降りて下さい。作業に入るとそこは危険ですので」

「ええ、ココが一番落ち着く……じゃない、ココが一番護衛しやすいのですが」


「言っておきますが、作業中の鍛冶師の頭上はとても危険ですよ。何百度もの温度の炉に平気で顔突っ込んだり赤く焼けた鉄を全力で叩くので超揺れます。火の粉もバンバン飛んできますし何なら焼けた鉄片が飛んできます。振り落とされたら助ける前に燃え尽きますよ。しかも物凄く汗かくので純粋に臭いですし滑りやすくなっています。死にたく無ければ作業中は離れておいてください」


 スッと職人モードに入ったクリンの様子にロティはビクッとし——大人しくクリンの頭の上から横のバウンの頭の上に移動する。


「バウン、君も少し近いです。折角の毛皮が鉄粉で焼けてまだらブチになりたくないのならもう少し下がっていて下さい」


 そう言われ、此方は大人しくクリンから離れた所に移動する。その様子を見てクリンは大きく頷くと、


「よし、材料は決まりました。それではぁっ! ウェルカムバックで作っていきますよぉぉぉぉぉぉっ!」


 と妙な掛け声と共に炉に炭を放り込みナイフ制作を始めるのであった。




 クリンが今回作ろうとしているのはクラフトナイフ。クラフトの名前の通りに物を作る際の加工に適した片刃のナイフだ。前世地球では学校の工作などで小学生の時から使用されており、現在ではスライド式でビスで固定する物が一般的だ。


 造り的にはチープであるが、スライド式である為に長さの調節が効き、また持ち運びも容易である為小学生レベルの加工からアウトドアでの使用まで、それ一本あれば割と広くこなせる、一種の万能ナイフだ。


 とても便利で使い勝手は良いが、刃渡りは短くまた造りが大雑把な物も多く強度的には割と弱い。またスライド機構もあるので設備が無いこの世界では作り難い。


 勿論、クリンが作ろうとしているクラフトナイフはこれでは無い。構造的には片刃のナイフ状の物がハンドワークに向いているとされており、学校とかで使われている物は単にそれを簡略化および単純化して安価に作れる様にしているだけである。


 野外で使われるクラフトナイフはそう言う機構を一切排してひたすら丈夫で取り回しが良い作りになっている。強度が要求されるので武骨な片刃ナイフである事が多い。


 そして。クリンが今から作ろうとしているのはそのクラフトナイフの中でもアウトドアや軍隊などで野外で使う事に特化した物、ブッシュ・クラフトナイフだ。


 野外の、それも過酷な環境で使われる事も多いこのナイフは、兎に角丈夫でナイフ以外の用途でも使える位の強度が求められている。


 ナイフ一本で鉈としての役割やノコギリとしての役割、そして場合によってはハンマーや鉄板その物としての役割が与えられる。


 正に「野外でこれ一本あれば大体なんでも出来る」を地で行く。その為刀身が長く厚みがある物が主流だ。勿論戦闘にも十分使用できる程の性能が求められても居る。


 コレまでのクリンは森での採集や狩りで、切実にこのナイフが欲しくて仕方が無かったのだ。デミ・ゴブリンとの戦闘でもこのナイフがあればまた違った戦法が使え、怪我無く戦えたかもしれない、と思っている程だ。


 またブッシュクラフト未開地の加工の名前が付く通りに、野生の木や蔦などの加工にも向いたナイフで、野外生活は勿論、木材加工の道具としても実に優秀だ。


 最も、それだけ丈夫であるので大型で厚みもあり重い。その為普通のナイフとは比較にならない量の鉄を使う。


 今回、クリンが作る予定のブッシュ・クラフトナイフでさえ、用意してあった鉄板の大半を使いつくす程の量が必要な位だった。


「ココで思い切った使い方が出来るのも、小人達が新しい鉄材を譲ってくれたからだねっ! 色々面倒だったけど結果オーライ! 鉄は正義!」


 手製の和式鞴を操り炭を燃やしながら、既にハイになりかけているクリンである。




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相変わらず解り難い小ネタも挟んでいますが……ともあれクリン君の念願、初の完全自作ナイフの制作の始まりです。

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