第144話 転生少年、新たな商売を模索する。
クリン君は早速新たな商売を模索しているようです。木皿だけでは先細りと言えば先細りですからねぇ。
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結局、市場開始の鐘が鳴る前に店を畳む事になったクリンは、釈然としないながらも市場を後にする。
つい十数分前に受け付けたばかりの職員に許可札を返しに行ったら目を丸くされ、事情を説明したら爆笑された。
「初めての露店が楽しみとか言ってたのに残念だったな坊主! でも本当は市場が始まる前の売買は禁止だからな。ま、今回は事情が事情だから仕方ないけどな!」
との言葉を背に受け一路テオドラの手習い所に戻り行く。銀貨四枚と言う売上金を懐に入れたままだったが、極めて短時間での完売であり市場開始前でもあり、野菜売りのオヤジの気遣いもあり特に目を付けられた様子も無く、アッサリと手習い所に着いた。
「おや、どうしたんだい? もうすぐ市場が始まる時間だろうに?」
此方も手習いの準備を済ませて一息ついていたテオドラに不思議そうな顔で言われ、同じように事の経緯を説明するとやはり遠慮なく爆笑された。腹を抱えての大笑いである。
「良かったじゃないか。市場が開く前に銀貨四枚も稼ぐなんて中々出来ないよ。おまけに市場の最速売り切れ記録なんじゃないかねぇ」
「完売したのは確かに有難いんですけれどもね。ですが本当は今日は市場の雰囲気を覚える目的で行ったんです。なので正直予定狂いまくりです。時間帯による客の流れとか客層とか、この街の住人の商品の好みとか、そう言うのをそれとなく調べるつもりだったんですよ。それが一瞬でオジャンです。商品が無いのに露店を開く意味は無いですからねぇ。初露店の楽しみも物を売る快感も何もあった物じゃありません」
「こりゃまた贅沢な小僧だねぇ。そう言う小賢しさは嫌いじゃないけれども、初めての商売で完売したんだ、もっと喜んだらどうだい?」
「それはまぁ……完売は確かに嬉しいですが、ハッキリ言って『この僕が』作った商品です。売れるのは当たり前なので、正直そこはどうでも良かったんですよ。完売はしないまでも、どの位のペースでこの程度の食器が売れるのか、そう言うデータも欲しいんですよ。次に何を売るのか参考になりますし」
「おやまぁ……大した自信家だね、小僧! ま、確かにあの木皿なら一枚も売れないって事は無かっただろうね。ただ、見た目的に実用一辺倒で使わなきゃ良さが中々理解されないってのもあったんじゃないかねえ」
「ええ、いきなり装飾彫りとか施した木工芸品だと値付けに困りますからね。材料的にも厳選した木材では無いので見掛け倒し感も出そうでしたし……先ずは実用品を複数の人に売って、リピーターを少し増やしてから美術的要素のある食器を、とか考えていたのですが、オッサン一人に独占されたので全くの無意味になりましたよ」
完売したのにちっとも嬉しそうではない様子のクリンである。実際の所自信過剰と言う訳では無い。HTWの技術を持ちゲームとは言え二十一世紀にデザインされたレシピを持っているのである。
中世がモデルのゲームとはいえ、そのデザイン自体は現代の人体工学や構造学などを元に計算され尽くしたレシピが採用され使用感も高めた物だ。
幾ら質素に作った所で実際に使われればそもそもの質が違う事はこの世界の人間でも理解出来ると言う物。それを再現しただけなのだから、腕前に関係無く売れない訳が無いとクリンは思っていた。その時ふと、
「あ、そうか。ドーラばあちゃん、確か薬草の配合出来たんですよね! これから暇になりましたから丁度いい、少し教えていただけませんか!? 追加料金が必要なら払いますから是非にっ!!」
「誰がドーラだい、小僧! テオドラだ、忘れんなっ! 全く。大体お前さん薬草学は学習済みだろう? 一々教えるような事は無いと思うよ」
「そんな事は有りません。僕が知っているのは日ほ……ボッター村の薬草とそれを元にした学問、レシピです。この辺りの地域とは植生が異なりますから、使える材料がどうしても変わります。だからこちらのレシピとは異なる筈なのですよ。その辺りの差をドーラばあちゃんに教えて貰いたく思います」
「だから気安く変な愛称で呼ぶんじゃないって言ってんだろっ! ったく。そう言う事なら構いやしないよ。知識としては下地があるんだから後はすり合わせだけだから楽なもんさね。金も要らないよ。その代わり、実際に薬草を使って薬を作る場合は全部自分で揃えな。前に持ってきた物を見る限り知識は有るんだろ。この歳で薬草取りは骨だからねぇ。後、出来た薬も少し寄越しな。ガキ共の万が一の時の備蓄として持っておきたいからね」
それはクリンにとっても願ってもない条件だったので、即刻了解すると、そのまま朝の鐘(九時)を待って薬草の基礎勉強をし、昼過ぎには一路森えと帰るのであった。
露店ではお金以外に得る物が無かったが、代りに薬草学を学べたのでクリン的には結果オーライである。これで木工以外の商品の目途が付く。
ちゃんとした薬品だと薬師ギルドとやらに加入する必要が出て来るらしく、それもちゃんとした薬師の下で下働きから始めねばならないらしいが、テオドラから教わる初歩の生薬は民間療法に近い物なので、クリンでも売る事が出来るそうだ。
「まぁ、露店の薬だとソコまでアテにされないらしいけれど。ばぁちゃんから教わった所で
と、家に帰り着いた後もブツブツと考えながら、隠していた道具類を戻す。尚、小屋に入る前に周囲を伺い異常がない事は確認済みである。
「コレもアレだね。何れ保管庫を作ってそこに隠そうかな。何度も出し入れしてたらそれだけで痕跡を見つける奴は見つけるしねぇ。それとも、隠し持てる道具袋でも作って肌身離さず持つ方が無難なのかなぁ……でも今は少ないから良いけど何れ破綻しそうだなぁ。何気に重いしね、工具」
周囲にクリン以外の足跡などが無かったので大丈夫だとは解っていても、やはり手元に戻るまでは不安で仕方なかったのだった。
その後、日が暮れる前に軽く森を巡って目ぼしい素材と薪を集め、集めた薪を使って囲炉裏に火を熾して何時も通りにライ麦粥を作る。と——
「……ん? あれ、何か減り方が……おかしい……様な気がする……気のせいか?」
ライ麦を入れた袋を覗き込みながらクリンが首をひねる。小屋の窓も落し戸式の物を付けたし、扉も付けてはいるが完全に密閉されている訳では無く隙間がそれなりにあるので、下手にライ麦を置いておいて、ネズミとかに入り込まれて漁られない様に割とガッチリと焼いた素焼きの壷の中に袋ごと入れ、これまたガッチリとした蓋の上に大き目の石を乗せて、ネズミ程度では空けられない様にして保管しておいたのだが、何か微妙に朝見た時よりも減っている気がする。
「ふむ……ネズミとかの小動物ならそんな微妙な量だけ食べる訳が無いし、そもそも開けられるとも思わないし……やはり気のせい……かな」
何となく釈然としないが、何かの動物が入り込んだ様な痕跡も無いし、他の蔓芋とか野草とかも保管しているが、そちらも減っている感じはなかったので気のせいである可能性が高い。
取り敢えずお腹が減って来ていたクリンはそう思う事にして、ライ麦粥を作って啜り込むと、食後に何時ものストレッチをしてから口を漱ぎ、手製ベッドに横になると早々に眠りに着く……予定だったのだが。
「……………ぅふ……ぅふふ……うふぁはははははっ! 僕が作った皿とコップが完売っ! ただの運だけど即売れっ! 初めて作った道具が現実世界で売れたっ!!! 偶然が重なっただけだけど、初めての商品が即売した事に変わりは無いんだよなぁっ! うひょひょひょひょひょっ、さっすが僕! やればできる子だぜ!!」
今更ながら物が売れた実感が出たのか、ベッドの上で寝ころびながらも、野菜売りのオヤジから渡された袋に入ったままの銀貨を握りしめ誰も居ない森の中、心置きなく気が済むまで奇声を上げて喜びを爆発させたのだった。
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何だかんだで、作った物が初めて売れて、実は最高に嬉しかったクリン君でした。ドーラがツンデレならクリンは……なんだろ、へそ曲がりデレ?
ライ麦が減っているかもしれない事は気にしてはいけない。ただのフリです( ゚Д゚)
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