第143話 転生少年、商売を開始する。前に全てが終わる。
ココでもクリン君のテンプレブレーカーは発動される模様です。
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テオドラに教わった通りに、露店の受付をしている場所に向かい受付をする。基本的には声を掛けて商売する地区を指定して札を貰って税金を払えばそれで終わりだ。商品チェックとかは無い。正確には在るのだが、危険な魔法具や毒になる様な物を検出できる魔道具と言う物があり、それが反応しなければ基本スルーらしい。
「まぁ、一々商品チェックなんてしていたら規模的に日が暮れるでしょうし。街に入る門でもチェックがされているから中では比較的緩いって事なんだろうね」
そんな感想を抱きながら、リュックを背に許可の下りた区画に向かって歩いて行く。現在は前世の時刻にして朝の八時を少し回った所で、通りには既に露店を開く予定の行商人達が大勢行きかっており結構な喧騒に満ちている。
商売はまだ始められていないので、市場の活気と言うよりも商品搬入する大型店舗の騒ぎに近いか。
この通りは市の時間が過ぎれば普通に生活道路として使われているので、設置型の露店と言うのは無い。出来て組み立て式のテントや屋台みたいな物を毎回設営する程度だ。また場所も先着順で予約とか受けていないので必ず同じ場所で商売できるとは限らない。
露店をする様な連中は行商人スタイルである事が多い為、危険な街の外に頻繁に出る。魔物や野党などが普通にいるこの世界では命は軽く「明日も生きている保証が無い」と言う事らしい。下手に予約を受けると、場所を開けておいても「実は死んでいました」と言うのが昔から多く、揉め事になったらしく現在はこのような方式になっているそうだ。
そして区画ごとに一店舗の露店を開けるスペースが決まっており、同時に受け付ける商人の数も決まっているらしい。
この為、税金を払っても場所が無くて店が開けないと言う事は無いらしい。代わりに早く受付をしないと場所を選ぶ余地が無く、変な所で店舗を開く羽目になる。
どうしてもスペースを多く取りたければ二店舗分の税金を支払えば広く出来るが、コレはコレで早めに受け付けないと隣の区画も借りれるとは限らないので、開門の鐘が鳴ると同時に順番待ちの熾烈なレースが開催されているとか。
勿論、コレだけやっても違反する奴は違反して、シレっと他人のスペースにはみ出したり、知らん振りで隣のスペースを勝手に使う物も居るらしいが、そういう行動を繰り返していると周りの露天商から目を付けられ衛兵等にチクられて出禁になるので、割合この手の違反者は少ないとの事。
「うーん、中々世知辛いシステムに市だねぇ……でも、嫌いじゃないな、こう言うの。何か中東とかインドとかの裏路地の商店街って感じで何かアガってくるなぁ」
本当は初めての商売で、しかも子供となればもっと上品な場所で商売するのが良いのだろうが、少年の場合は事情が事情であり、テオドラの忠告に従うのが良いと思いこの区画を選んだ……のだが、実はクリンはこの時に勘違いしており、テオドラは「目抜き市場の中央市場に近い区画」と紹介していたのを単に目抜き市とだけしか聞いておらず「それなら最初は安い区画でいいよな」と「目抜き市場の一番外れの区画」という、テオドラが出来れば避ける方が良いと言った「
「うん、なんか聞いていたよりも結構荒っぽい感じだけど……ま、何処もそんなに変わらない(そんな事は言われていない)らしいからここでいいか」
区画に着いたクリンは、取り敢えず区画の真ん中よりやや外れた場所に空きスペースを見つけ、そこで露店を開く事に決め準備を始めた。
リュックを下ろし、その横に括り付けておいたシート代わりの編み込んだ蔓草の繊維の網目状の物。ベッドや土壁にも使った小舞の技法を使って組んだ物で、広げればちょっとしたゴザの代わりに使える。
地面に商品を直置きと言うのもアレだと思い、念のためにコレだけは用意して持って来たのであった。
「うん、ちょっとみすぼらしいけれども、商品はたった二種類だしね。商品が増えたら引き屋台みたいな物を作って持ち込んでも良いかもだけど、今はコレでやるしか無いね」
広げた蔓草繊維の敷物の上に、持ってきた木皿とコップを並べながら呟く。商品も地味で敷物も地味なので、ぱっと見は露店と言うよりも物乞いのスペースだ。
「うん、物を売る感じじゃないね。次にはもっとちゃんとした敷物を用意しよう……って、そうか、商売するんだなぁ、僕……そう言えば何気にこの世界で自分で作った物を売って商売するって言うのは初めてでは無かろうか……」
考えてみれば前の村では最初はただのお手伝いで駄賃を貰うような物だったし、その後に鍛冶作業で賃金を——冗談みたいな金額だったが——貰って稼いではいたがそれはタダの修理や作り直しであり、最初から商品として作った物では無かった。
誰が作った物の手直しではなく、材料集めから仕上げまで、徹頭徹尾自力で作った物を商品にして売ってお金を稼ぐと言うのは、何気に今回が初めてになる。
「考えてみれば前世でバイトとかもした事……あ、それはあるのか。でもコンビニバイトみたいな接客業じゃないし、HTWでは作った物を売っていたけれど……アレは途中から販売専用NPC雇っていたからなぁ……何気に現実で物品販売するのは前世も含めて生まれて初めてじゃん……うわ、そう考えると感慨深い……と言うよりも緊張して来たっ!」
HTWでクラフターをしていたのなら、当然客相手の商売も経験している。確かにVRでもリアルな客とのやり取りが必要なので、客商売の経験があると言えなくもない。
ただ、アレはゲーム内でほぼ相場が決まっており何か作ればシステムに登録された相場が反映され、それに完成度や性能などの数値が反映されて値段が自動で決まる。
後はそのサーバー内での売れ行きとトレンド次第で値段を増減させるだけであり、余程の変な値段を付けたりしなければ時間はかかるがほぼ売れる物だ。最悪は捨て値で出せば材料取り用として買われるので大きなマイナスにはならない。
しかも設定さえすれば自動で相手が勝手に買って行くだけにも出来る。現実での商売とはやはり違う物であり、そういう意味ではクリンは現実とVRも併せて、客と直接顔を合わせての商売はコレが初めての経験となる。
しかも商品は材料を集める所から始めた物である。加工の腕だけでなく素材の目利きもある程度問われる事になる。
『うぅん……完全自作のレシピ無しのオリジナル商品の販売……流石にそんなのを売った事ないや。こういう方式だと客とかに自分から声を掛けなきゃいけないだろうし……うわ、現実の商売って実は結構ハードル高いかもっ!』
今更ながらに内心ドキドキし始めたクリンである。HTWでの技術があるので商品の質には自信があるが、良い物が必ず売れる訳でも無いのが現実の商売。
その辺りは露店の場合は値段と駆け引きになるのだが、こう見えてクリン君、実は意外とコミュ障の気があったりする。
当然の事だが、前世ではかなり早い段階で入退院を繰り返し始めたので友達はとても少ない。しかも残りの人生を楽しむ事に全力を掛けたので相手の事など考えている余裕が無かったので、実は結構我儘だ。
モニターをしていたので大人との会話は多かったが、それは仕事であり所詮は会話と言った所で報告か交渉だ。交渉の際の話術はあってもコミュニケーション能力は大して育っていない。コレは割と致命的だ。
そして転生後はあの様な村で育ち、新しい村に移ってからもこちらの世界の人間を信用しなかったので、実は大して会話を行って来ていない。何かあっても「まぁいいか」と直ぐに見切りをつけて相手にして来なかった。
そんな感じなので、実は客相手に丁寧に対応すると言うのは少年にはかなり高いハードルになっていたりする。
コレが同世代の子供相手でも話す時は敬語がやめられない大きな理由でもある。
『いや、客との会話もある意味交渉。前の村の村長やマクエルさん達相手に多少この世界でも鍛えられている。会話と思わず交渉だと思えば大丈夫な筈っ! 大丈夫、僕は出来る子、きっと何とかなるっ! って、ああ、そう言えば値段いくらにするか考えてない!』
と、内心で悶々としているとふと隣に見知ったオッサンが難しい顔をして店の準備をしているのが目に映った。
「おや? この前のおじさんじゃないですか。今日も野菜売りですか?」
先日この市を冷やかした時にライ麦を購入した店のオヤジだったので、何となくだがクリンは声を掛けて見た。コミュ障の気がある癖に相手を有象無象だと考えれば自然に声が掛けられるあたり、やはり捻くれた少年である。
「ん……? ああ、この前のボウズじゃないか……なんだ、そこにいるって事は自分で商売する気かい? まぁ……頑張んな」
「……なんか元気が無いですね? この前はもっと威勢が良かった様な気がしますが」
「ああ……まぁボウズに言っても仕方ないけれどよ。ちょっとポカしてな。積んだと思っていた野菜を並べる用の籠を置いて来ちまったのよ……ちゃんと確認したつもりだったんだけどなぁ……お陰でどうやって野菜並べるか……食い物だから地面に直置きはしたくないし……全く、オレも耄碌して来たのかなぁ」
弱弱しい様子でそんな事を言うオヤジだが、ふとクリンが並べた物に目が行く。
「ボウズ……それは……?」
「ああ、今日売ろうと思っている手作りの木皿とコップです。自さ……いえ、知り合いの代わりに売りに来たんす。いやぁ露店なんて初めてなので緊張……」
「買ったっ! その皿全部買った! あ、よく見たらコップもナスやズッキーニとかの長物を指しておくのに丁度良さそうだからそれも買う!」
「しているんですがって……えぇ?」
「ふむ、随分渋い色合いだが……コレは中々出来が良いな! なぁボウズ、全部買うから少し負けてくれ、な? そうさな、全部まとめて切りよく半貨、銅貨五十枚! な、良いだろ」
「ええ……それはちょっと安すぎないですかね……」
まんま、テオドラの言った子供料金に色が付いた程度の金額にクリンは鼻に皺を寄せるが、野菜売りのオヤジは用意しておいた釣銭入れから料金を取り出し、小さい麻袋の様な物に入れてクリンに押し付けて来た。
「まぁまぁ。確かに少し安いとは思うが、今日はオレを助けると思って一つコレでよろしく頼むよ」
ニコニコ笑顔でそんな事を言う、その表情に何となく違和感を覚えたクリンは、押し付けられた麻袋を受け取り覗き込む。中には銀貨が四枚入っていた。
「オヤジさん、これ……」
クリンが何か言う前に、野菜売りのオヤジは顔をそっと近づけて小さい声で、
「人目があるからね。子供に銀貨渡す様な真似したらボウズの方が困るだろ? まぁそれでも安いとは思うが、纏め買いの割引って事にしておくれよ」
それだけ言うと、親父は顔を離しニコニコ笑顔でさらに続ける。
「いやぁ、コレが渡りに船ってヤツなんだろうね。もう少し枚数と大きさがあるヤツも欲しかったが、それでも直置きするよりはよっぽど良かったよ! 良い取引を有り難うな、ボウズ。お陰で助かったよ!」
どうやらこのオヤジは最初からクリンの商品には銅貨十枚の値段を付けていたらしく、クリンが目立たない様に敢えて銅貨単位の値段を言ったらしい。皿だけでなくコップにまで皿と同じ値段を付けた辺り、実はもう少し高くても良いと思っていた節があり、その辺りが言葉通りに纏め買いのサービス、と言う事なのだろう。
『へぇ。こういう気が回る辺り、見た目はアレだけど流石商売人と言う事なんだろうね』
心の中でそう思い、クリンは「オヤジさん!」と野菜売りの背中に声を掛ける。
「あん?」
と振り返ったオヤジに、
「毎度ありっ!」
と朗らかに言って見せると、野菜売りのオヤジはニコニコ顔を強め、
「こちらこそお陰で商売ができるってもんよ。有り難うな、ぼう……」
「お陰様で人生初の露店が市場が始まる前に終了してしまいましたよっ! 人生初の商売成功の感動も完売の達成感も客との交流もへったくれもなんも無いですっ! 何か税金払っただけ損した気分ですよ!! 売り物が綺麗さっぱりもうないので帰る以外ありません、どうしてくれるっ!!」
「…………そりゃ悪かったな、ボウズ…………」
他に何と返していいか解らず、辛うじてそれだけ言う野菜売りのオヤジであった。
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祝、完売御礼!
しかし露店が始まる前に終わってしまったので感動も何もない!
税金返せと言いたい気分のクリン君なのでした。
でも売れた事には変わりはない!!
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