第103話 閑話7 神の誤算。 後編


別視点から見たクリン君の最初の村の生活風景はこう見えています、と言うお話。



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「な、なんだコイツはっ!? 何速攻で金貨ガメてんだよっ!? あ、いや、その金を元に衛文もりふみ君を育てるのなら文句は……って、え? 赤ん坊って羊の乳と麦の研ぎ汁で割った物で育つの!? い、いやお金あるんだから使えよっ!? って、そのお金をお前が使うんじゃないよっ! 何だコイツ!? え、コレが村長? 村長ってこんなクズの様な人種なのかっ!? いや、向こうに乳のでる羊いるんだから、せめて割らないで飲ませなさいよっ!?」


 目の前で繰り広げられる、衛文が拾われてからの数カ月間の光景は、セルヴァンをしても余りにも酷い物であると見えた。


 セルヴァンが衛文もりふみの為に入れた金貨で家畜を買い、乳のでる羊も購入しているにもかかわらず、それを殆ど衛文に飲ませない。動けない赤子には勿体ないからと薄め、挙句にはその内にライ麦粥を作る際に出るトロミの付いた湯にライ麦粉のカスを溶いた物を与えだす始末だ。人間界の食事に疎いセルヴァンでも、それは無いだろうと思うほどだ。


「こ、これでちゃんと育つのか……? い、いや三歳までは私の加護が働くはず……あの様な食事……なのかあれ? いや、あれでも何とか育つはずだ……」


 実は心配性であるセルヴァンは、ひっそりと期間限定の状態保護の加護を衛文に掛けていた。最初に拾われる数秒で何かあっては困ると、用心の為にかけていたのが思いの外神力が籠ってしまった様で、三歳位までの間は働いていそうな感じになっていた。


 本当に、あの時に用心して掛けて置いてよかったとセルヴァンは思う。何せこの村長と呼ばれている男は、衛文もりふみとしての自我がある為に余り泣かない事に気味悪がり、かといって泣けばうるさいと怒鳴り殴る事もある。


 そして直ぐに歩き始め、言葉も覚えてしまった衛文に、村長は気味が悪いと家から追い出し納屋に押し込めてしまった。


「おおい!? まだ三歳だぞっ!? え、今の時代の人間はそんなに丈夫なのかっ!? コレがこの周囲での普通なの!? いやいや、無いよねっ!? ちょ、もう加護が切れるのに、そういう仕打ちするか普通!?」


 それからの経過もコレもまた酷かった。衛文の為の金を着服した癖に農奴として扱いだし、仕事を強制し熟せなければ暴行や食事抜きの罰が待っている。


 その光景を目の当たりにし、見る間にセルヴァンの顔から表情が抜け落ちて行く。


「……今の世の人間と言うのは、斯様かように醜悪な存在に成り下がっていたか……いや、確か数千年程前に見た時もこの様な輩は多数居た……何も成長していなかったと言う事であるか……」


 それまでの軽薄な感じは鳴りを潜め、確かに神と呼ばれる威厳と威圧に満ちた存在へと変貌している。


「よもや斯様な世界になり果てて居たと知らぬは我の不徳である。事ここに至っては救済の余地など介在せぬ。かくなる上はもう一度世界ごと滅ぼし、異界の魂を移す方が遥かに健全である」


 それは、世界を作り直すと言う意思の表れ。セルヴァンはかつて一度、数万年ほど前に世界を滅ぼし再生させている。このような醜悪な光景が見たい為に世界を作った訳では無いと、今一度世界に終焉をもたらすべきだと本気で考え出す。


 自分が他世界の神に頭を下げてまで引き入れた魂の、その器をこうも蔑ろに扱われては神の立場的にも愉快である訳が無い。


 その間にも衛文の周囲の映像は流れ続ける。無茶振りされる仕事に辟易し、少しでも楽にしようと色々と拙い道具類を作り出しては村長に見つかり壊され罰を受け、その行為を見て村民は愚かな子供とあざ笑う。これ以上見るのも不愉快である。あるのだが——


 衛文は村長に殴られ蹴られ、苦しそうに地面でのたうち回っていたが、村長が出て行くとスッと起き上がり服に付いた埃を落とすとつまらなさそうにアクビをして、そのまま納屋の藁に埋もれて寝てしまった。傍から見たら今まで暴行を受けていたのが噓のようにケロリとして寝ている。どうやら実際のダメージは殆ど無いように受けていた様子だ。


 ある時は住人に歩いているだけで縁起が悪いと水を掛けられる。衛文はこれ幸いとその場で体を洗い、もう一度別の住人の前にわざとらしく歩いて行って再び水を浴びせられ、汚れが落ちると満足そうに頷いて去って行く。


「…………………」


 また別の時は食べ物をくれないからと、自分で畑から間引いて避けてあった農作物や雑草の中から食べられそうな物を拾い集め、自力で火を熾して調理して食べていた。


 ただそれは見つかり、やはり罰を受けていた。すると少年は深夜に村を抜け出し森の浅い所で食べ物を探して食べ、石を拾って加工を始め、雑木を削って食料集めに役立ちそうな物を自分で作り出し、夜な夜な村を抜け出すようになっていった。


「……あれ、なんか衛文もりふみ君、意外と楽しそうじゃない?」


 幼児の余りにも前向き過ぎる行動に、先程までの神の威厳があっと言う間に霧散し、何時もの軽薄な感じに戻ってしまうセルヴァンであった。


 セルヴァンの眼前では、森で何やらトカゲの様な生き物を捕まえ、石ナイフで捌いて処理をし、串に刺して自力で火を熾し焼いてホクホク顔で食べている転生幼児の画像が映し出されている。


「……そうだね、たかだか一地域の小さい村一つだけの事で、世界を滅ぼすと言うのは少々大人気……いや神気無い……語呂悪いねこれ。兎も角、幾らなんでも先走り過ぎかな、うん。彼の里親予定だったあの夫婦や、あの運の良すぎる男の例もあるし……世界もまだまだ捨てた物では無い筈だからね……と言うか、何か彼を見ていると腹を立てているだけバカバカしくなってくるよ……」


 そうして。気が付けば画像の中の衛文は、時折セルヴァンに愚痴の様な物を言い出し。感謝している、とあからさまに感謝してい無さそうな顔で呟いたり。


「いや衛文もりふみ君、コレ絶対に私が状況見ている事を勘づいているでしょう!? 嫌味にキレ有り過ぎっ! 悪いけれども、コレは私のせいでは無いからっ! 神でも運命には逆らえないんだから、ホントマジでっ!」


 村が野党に襲われ焼き払われた時には慌てて衛文の姿を探し、森の中で急造ハンモックを木の間に括り付けて呑気に寝ている姿を見つけ、安堵の溜息を洩らし。


 虐げられて来て恨みがある筈の連中の遺体を律儀に埋葬しだした姿に、流石己が見つけ出しこちらの世界に請うた上位者の魂の持ち主、自分の眼には狂いは無かったと鼻高々となる。


「ほほぅ、アレは我が姿を模した像か……偶像崇拝をとやかく言う気は無いが、中々見事である。殊勝な心掛けよ」


 と、自分の像を彫る幼児の姿に唐突に威厳のある態度で満悦する。かと思えば。


「いやいやいやいやいやいやいや! 要らないからね衛文君!? こんな傲慢不徳で欲にまみれた魂など欲さないって! ……いや、確かにこの生き意地の汚さは生命として見る所は有るのだけれども! 執着するのも俗世の魂だから認めるけれども!」


 唐突に己の存在を暴露され、慌てて否定する。まぁ、少年にとっては死に行く者への手向けのつもりで言ったのだろうが、それでも「まだ」生きている相手に告げる必要はないだろう、と聞こえていないと知りつつ突っ込む。


 そして、少年が村を出る時に己の像を墓標代わりに社と共に建立した姿に涙を流した。


「衛文くん、これ絶対に自分で作った神像を通して私に声が届いていると確信しているよねっ! そんな感じのラノベ? だか何だか多いもんね君の元の世界! そしてその妄想の通りにキッチリ声が聞こえちゃっているからね! ちょっと嫌味のパンチ効きすぎじゃぁないかなっ! ワザとじゃないんだよ、私のせいではないんだからねっ! どちらかと言えば君がなだけだからねっ!」


 別の意味でも涙が止まらなかった。そして、像の目を通して村から旅立っていく衛文の姿を見送る。


「はぁ……よくぞこのような村で五年も生き抜いたよ……新しい場所では良い生活が送れると良いのだけれども……この感じだと新しい土地でも苦労しそうだなぁ」


 衛文の五年間の生活を振り返り、感慨深く独白する。何せ転生して数秒で神の描いたシナリオから勝手に外れて勝手に波乱万丈の生活を送り出しているのだ。


 その事だけでも平穏な生活が送れるとは到底思えなかった。しかし——


「いや、たった五年間でこんなに手に汗握ったのは初めてではないのだろうか……私は自分の事を退屈な神と名乗る事がある位、こんなハラハラドキドキするような場面を見る事など滅多にないんだよ、衛文君」


 聞こえていないと知りつつ、セルヴァンは転生幼児に向かって言葉を掛ける。


「こう、君には悪いが……むしろこちらの方が君には良かったのかもしれないね。私の予定では流石に五歳でスキルが身に付くような生活では無かったし。それに何より……君、スンゴイ楽しそうだね!? まさかこんな生活を楽しめる位に頭のネジが飛んでいるとは思ってもみなかったよっ!」


 意外と予定通りの生活だと「退屈で退屈で仕方がない」と文句を言っていそうな姿が、セルヴァンには何となく見えてしまっていた。


「まぁ、それも今更か。こうなったらその荒波しかない様な人生を楽しんでくれたまえ、藤良衛文ふじよしもりふみ君。……というか、君、気が付いていない様だけどヘイローは名前じゃないからねっ! まさか名前すら持たずに五年も生きていくなんて神でも思わなかったよっ!」


 いい加減、この世界の名前で君を呼んでみたい物だ、とセルヴァンは遠ざかって行く幼児の姿を、その幼児が彫った己の現身である神像の目で見ながら「この先の、君の人生に幸あれ」と祝福しながら見送るのだった。








――内心、多分無理だろうなぁ、と思ったのはセルヴァンだけの秘密である——






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地味にタイトル回収(笑)


こうやって振り返ってみると、「アレ」を屁とも思わず楽しんでいる辺り、実はクリン君は結構変人であったりします。……今更か(笑)


そしてネジの飛んだ幼児のお陰で、ひっそりと誰も知らない所で世界の滅亡から逃れていたり(笑) 

しかも滅びかけた理由が物凄ーくローカルだっ!

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