第85話 さらば愛剣! 君は僕の最高傑作だった! ……一度も使っていないけど。

 やっぱり鍛冶作業のシーンは気合が入ります。

 そして、実は細々とちりばめて置いた伏線の回収も地味に始まります(笑)




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 今回クリンは前回の反省を踏まえ、自作の袖付き筒型衣にショース、二重手袋にあまり布のマスクと言う様相だ。本当は目出し帽にでもしたい所だがそこまでの布がないし、息苦しそうだったのでマスクだけでもと思っての事だ。


 手袋は二重にしてもやや薄いので水に濡らしながらの作業にする予定である。


「褌も穿いた! これで足を使っての鍛冶も完璧! ……にするなら足袋も欲しい所だけど……流石にまだ無理! なので取り敢えずはこれでオーケーと言う事で!」


 今回はショースも穿いているので別に褌は関係無い気もするが、少年的には気分的に違いがあるらしい。勝負パンツという事かも知れない。




 早速火床に自家製炭を敷き詰め、小屋から持ってきた焚き付けで火種を移して火を熾す。


「ああ、こう色々出来て来ると炭もこんな間に合わせじゃなくて厳選したいなぁ……赤松とは言わないけれどもせめて松炭とか使いたいなぁ……まぁ玉鋼鍛えている訳じゃないからそんな贅沢言わないけれども……ニレとかカシ材とか使いたいなぁ……でも、この世界の本格的な炭作りは大変みたいなんだよねぇ。伐採するのに魔物とか襲ってくるらしいし」


 手製鞴、ブロアーを操作しながらクリンは独り言ちる。因みにこのブロアーは外側が二代目、中身が三代目である。


 初代の土器外装は焼成が甘かったので、時間経過でひび割れが目立ち脆くなったので直ぐに作り直し、もっとしっかりと焼成して作成したので強度が増している。


 そして内部構造も初代は雑木ででっち上げたのをもう少しまともな素材で作り直し、その後ナイフの完成と共に動力を蔓紐で引っ張る方式からハンドルで回す構造に変更したため、内部構造材もより厳選した素材で作り直していた。


「流石に紐式だと勢いよく引っ張る必要が有るからねぇ。体力的にきついからハンドル型の方がベターなんだけど……やはり最終的には和式鞴かなぁ。何だかんだで手動式だとアレが一番効率良いんだよね」


 紐駆動式は紐の長さと勢いで風力が左右されて安定しにくいし、ハンドル式は木製でもいいから歯車でも組み込めばそれなりに安定した風力が出る。紐をベルト代わりに使ってギアにすれば効率も良くなる。その代わり、部品点数や加工が多くなるので手間はかかるし整備性が悪い。部品が増える分故障も多いし頻繁な手入れも必要になって来る。


 その点、和式の鞴は構造が単純でありながらも、押す時も引く時もどちらでも風が送れる機構なので効率が非常に良い。送風量も安定しているので使い勝手は良い。


 ただその代わり、内部構造の滑りが良くないと効率が著しく落ちるので、加工の精度と材料の厳正は必須である。


「加工道具が出来たら作るか……でも現状使える素材だとそこまで性能が良いのは作れそうにないんだよなぁ……もうしばらくこちらのタイプで我慢するしかないかぁ」


 質の良い毛皮と銅板は最低無いと和式鞴作っても意味が無さそうだ、などと独り言を言う間にも風を送る手は止めない。徐々に炭が赤く燃えて来る。


「この炎の移り変わりって、ついつい見ちゃうんだよな……何なんだろうね、コレ」

 暗い赤から明るい赤へ。そして炭から出るガスが燃えて時折青い炎を上げたり紫に染められ、熱に炙られた炭粉がパチンと爆ぜながら白い光を一瞬放つ。


 ゲーム世界では数え切れないほど、転生してからの生身ではまだ数度では在るが、それもこの炭が徐々に大きく燃えて行く光景は見ていて見飽きる気が一向にしない。


 VRの炎はMZSのグラフィックデザイナーが拘りぬいたエフェクトなだけに現実にかなり近く、その上で現実を凌駕する幻想的な演出がなされている。


 しかし現実の炎はそれよりも地味ではあるが美しさはコチラの方がやはり上だと感じてしまう。正にリアルそのもの、CGでは再現しきれ無い炎の移り変わりだ。


 こう言う部分につい目が行ってしまう辺り、クリンも相当鍛冶作業に毒されている。格好いい言い方をすれば「炎に魅入られた者の業」と言う奴なのかもしれない。


「っと、何時までも見ているだけの訳にも行かない。炭が燃えたら鉄を入れなきゃ何だけど……まぁ仕方ないよね、砂鉄から鉄作る程はまだ無いし、元々『そのつもりで持ってきた』訳でもあるし……さらばマクアフティル……君の出番が禄に無かったけどスマン! ……あ、門番一号が使って遊んでいたか……」


 クリンは木鉄剣を分解して取り出した鉄片を、名残惜しそうに一撫でしてから炭の中に重ねて放り込んだ。


 マクアフティルと言う木鉄剣は護身用に急遽作った物ではあるが、本当の目的は、以前の村で手に入れた細かい鉄品を捨てて行くのは勿体ないから、それを持ち運ぶ目的の方が実は強かった物だ。


 鉄と言うのは意外と高く、五歳という年齢ではそう簡単に手に入れる手段が無い。細かい鉄片とは言え持っていて損はない。だが細かいが故に袋に入れて持ち運ぶには難しい。


 尖った部分とかで袋が破けたらそれこそ目が当てられないし、何より不揃いなので嵩張る。そこで木の板で挟み込んでしまう事で多少歪な鉄片でも鉄板の様に持ち運べ、かつ武器としても機能するマクアフティルは、あの時のクリンにはうってつけだった。


 表面に見える金属部分は僅かなので、大して金属が使われている様には見えないが、実際は大部分が内部に埋め込まれている。貧しく小さいとはいえ村一つの焼け跡からかき集めた鉄の端材である。木剣一本でもそれなりの量の鉄材が中に埋め込まれていた。


 剣としての役目は殆ど遂げる事が出来なかったが、運搬キャリアと偽装保管庫としては大いに役立ってくれた。初めて訪れたこの村で、不用心に売れば金になる金属を持ち歩く程に、実はクリンもお人好しでは無かった。


 そもそも、前の村で五年もあんな目に有って来たのだ。「こちらの世界の人間」など端から信用していない。今の所、本当に重要な事は教える気も無ければ見せる気も無い。

 

 獣脂石鹸なんてマクエルに言った通り、所詮肉を焼く習慣があれば大体どこの世界でも勝手に生まれる物だ。わざわざこの村で見た技術レベルに合わせて作っただけの物を知られた所で油の産地でも無ければ意味はないし、実際に固形石鹸よりも大量生産に向いていて作るのも楽な液状石鹸の方は作っていないし教えていない。


 この村でも取れるちょっとした生産物からの抽出液を混ぜれば作れる。しかしそれは教える気は無い。原理を知っていて本当に石鹸を売りたければ自分で見つけ出せばいい。わざわざ教えてくれる理由はない。


 セルヴァンからこの世界に技術を広めて欲しい様な事を言われてはいる。しかし、無条件でなんでも教えるつもりはない。自由にしていいと言われているし、ゲームとは言え必死に身に付けた技術を何で簡単に教えねばいけないのか。知りたければ相応の苦労はして欲しいと思うものである。 


 他にも。前の村から持ち込んだ金は誰にも見せていないし、手ぶらではおかしいので武器にかこつけたマクアフティルや複合弓をこれ見よがしに持ち歩いて見せ、ろくな資産を持っていないフリをしている。


 トマソンだけは実際に使用したので薄々感づいた様であるが、他の連中は少年がこれほどの鉄品を持っていた事に気が付いていない。


「まぁ、だからこそ村長も鍛冶屋にあっさりと住まわせてくれた訳でもあるしね。五歳児が鍛冶作業出来るか半信半疑だったろうけど、もし本当だったとしても材料が無けりゃ鍛冶作業なんて出来ないもんね」


 最も、この村は前の村の様に五歳児の持ち物を奪おうとするような非効率な事をする(敢えて優しいとは言わない)人間はいない事は、この短い期間でも伺い知れたので過剰な用心だったのかもしれない。


 そんな事をつらつらと考えながら、火床の中の鉄片を火掻き棒で位置を調整しつつ加熱していく。今回作るのは勿論ノコギリだがそれだけでは無い。同時に鑿や鉋の刃先になる部分も作って行くつもりである。


 前世の現代刀工や専業鍛冶師なら単一の物だけを作るのだろうが、文明未発達な異世界で鍛冶作業をやろうと言う幼児にはそのような贅沢は許されない。


 燃料となる炭を作るのが一々大変だし、一個だけ作って終わりにしていたら作る物が多過ぎるクリンには時間が足りなさすぎる。複数の物を同時に熟さなければならないのが今の彼の現状だ


 しかし、そうなって来ると問題になるのが少年の年齢だ。正確には年齢からくる身体能力だ。幾ら前世から合わせて二十一年の知識と経験があろうとも、肉体は五歳である事に変わりはない。


 ましてやクリンがこれから行うのは鍛造だ。熱されて柔らかくなっているとは言え金属を、重たい槌でひたすら打ち延ばしていく作業だ。しかも今回のメイン制作物はノコギリ。前回のナイフはただの打ち直しなので何とかなったが、今回は流石にそう言う訳にはいかない。


 かなり薄く鉄を伸ばす必要が有る。五歳児でしかないクリンにはそんな体力も無ければ筋力も無い。元々大人でも相当体力と筋力が必要なのだ。今のクリンでは無理筋である。


「しかぁ~し! その無理を通すのがクラフターって物なんですよ! 子供だから筋力が無いって? なら筋力が無くても打てるようにしてやろうじゃありませんか!」


 赤鉄化した焼けた鉄を前に、テンションがおかしくなってきたクリンは自信満々で叫びヤットコで鉄材を掴むと、火床の側に備え付けた新しい自慢の設備の元へと運ぶのだった。




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次回、ひっそりとクリン君が仕込んでいた新兵器が登場します(´Д`)

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