長剣を担ぐ元子爵令嬢

 待ちに待った休日。

 私達は王都ガルザの城下町にきていた。

 隣を歩くフェリス様は鼻歌を歌ったりしてとても上機嫌だ。


「実は私、友達と一緒に街を歩くのずっと夢だったの。 ありがとう、ロゼ」


「友達……」


「もしかして、迷惑だった……?」


「いえ、とても光栄です! こちらこそ、呼んで頂いてありがとうございます」


 今日の事をエルマー達に話すと、『待ちに待った街デビューですね!』とドレス選びにも力が入っていた。

 ドレスと言っても、ブーツが似合う歩きやすさ重視のデザイン。

 令嬢というより町娘に近い服装だ。 

 長剣を取りに行くのにちょっと違和感があるけど、二人の推しを断りきれず、このまま向かう事にした。


「ねぇロゼ、何かあった?」


「え? 何もありませんが」


「何だか表情が冴えないよ。 体調でも悪い?」


 鋭い指摘に私はコホンと咳払いをする。


「今日が楽しみで眠れなかったんです。 ただ、こんな可愛い格好して出歩くのが恥ずかしいだけで……」


「何言ってるの! その格好もよく似合ってるよ!! ロゼは可愛いんだからもっと自信持って!」


「ありがとうございます……」


 真剣な顔して言ってくるから、たまにこちらが恥ずかしくなってしまう。

 本当は違うけど、嬉しかったのもこの格好が恥ずかしいのも本当だから良いよね。

 そこに閣下のこともあった、それだけ。

 制服じゃないから、連鎖反応であの夜の事を思い出してしまった。

 

 セロなのに、他人から純粋に好意を寄せられて本当に幸せ者だと思う。

 でも世間ではまだまだそういう訳にはいかない。

 本当は公爵家と子爵家の人と仲良くするなんて有り得ない。

 それでもすぐに『いらない』と言えない自分がいた。 


「ねぇねぇお嬢さん達、良かったら一緒にお茶でもしない?」


 といってもこういう類は今すぐ遠慮したい。


 この男二人組みもフェリス様の可愛さに惹かれたみたいだ。

 これでもう三組目。

 おかげでなかなか先に進めないでいた。


「申し訳ありません。 この後用事がありますので」


 フェリス様に怪我でもさせたらアルフレッド様に叱られる。

 なので私はフェリス様の前に立ち、丁重にお断りした。


「そう言わずにさぁ、こうして出会ったのも何かの縁だろうし……」


 それでも引かない男性の一人が、私の肩にスルリと手を這わせた時だ。


「離して下さい」


 語気を強めると、男は次の瞬間青い顔をしてドシン!と尻もちをついた。

 それを見て私は瞬時に笑顔を作った。


「ごめんなさい。 先を急いでるので他を当たってください」


「は、はい……」


「では失礼します」


 撫で回すような手つきが気持ち悪くて、つい殺気を放ってしまった。

 それでも私は頭を下げ、フェリス様の手を引き、再び町の中を歩き出した。


「ロゼ、ありがとう」


 フェリス様は花の様に愛らしく笑った。

 今の私は護衛騎士だもの。

 せめて私が側にいる時は、笑っていてくれるよう尽力しよう。


 いつの間にかフェリス様に手を引かれ、色々な店を見つつ石畳の道を歩いていく。


 あれから何度か声をかけられながらも、いつの間にか賑やかだった中心街から離れた場所に来ていた。



 ◇◇◇◇



 そしてようやく辿り着いたのは、普通の民家とそこまで差異のない石造りの建物。

 フェリス様がいうんだから、長剣を頼んだ鍛冶場はここで違いない。

 ただもっと大きいのを想像していた。


「私の祖父がやってる鍛冶場よ。 もう引退したから極力目立ちたくないって言ってここに工房を建てたの。 ロダムお祖父様ー? どこですー?」


 そう言ってフェリス様は慣れた様子で裏へと回り裏玄関の扉を開けた。 

 すると鍛冶道具に囲まれながら煙草をふかす、白髪髭の老人が木椅子に腰掛けていた。

 ただ老人と言っても腕は青年男性の太もも位に太い。

 しかも眼光も鋭いから一瞬怯んでしまった。


「お祖父様、先日お願いしたものを受け取りに来ましたわ」


「なんだ、フェリスか。……っと、隣の娘さんはどちらさんだ?」


「お初にお目にかかります。 ロゼ・アルバートと申します」


 背筋を伸ばして挨拶をすると、ロダム様はフェリス様と同じ水色の瞳を大きく開いた。


「お前さんがセロか。 えらく身綺麗な格好をしとるな」


「……申し訳ありません」


「何、事情はフェリスから聞いてる。 孫が懐いてるんだ、気にするな」


 私がフェリス様の方を見ると、フフッと小さく笑った。

 だからここに連れてきてくれたんだ。

 何だか泣いてしまいそうだった。 


「それにしても、こんなちいさくても騎士になれるのか……」


 額に深い皺を何本も寄せて落胆するロダム様に対して、フェリス様は嬉しそうに笑った。 


「嘘じゃないわ。 こう見えてもロゼはものすごく強いのよ?」


「本当か? そんな成りじゃ剣だってまともに持てそうにないぞ」


 そう言い残してロダム様は工房の奥へと戻ってしまった。

  

「嫌な思いさせちゃってごめんね? 物言いはきついけど本当はいい人なのよ」


「気にしてません。 寧ろこれが普通ですよ」


 話しながら工房の外で待ってると、ロダム様が鞘入りの長剣を抱えてのしのしと戻ってきた。


「ほれ、頼まれてたものだ。 年寄には重すぎる。 さっさと受け取ってくれ」


「ありがとう、お祖父様。 ロゼ、手伝ってもらえる?」


「はい」


 そう言われたので、私はフェリス様に言われる前に長剣を手に取った。

 

 すごい。

 持った瞬間は少し重くも感じたけど、それもすぐ手に馴染んでしまった。

 どうしよう、口元が緩んでしまう。


「ロゼ……、片手で持ったりして重たくないの……? 私がここに運んだ時は男性二人掛かりだったよ?」


「問題ありません。 寧ろワクワクします」


 すると二人してぽかんと目を丸くした。

 うんうん、これも普通の反応だ。


「あの、素振りとかする所とかありますか?」


「まさかそれを扱えるのか?!」


「駄目ですか?」


「いや……、素振りなら裏庭を使ったら良い」


 ロダム様に案内された裏庭は、周囲が綺麗に伐採されていて、広々としてる。 

 長剣を振るうには問題ない。

 でも二人に怪我をさせる訳にはいかないので、しっかりと離れてもらった。


 身の丈程の長剣を鞘から剣を引き抜くと、自分の姿が映るほどに磨かれた刀身に思わず見惚れてしまった。


 昔はここに父の姿があったのかと思うととても感慨深い。

 私は長い柄を握りしめ深呼吸をすると、まっすぐに剣を構えた。

 重心の位置、刀身の長さ、握った感触。

 これまで使っていた父の剣と大差ない。

 ううん、今のものよりずっと使い心地がいい。


 「フッ!」


 頭上から長剣を振り下ろすと、今度は横一閃に振るった。

 ヒュン!と空を裂く音に少し遅れて風が巻き起こる。

 マズイ、力いれ過ぎかも。

 私はグッと踏み込み地を蹴った。

 そして巻き上がった風にぶつけるようにして剣をスッと振り下ろした。

 するとまるで水面に出来た波紋の様にふわりと風が相殺される。

 うん、調整のしやすさも使い心地も抜群だ。

 

「この剣、本当に素晴らしいです! ロダム様、ありがとうございます!!」 


「あ、あぁ……そいつは良かった」


 ロダム様が何だか呆然としてる。

 フェリス様に至っては頬を赤くして両手を握ってる。

 もしかして怖くて我慢させちゃったかな。


「素振りだって言ったのに勝手な事してすみません! つい嬉しくちょっと力が入ってしまいました……」


「いや、儂は大丈夫だ。 ただ余りにも軽やかに振るうから見惚れてしまったよ」


「そ、そうですか……?」


「うん! 凄くかっこよかった! ううん、舞ってるみたいで凄く綺麗だった! 」


「あ、ありがとうございます……」


 ほ、褒められてしまうとは。

 とにかく二人共怖い思いをしてないなら良かった。


「これをまた扱える人間が出てきたなら作った甲斐があったってもんだ。 柄に付ける魔晶石が決まったら付けてやるから持ってきなさい」


「ありがとうございます!」


 これを作ったのはロダム様だったなんて。

 さすが王家御用達の刀鍛冶師だ。

 私は長剣を鞘に収めてそれを担ぐと、ロダム様に改めて頭を下げて工房を後にした。


 久々の感触に手こずるかと思ったけど案外平気そうだ。


「ロゼ、良かったね」


「こちらこそ、フェリス様のお陰で素晴らしい職人さんに会えました。 本当にありがとうございます!」


「ロゼに喜んでもらえて良かった」 


 そう言ってフェリス様は、いつものように私の腕に抱きついた。

 本当に可愛い人だな、と思う。


 それにしても、やっぱり目立つな。


 只の町娘が自分の背格好程の長剣を背負っていたら驚かない方が難しいか。

 早く持って帰らなきゃだ。


 ドン!!


 すると横から何やら大きなものがぶつかってきた。


「お姉ちゃん! 助けて!!」


 驚いて斜め下に視線を向けると、そこには大きな黒い瞳の少年が息を切らして私の服を掴んでいた。






  

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