美女と野獣と

 ヴランディ家に来て数日後。

 ここでの生活も少しずつ慣れて、ついに騎士見習いとして基礎訓練に参加出来る日が来た。


 騎士見習いの制服は新緑の様な萌黄色。

 ずっと父の制服を直して着てたから、まっさらな服に心が踊る。

 さすが王立騎士団の制服は伸縮性があってすごく着心地が良い。

 まるでドレスを着た時みたいにワクワクする!


 因みにシヴェルナ王立騎士団は、色によって所属分けがされている。

 騎士見習いは萌黄色、そして街の警備や討伐にあたる中級クラスは深緑になる。

 そしてトップクラスの騎士は何物にも屈しないという意味から黒を纏い、胸元に金糸の紋章を飾る。

 でもこれはほんの数名だとか。


 そういえば閣下が着ていたのは黒でも光沢のある漆黒だったな。

 同時に何故か閣下の端正な顔が頭に浮かんだ。

 何度も間近で見たからか、睫毛の長さまで想像出来てしまうぞ。

 ダメダメ、思考を切り替えなきゃだ。

 そう、私はあの人の背中を守る為には黒の騎士を目指さなきゃならない。

 それがあの人への恩返しになるんだから。

 


◇◇◇◇



 王都にある煉瓦造の城壁を越えた先に、騎士団の領地がある。

 私はここの中にある訓練施設に通うことになった。

 試験に合格した者が騎士見習いとして基礎訓練や実地訓練、軍事演習などで研鑽を積む。

 といっても、ここに通う全員が騎士団に入れる訳じゃない。

 適性を認められ二度目の試験に合格した者が、シヴェルナの紋章を掲げる正式な騎士なれるのだ。

 だからまだスタート地点に立った所。

 ここから本当の試練が始まる。

 

 ……なんて気合を入れてきたのに、挨拶に行く筈の事務室に中々辿り着けないでいた。

 何せ内装は白を基調とした建物だから、どこも同じに見えて自分が何処にいるのかも分からない。

 途中で誰かとすれ違えるかと思ってたけど、何故か建物内はシンと静まり返ってる。

 オールナードみたいに森じゃないから高を括ってたけど、これはこれで迷路みたいだ。

 そんなこんなで約十分後。 

 やっと抜けられる!と思って駆け出したら、とうとう施設外にでてしまった。

 施設外といっても大きな中庭だ。

 よく見ると石造りの道が二つの棟を繋ぐように続いてる。

 もしかしてあっちに事務室があるのかも。

 とは言え、初日早々迷子になってしまった焦りと緊張感で疲労感が半端ない。

 一旦休んでからにしよう。

 私は近くにあったベンチに腰掛け、グッと両腕を伸ばした。

 

 それにしても、なんて綺麗な庭なんだろう。

 大きな噴水もあるし、草木の手入れも行き届いてる。

 訓練所なのにまるで別空間にいるみたいだ。

 

 暫くすると向こうの棟から人の声が聞こえてきた。

 チラチラと人影も見え始め、ようやくここから脱出出来る気がしてきた。

 急いで行ってみよう!

 私は荷物を担ぎ、石造りの道を辿って歩き出した。

 その時だ。


 パシン!と乾いた音が響いた。

 

 驚いて音のした方を向くと、女性三人が一人の女性に詰め寄っているのが見えた。

 全員萌黄色の制服だ。

 特に中心にいる金髪巻き髪の女性は目を吊り上げてイライラしたご様子だ。 

 

「貴女、ちょっとアルフレッド様と親しいからって調子に乗ってるんじゃなくて?」


「そんなことないわ。 言いがかりはよしてちょうだい」


 何やら不穏な空気だ。

 でも迫られてる銀髪の女性は、赤くなった右頬を擦りながら怯む事なく彼女達を見据える。

 その澄んだ水色の瞳がとても綺麗だ。


「この前は違う殿方と噂になってたじゃない。 ちょっと可愛いからっていい気になってるんでしょ。 それとも何かを聞き出そうとしてるのかしら。 白状しなさい!」

 

 すると金髪の女性が銀髪の女性に向かって手を振り上げた。

 駄目、見てられない!

 

「すみません!!」


 私は思わず大声で叫んだ。

 四人はまるで時が止まったみたいに、飛び出してきた私を見て目を丸くした。


「……貴女、見ない顔ね」


 金髪の女性が顔を顰めて振り上げた手を下ろした。

 私はピッと背筋を伸ばして頭を下げた。


「ロゼ・アルバートと申します。 初日なんですが迷ってしまいまして、事務室がどこにあるのか教えて頂きたいのですが……」


 へへへと笑ったら、金髪の女性が大きな溜息をついて、私が向かおうとしていた棟を指差した。

 

「事務室ならこっちの棟の一階よ。 さっさと行きなさい」


「ありがとうございます!」


「連れて行ってあげる!」


 すると銀髪の女性がグイッと私の手を引いて、向かいの棟へと駆け出した。

 それは余りにも突然だったから他の三人も追いかけてくる事はなかった。

 うまく撒けたって事かな?


「無理やりごめんね? 私はフェリス・ヘーレン。 よろしくね」


「あ、ロゼ・アルバートです……」


 肩で息をしながら笑う顔がすごく可愛くてしばし見惚れてしまった。

 でも今まで同じ年頃の人と話した事がなかったから、返し方がわからない。

 するとフェリス様は眉を下げて笑った。


「ごめんね、女の子に庇ってもらったの初めてだったからつい嬉しくて。 他の所も案内するから、まだ一緒にいてもいい?」


「なら医務室に行きましょう。 このままじゃもっと腫れてしまいますから」


 するとフェリス様は大きな瞳をパチパチと瞬かせた。

 あ、いらないお世話だったかな。

 でもずっと気になってた。

 肌が白いからどんどん赤くなってるのがわかる。

 腫れが酷くなる前に冷やしてほしい。

 

「ありがとう。 じゃあ事務室の用事が終わったら一緒に行ってもらおうかな」

 

 ふわぁっ……!

 花のような笑顔ってこういうのを言うんだ!

 こんな愛らしい笑顔を見たら、男性はイチコロだろうな。

 朝の疲れが一気に浄化されてしまった。


 それから私は事務室で挨拶を済ませた後、フェリス様と医務室に向かった。

 その道中、色々な事を教わった。

 私が入って来た棟は東棟で、兵舎だった。

 あの時間は早朝訓練後で全員食堂に集まってたらしい。

 どうりで人がいなかった訳だ。

 そして今いるのが西棟で、事務室、来賓室、会議室に食堂、医務室、大浴場などの設備が揃う主要施設になっている。

 因みに西棟を抜けた先に、演習場、武器庫、大広場があるらしい。

 こんな事なら地図でも貰っとくべきだったな。


 そして何より驚いた事が一つ。

 近年は女性貴族でも騎士を目指す人が増えていて、ここで剣の腕を磨くのと同時に婚約者を見つけにくる人もいるらしい。

 聞くところによると、先程の金髪の女性リリアナ・マーシェル伯爵令嬢もその一人みたいだ。

 でも気になってる男性、確かアルフレッド様とか言ってたかな。

 その男性はフェリス様と仲が良いらしく、ちょくちょく絡まれるみたいだ。

 今の貴族って大変だな。

 

「ねぇ、ロゼはこの後演習に向かうんだよね?」


「一応その予定ですが……」


「じゃあ一緒に行こう!」


 医務室から出てきたフェリス様は小さな氷嚢で頬を冷やしながら笑った。

 うう、可愛いの一言に尽きる。 


「おい、そこで何をしている」


 突然背後から唸るような低い声。

 ゾワッと背中に悪寒が走った。


「あら、アルフレッド様」


 え? 

 恐る恐る振り向くと、そこには閣下よりも身体の大きい男性が私を見下ろすようにして立っていた。

 黄金色の髪色に映えるターコイズブルーの瞳。

 鼻筋もシュッとしてて端正な顔立ちの御方だけど、何故か今にも噛みつかんとばかりに睨まれてる。

 リリアナ様の好きな人って聞いたからもっと優しい人かと思ってた!


「おい、何ジロジロ見てる」


「ハッ、申し訳ありません!」


 思わず声が上擦ってしまった。

 まるで無防備のまま魔物と出くわしたかのような緊張感だ。

 よく見ると私達見習いと違って黒の騎士服で、胸の紋章も金糸で刺繍されている。

 という事はキアノス閣下と同じ黒の騎士だ!


「アルフレッド様はこんな所でどうしたんですか?」


「それはこっちの台詞だ。 フェリスこそ何故頬を冷やしてる?」


「早朝演習の時にちょっとぶつけただけです。 心配はいりません」


「……」


 え、何で私が睨まれるの?

 もしかして私がやったと思ってるのかな。

 アルフレッド様の青緑の瞳が鋭く光ってて怖すぎる。

 するとフェリス様が私の腕に自分の腕を絡めて身を寄せてきた。


「言っておきますがロゼは関係ありません。 だからそんなに睨まないで下さいな」


 ムッと眉を寄せて頬を膨らませる横顔にキュンと胸が高鳴った。

 でもそれもアルフレッド様の鋭い視線であっという間に払拭された。

 なんだろう、何の拷問を受けるんだろう。

 冷や汗が止まらない。

 するとアルフレッド様の視線が更に鋭くなった。


「ロゼ……? もしかして君がロゼ・アルバートか?」


「も、申し遅れました! 本日付で訓練に参加することになりましたロゼ・アルバートと申します!!」


「ほう、君が……」


 まるで品定めをするかの様な視線を向けられ心臓がバクバクしてる。

 とうとう拷問内容が決まるの?

 するとアルフレッド様は私からフェリス様をやんわりと引き離すと、そのまま攫うかの如く私を小脇に抱えて歩き出した!

 

 

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