問題児の腕前

 そりゃ自分でも軽いとは思うけど、荷物扱いは酷い。

 でもそんなの恐ろしくて抗議出来るわけないもなく、ここは大人しく運ばれることにしよう。

 棟を抜け、木の生い茂った先へ進むと、大きな広場に出た。

 素振りしてる人もチラホラいるから、ここが演習場なのかな。

 

「君の話はアイツから聞いている。 早速ここで君の腕を見せてもらおう」


「え?」


「セロでありながら剣の使い手なんだろう?」


 冷ややかな声で『セロ』と呼ばれギクリとした。

 アルフレッド様は私を解放すると、一人の男性に近づいていった。

 その人は慌てた様子で話を聞いてたけど、アルフレッド様と一緒に戻ってきた時には何故かワクワクした様子だった。


 まるで鎧を着てるかのような立派な筋肉をしてる。

 今度はその人が壁の如く私の前に立ちはだかった。

 

「ここで主に基礎訓練の指導をしているリーヴェスだ。 よろしく」


「今日から訓練生になりましたロゼ・アルバートです。 どうぞよろしくお願いします」


 ミトンの様に大きな手でガッチリと握手を交わすと、リーヴェス教官は口の端を上げた。


「セロなのに騎士希望なんだな。 まぁ苦労するだろうけど頑張ってくれ」


 爽やかな笑顔と言葉に裏はないと思う。

 それよりも、もうちょっと力を緩めて貰わないと折れそうだ。


 で、これから何が始まるの?

 アルフレッド様は状況が読めない私を置いて淡々と話を進める。


「ではリーヴェス教官、他の訓練生が集まる前に彼女と手合わせをしてやってくれ」


「承知しました」

 

 え?!

 何の説明もないまま私はリーヴェス教官から木剣を渡された。

 待って、心の準備が出来てないんですけど!


「アルフレッド様、本当に手加減無しでいって良いのですか?」


「あぁ、キアノス閣下のお墨付きらしいし大丈夫だろう。 怪我した時は俺が対処する」


「承知しました」


 リーヴェス教官はアルフレッド様に一礼し、私に向き直った。


「悪く思わないでくれ。 だがまさかセロとこうして打ち合う日が来ると思わなくてね。 なるべく手加減をするから安心してくれ」


 その表情から自信と勇ましさが垣間見える。

 そうか、いきなり出てきたセロに騎士になる資格があるのかどうか、自分の目で確かめようって訳か。

 チラッとアルフレッド様に視線を向けると、気づいたアルフレッド様が微かに笑った様に見えた。

 

「どちらか継続不可能となったところで終了だ。 但し魔法の使用は禁止とする」


 時間制限はなし、やっぱり本気でやれと言うことか。

 徐々に人が集まりつつある演習場の真ん中で、私とリーヴェス教官は剣を構え向き合った。


「始め!!」


 離れた位置でアルフレッド様から開始の合図がかかった。


「行くぞ!!」


 ほぼ同時にリーヴェス教官が正面から踏み込んでくる。

 まるで刀剣狼の様な気迫と素早さで真っ直ぐに剣を振り下ろした。


 カァァン!!


 木々が激しくぶつかり合い、澄んだ衝突音が響いた。

 

「な……?!」


 リーヴェス教官が動揺した声を上げた。

 この一撃で決めるつもりだったのかはわからないけど、私が受け止めたのが予想外だったらしい。

 

 閣下のお墨付きとあればやられる訳にはいかない。

 閣下の名誉の為にも勝たせてもらおう。

 私はリーヴェス教官の剣を弾き上げて、がら空きになった脇へと一刀を振るう。


「ゔッ!」


 上手くリーヴェス教官の胴に入った!

 でも手応えがない。


「中々重い一刀だ。 だが甘い!」


 リーヴェス教官は涼しい顔で風の如く剣を振り、逆に私が吹き飛ばされてしまった。

 そうか、あの身体そのものが本物の鎧みたいに強靭なんだ。

 木剣程度の軽さじゃ大して痛くないのかも。

 体勢を戻して着地するものの、リーヴェス教官が追撃を仕掛けてくる。

 絶え間ない攻撃がまるで炎の様に迫りくる。

 幾ら払っても消えない火炎の剣戟。

 とにかく受け流してチャンスを待つか。


「フンッ!!」


 うわ! 

 リーヴェス教官の筋肉が一瞬膨れ上がった!

 思わず身を引くと、リーヴェス教官が振り被った一刀はズドン!と地面を揺らし、私がいた所が抉れてビキビキと深い亀裂が入る。

 すごい、強化魔法も使ってないのにこの破壊力。

 筋肉って侮れない!


「さっきので決めるつもりだったんだが……なかなかやるな」


 額に汗を滲ませるもまだまだ笑顔で剣を構え直すリーヴェス教官。

 アルフレッド様は腕を組んだまま表情は動かない。

 

 さぁどう攻略しようか。

 長剣いつもの様に思ってちゃ怪我をする。

 そしてあの強靭な肉体をどう崩すか。

 

「ほぉ、面白い構えだな。 どうするつもりだ?」


 私が剣を背に担ぐように構えたのを見てリーヴェス教官はニヤリと笑う。

 でも警戒体勢は崩さない。


「行きます!」


 そして一気に身体を屈め地を蹴った。

  

「なっ…?!」


 リーヴェス教官が声を上げた時には、私は背後に回っていた。

 しかも私は身を屈めたままだから二メートル超えの身体では死角に入る。

 そしてリーヴェス教官の膝裏目掛けて回し蹴りをお見舞いする。 


「ゔぉ?!」


 ガクンと体勢が崩れかけた所へ、今度は臀部目掛けて剣を振り上げた。


「ハァッ!!」


 ピシャァンッ!!と大きく弾けた音と共にリーヴェス教官が『ピギッ?!』と子豚の様な声を上げて飛び上がった。

 木剣だから切れることは無いけど、臀部は意外と痛みに敏感な部分だ。

 片手で叩いただけでも十分ダメージを与えられる。


「このぉッ!!」


 さすがリーヴェス教官。

 身体を捻り、涙目で尚も背後の私を狙う。

 でも勘任せの剣は速度も鋭さも落ちるもの。

 私は柄を両手で掴み直し、斜め下から思いっきり振り上げた。 

 念の為に初手の倍の力で。

 

「が……はぁ……っ」


 巨体は高く高く弧を描き、数メートル離れた先にいたアルフレッド様の元まで吹き飛んでいった。

 マズイ、力加減、間違えた……?

 

「……試合終了」


 アルフレッド様は複雑そうな顔で試合終了の合図を出した。

 良かった、無事に終わったみたいだ。

 よく見たら結構人だかりができてる。

 その中にはフェリス様も、リリアナ様の姿もあった。


 アルフレッド様は目を回してるリーヴェス教官の側にいって手を翳した。

 きっと回復魔法をかけてるんだ。

 やっぱりリーヴェス教官の臀部に時間をかけてる。

 あのままじゃ座れないもんね。


「おい、ロゼ・アルバート」


「はい!」


 眉間に皺を寄せるアルフレッド様に呼ばれ、すぐに駆けつけた。

 

「な、何でしょうか?」


「セロでありながらよくやった。 だがさっきのは魔晶石を使った攻撃じゃないのか?」


 すると周囲はざわめき出す。

 きっと『セロ』という言葉に反応したんだ。


「魔晶石って何ですか?」


「魔力が結晶化した鉱石の事だ。 あれを使えば魔力がなくても多少の魔法は使えると思うんだが」


「……魔法の使用は禁止ですよね。 そもそもセロには魔法は使えません」


「……そうだったな」


 そう言ってアルフレッド様はフィッと目線をリーヴェス教官へと戻した。


 周囲の目が刺さるように痛い。

 今ここで私がセロだというのが分かってしまった。

 こうなったら隠しても無駄だし開き直ろう。

 

「彼もこんな調子だし、君も今日のところは帰って身体を休めてこい」


「でも……」


「興奮状態のまま演習を受けると力加減を間違えて……」


「アルフレッド様!」


 語気強めの呼びかけに、アルフレッド様はビクリ!と肩を上げた。

 何事かと思って振り返ると、顔を顰めたフェリス様が腰に手を当てて立っていた。

 そう言えばさっき置いてっちゃったな……。

 でもフェリス様は私にではなくアルフレッド様の元へツカツカと向かい、アルフレッド様に詰め寄った。


「アルフレッド様ってば酷いです! せっかくロゼとお話しようとしてたのに、勝手に連れて行くなんてズルいです!!」


「フェリス、待ってくれ、その、これには、訳があってだな……」


「聞きたくありません!」


 フェリス様がプイッ!と顔を背けると、アルフレッド様の顔からサァっと血の気が引いていった。

 鉄仮面だと思ってたけど、フェリス様相手だとこんなにも崩れるんだ。

 これじゃあ誤解されてもおかしくない。

 この二人の関係って一体……。

 

 さらっとアルフレッド様をあしらったフェリス様は、今度は私の腕に自分の腕を絡めてきた。

 

「ロゼ、アルフレッド様なんて放っといて演習に行こう?」

 

 うわぁ、まるで子犬に懐かれてるみたいでキュンとしてしまう。


「すみません、今さっき自宅待機命令が出たので今日はこれで失礼します」


「何で?!」 


「打ち合いして十二分に身体が温まってるから、演習は必要無いとアルフレッド様に言われまして……」


 それを聞いてフェリス様はアルフレッド様に無言で抗議する。

 それでも覆せないんだと無言で頭を左右に振るアルフレッド様。

 もしかしたらこの場で最強なのはフェリス様なのかもしれないと悟った初日だった。

 

 

 



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