1章 君の血の味
1 血食症
「医学的には、血食症は欠血症と呼ぶ方が正しいです」
コツン、と白いチョークが黒板を叩いた。
大学の講壇に立つ先生を見上げる。文化人類学、特別公開講座。血食症患者の生活。那都希の通う大学で休日に開催されている、一般人向けの公開講座だ。この大学には血食症の研究室があるので、定期的に血食症に関する講座が開かれている。私はそれに、バイトが入らない限りは出席していた。那都希のおかげで、先生たちとも顔見知りである。
文化人類学の
「血食症の方は生まれつき血液を、およそ種類を問わず、人体に必要な栄養素に変えられる消化器構造をしています。細胞の種類が全く違うんですね。これは先天的な異常、というより、人間から分化、進化したと考える研究もありますが、必要な栄養素は非血食症の人と変わりがありませんので、全くの別人類、と考えるのも難しいです」
十畑先生は、黒板に血食症と、欠血症の二字を書いた。
「食文化が全く違う、これは僕ら文化人類学にとっては、とても重要な特徴なので、僕も授業では血食症とお話しすることが多いです。しかし、その前にきちんと理解していただきたいのは、本人たちにとってそれよりももっと重要なのは、彼らは生まれつき、造血機能が非常に弱い、という点なんです」
先生は欠血症の文字の下に二重線を引く。
「欠血症、と医学的に呼ばれる由縁です。欠血症の赤ちゃんはすぐに保育器に入れられ、二十四時間管理で輸血の調整が行われます。造血機能の弱さには個人差があり、軽い貧血で済んでいる人もいれば、成人しても病院から出られないような方もいます。成人するにつれて多少は食事――彼らの場合はこれが血液そのものになるのですが――その食事による造血機能の回復が見込めます。しかし、ほとんどの血食症の方が、一生涯、定期的な病院での輸血、検診を、必要とします」
先生は、欠血症の文字の下に、定期的な通院、と書いた。私はそのチョークの粉が崩れて落ちる様を見つめる。
「貧血になりやすく、激しい運動はできません。加えて、彼らはどんな血液からも栄養を摂れますが、彼らに提供する食用血液は未だ流通が少なく、気軽に購入することもできません。結果、食糧不足で栄養失調気味になることも多く、その分造血機能の回復も阻害されます」
貧血、疲れやすい、栄養失調、下痢、腹痛など。
先生は黒板に書き連ねていく。
「いわゆる虚弱体質ですね。下痢や腹痛は、彼らの場合、非常食として一般の食物を食べる必要があるからです。血液のみでは量が足りずに、やむなく通常に流通している食品を摂取して栄養を補完する必要が出てきます。彼らの胃腸には、血液以外を消化するための細胞、細菌も、若干存在しています。ですが、数が非常に少ないため、多くを摂取するとお腹を痛めます。彼らにとっては、この病気、もしくは進化とも呼べる、人体構造の変化によって引き起こされる体調不良の方が、よっぽど深刻な問題なんです」
さて、以上の話を前提とした上で、と、十畑先生は振り返った。今日の講義には数十人が参加している。基本的には他の大学の生徒が多いけれど、近所のおばさんとか、私みたいな高校生もちらほらといるのがこの公開講座の常だ。
「本日は血食症の方の食文化と、幼年期の社会生活について話していきたいと思います。吸血鬼、なんて言われて、いじめを受けることも少なくない症状です。実際には彼らは人血を飲むことはほとんどありません。血食症の人の胃腸は豚や牛の血液でも栄養を摂取できる。この講座では、人間の集団生活の中で、彼らを正しく理解して共に生活することを、目的にしています」
いつもの前置きが終わって、先生は再び、黒板の方を向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます