2024年4月6日 あくまで私の一例です
今日は昨日頂いた改稿案を成立させるため、1日中、良いアイディアはないものかと思案を巡らせながら過ごしていた。
椅子の上であぐらを組んでうんうん唸ったり、ポカポカ陽気の中を散歩して少年野球を眺めたり、買い出しに行って普段足を運ばない生鮮食品コーナーを見渡したり、風呂場の電気を消して湯船でぷかぷか浮いたりした。
なんも出ん。
びっくりするくらい何もアイディアが浮かばなかった。
思考の袋小路である。どん詰まりである。便秘である。
こうなってくると、夜寝る前に「なんて無駄な一日を過ごしてしまったんだ」と自己嫌悪に陥る可能性が出てくる。
それは不眠症を誘発する恐れがあるので、何か1つは成果を生み出したい。
ということで、私は最終兵器を使うことにした。
思考の強制アウトプットである。
難しいことはなにもない。
白紙のテキストファイルを1つ用意して、そこに今現在抱えている悩み、願望、課題、目標といった思考を、とにかくつらつらと書き出すのである。
ここで注意したいのは、「支離滅裂でもいいからとにかく書き続けること」である。
文章がおかしかったり、変換ミスをしていたりしても気にする必要はない。別に誰に見せるものでもないからだ。
たとえば私が今日書いたのは約2,000字程度のテキストだが、数行ごとに話は変わるし、合間合間に「面倒くさい」とか「難しい」とか愚痴が挟まっていたりする。
こんなのでも全然いいと思う。
思考の強制アウトプットの効果は主に2つ。
1つは、「脳内イメージにテキストという実体を与えることで、脳のリソースが増える」という点である。
良いアイディアを探ったり、プロットを考えている時、脳内では様々な情報が錯綜している。
「この設定を成立させるにはどんな展開にするべきか」「この展開を採用すると私のやりたいことが実現できなくなる」「客観的に面白くなる展開にするためにはこれらの要素が不可欠だ」などなど。
これらを前提条件として脳内バックグラウンドに置いたままにしておくと、新たなアイディアを生み出すための思考領域が狭まるのだ。
だからそれらの前提条件に、テキストという形を与えてやることで、頭に抱えておかなくてもよくなる。結果、使えるリソースが増える。
イメージとしては、数学の証明に近い。
Q.E.Dまでの道のりが複雑な証明でも、「とりあえずわかるところからやるか」と手を動かしているうちに、自然と結論までたどり着くことがあるだろう。あれだ。
テキストに起すことで前提条件は整理されるし、脳内リソースは増える。
いいことづくめである。
思考の強制アウトプットのもう1つの副次的効果として、「自己肯定感が上がる」というものがある。
どれだけの駄文であろうと、文字は文字である。
書けば書くだけ、左下の文字数カウントは増えていく。
やはり目に見える結果というものはそれなりに達成感を与えてくれるもので、2,000字も書くと進捗ゼロでも「今日は進みはしなかったがとりあえず努力はできたな」と満足できる。
散々頭を唸らせた挙げ句何も浮かばず、部屋を暗くしたベッドの中で「今日は何も創作できなかったな……」と落ち込んでしまうよりはよほどいい。
「形になったものはどんなものであれ無駄にはならない」というのが私の信条である。
さて、「まだ本を出版してもいないのに創作論を語るとはおこがましいと思わんかね」と本間先生に肩を叩かれそうだからこの辺で切り上げることにする。
一応言っておくが、これはあくまで私が実践している方法というだけなので、万人に役に立つとは言わないし、世の小説家は皆この方法を実践しているだなんて思いもしてない。
ただ、今日はこれをやったことで、思わぬアイディアが舞い込んできて、改稿課題の1つが消失したことは事実である。
「そんなに効果がある方法なら、なぜ最初からやらなかったのか」だって?
やってみるとわかると思うが、これ、ノンストップでやるとめちゃくちゃ疲れるのよ。
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