曜の名
まだ誰もいない教室。音1つしない薄暗い部屋。絶対に誰にも見つからない、聞かれることのない2人だけの時間が訪れる。
監視の目もない。この時間なら、警備も薄く、教室の中まで調べるような厳重さはない。だだっ広い教室。青く、妖しく月明かりが差し込むそこで、2人は密かに向かい合う。
「……薄々気づいてはいたよ。君はそっち側の人間なんだってね」
手入れの万全ではない2本の刀。研磨も終わっていない不完全な刀を携えて、国綱はそこに立っていた。投げかけた言葉に返事はない。目の前に佇む女は、俯いたまま何を言うこともない。
「深くは聞きはしない。君なりに事情があるんだろう。だけど一つだけ教えて欲しい」
国綱は諭すように言う。それでも、目の前にいる女はピクリとも反応しない。一瞬躊躇するも、国綱は女に問いかける。それは本来、秘密を知ってしまったあの日に聞くべきはずだったことだ。
「……これが、君の望んだことなのか。ヴェローニカ」
国綱が名前を呼ぶと、ヴェローニカはようやく顔を上げた。金色の髪を揺らし、哀しみに満ちた瞳でじっと国綱と目を合わせる。ガイア・ヴェローニカは敵。国綱の予想は無情にも的中していた。思えば、疑問は山ほどあった。
初めて国綱がヴェローニカと顔を合わせたあの時、そこには偶然にもモニカが居合わせた。その時のヴェローニカの口調は、態度は、今とはまったく異なるものだったはずだ。
「……答えてくれよ」
神精樹の古書館では、『七曜の魔法使い』による襲撃があった。目的はバウディアムスの生徒。さらに詳しく言えば、クラス・アステシアの生徒だったのだろう。
しかし、現れた『七曜の魔法使い』は無闇やたらに民間人を殺し回るわけでもなく、国綱たちクラス・アステシアの生徒が大きく被害を受けたわけでもない。『七曜の魔法使い』は誰かを探すように、古書館中を走り回っていた。一体、誰を探していた?
それに、『七曜の魔法使い』の行動はあまりにも大胆すぎた。課外学習も兼ねた神精樹の古書館での授業。引率者が1人や2人いると考えるはずだ。だというのに、『七曜の魔法使い』はたった2人で襲撃を試みた。
そもそも、なぜあの日、あの時にモニカたちが神精樹の古書館にいると知っていたのだろうかと考えれば、情報を提供していた者の存在は想像にかたくない。
「僕の予想が合っていたら、頷くだけでもいい。答えてほしい」
しんと重く苦しい雰囲気が空気を重くする。口を開こうとしないヴェローニカは、濁りきった瞳でひたすら国綱を見つめているだけだった。
深く深呼吸をして、国綱は心臓の鼓動を再確認する。ドクンドクンと、振動は身体中に響き渡っていた。
答え合わせをした時、いつもと同じ笑顔で、ヴェローニカと接することはできるだろうか。悲しい顔なんてしたくはない。国綱は不安を振り切り、ゆっくりと口を開く。
「君は、『七曜の魔法使い』なのか?」
「ええ、そうですわ」
次の瞬間、国綱の目に映ったのは、友としてのヴェローニカではなかった。国綱は絶望に満たされたヴェローニカの顔を直視できず、思わず顔を逸らしてしまった。
もう、ヴェローニカの表情に笑みはなかった。いつも楽しそうに、可愛らしく笑っていた笑顔はそこにはなく、あるのは暗く、苦しそうな無表情。国綱は、ヴェローニカが何を考えているのか、何を思っているのか想像することもできなかった。
「……きっと、貴方ならたどり着くと思っていました。隠し事は、できませんわね」
声も、表情も、口調も、何もかもが違う。そこに、もう国綱の知る『ガイア・ヴェローニカ』は存在しない。
「私は『七曜の魔法使い』。ガイア・ヴェローニカなんてものは偽りの名」
冠するは曜の名。『七曜の魔法使い』として刻まれた本当の名前。
「名を、『
しかし、そんな淡く微かな光は
心臓の鼓動はもう爆発するほど激しくなっていた。思考ができない。視界もぐらぐらと揺れ始め、国綱は片膝をついた。動悸は強くなる一方で、脈打つ血液の流れは今までにないほど早くなっていた。
「ありがとう、今まで楽しかったですわ。宮本様、今度出会う時は、貴方の敵として――」
「……なんの真似ですの?」
鼓動が胸を打つ。それは突きつけられた絶望が、抱いていた感情が、何もかもをめちゃくちゃにされた衝撃。
「でも、君は拒んでいた」
「何を……言っているのですか!」
「最初に言っただろう。これが、本当に君の望んだことなのかって」
「……そうです。そうですわ。私は貴方たちの敵。最初からそう決まっていたんです!」
「嘘だ」
国綱は
国綱は片膝をついたまま
「やめて……離してください!」
「断る。君が本当のことを言うまで、絶対に離さない」
「すべて……すべて本当のことです! 嘘なんて一つもありません!」
「違う! そんなの、全部嘘だろう!」
初めて声を荒らげて国綱は
「君は
「
「何を……言って」
「お前を今、明確にバウディアムスの敵にしてやると言っているんだ」
国綱は
「……でも、僕は君の手を取りたいよ。ヴェローニカ」
そっと、国綱の手に触れたのは一体誰だったのだろうか。それを知ることができるのは世界で2人だけしかいない。
「わがままを……言ってもいいですか?」
「もちろん」
だが、この時初めて、ヴェローニカはありのままの自分で、国綱の手を取った。それだけは確かだ。
「私と……世界の敵になってくれますか?」
「あぁ、喜んで」
どちらにもなりきれない、半端者で、臆病者のたった一つのわがまま。
「僕が君の刀になる」
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