メモリア・ビアス

 最初はほんの少しの好奇心だった。



(……『繋ぐ者』。あの子がいれば……)



 モニカ・エストレイラを見つけた時、メモリアは一目でモニカが『繋ぐ者』だと理解した。筆記試験にて、モニカが鏡の魔法によって作り出された迷宮を迷いなく進む姿を見て、メモリアの予想は確信に変わった。

 モニカが、『繋ぐ者』がいれば、は完成するかもしれない。誰にも語ることのなかったメモリアの目的。最も親しい仲であるフィスティシアにも、それを明かすことはなかった。最後のピースを求めて、メモリアはモニカと接触することになった。



「いえーい、先輩助けに来ちゃった」



 ピンチに駆けつける頼りになる先輩を演出し、違和感を感じさせることなく、メモリアはモニカとの仲を徐々に深めていった。このまま進めば、はすぐにでも達成できる。メモリアはそう革新していた。


 だが、メモリアは触れてしまった。共鳴してしまった。



「‪”‬共鳴レゾナンス‪”‬」



 それが、メモリアの失敗だった。‪あの時、メモリアが共鳴させたのは、視覚情報だけではない。抑えきれなかった興味が、失態を犯す。メモリアは、モニカ・エストレイラという人間の心までも共鳴させてしまった。



(あの時から、何かがおかしいとは思ってた。まさか、私の方が影響されちゃうなんて)



 純粋の白。穢れを知らない心にメモリアは触れた。触れてしまった。メモリアの心は、モニカによって変えられたのだ。



(……だめだ、迷うな。私は……やらなきゃいけないんだ。これは、私にしかできないことだから)



 捨てたはずの迷いが、メモリアの足をもつれさせる。それでも、重い足取りで、必死にメモリアは歩み続けた。もはや手段は選ばず、何を犠牲にしようと、止まることはない。



「手を組もう、『七曜』。あなた達のことは心底嫌いだけど、私に手を貸してくれるなら、私もあなた達のことを手伝ってあげる」



 今更、戻ることなんてできなかった。取り返しのつかないところまで来てしまった。ここから先はもう、進む以外の選択肢など、残されてはいない。



「あなたの魔獣を貸して。私がもっと上手く使ってあげる。私なら、バウディアムスの戦力を大幅に減らすことができる」



 メモリアは、バウディアムスの敵になったてしまった。望んだ結果ではなかったが、そうならざるを得なかったからだ。メモリアは足を洗っても落ちないほどの悪事を犯し続けた。


『七曜の魔法使い』と手を組み、神精樹の古書館を襲わせた。


 悪夢ナイトメアと呼ばれる魔獣を使役し、忘却の刻印を刻み、死後に発動するように仕込みをした。そして――



「明日、騎獅道旭にこの依頼を引き受けさせてください。でなければどうなるか……分かりますよね、ギルドのマスターさん?」



 ギルドを脅し、旭に依頼を受けさせたのも、メモリアだった。

 すべて、メモリアが裏で手を引いていたのだ。



「……せめて、誰も傷つけず終わらせる」



 黒く染ったメモリアの心に滲む白。共鳴によって生まれたモニカの純白が、メモリアの理念を少しづつ変えていた。

 何を犠牲にしてでもやり遂げると決めていたのに、冷酷になりきれなかった。自ら行うはずだった神精樹の古書館の襲撃も、手を汚したくない身勝手な考えで『七曜の魔法使い』を利用した。


 そして、メモリアの計画において、最も邪魔になる騎獅道旭は、記憶を消すことによって除外させた。本来なら殺すはずだったのに、そうできなかったのは、『共鳴』による影響だったのだろう。



 メモリアは、フィスティシアのいなくなった生徒会室で1人、生徒名簿を目を通す。生徒の情報がくまなく記載された書類だ。



「……余計なこと、してくれないといいんだけど」



 メモリアが手を止めたページには、ある人物の情報が載っている。メモリアによって、記憶を消去させた1の人物だ。その人物もまた、計画の妨げになると判断し、メモリアが記憶を消去させた。

 だがどうやら、近頃その人物は怪しい動きを見せている。神精樹の古書館へ行かせたのは失敗だったと、メモリアは後悔する。



(恐らく、彼女はと接触して記憶を取り戻しつつある)



 未来を語り、全知を記す書。偉大なる大魔法使い、マーリンによって作られた魔導書グリモワール。全知の力を使えば、消された記憶を復元することも可能だ。



「何の予言を授かったか知らないけど……勝手に動かれると面倒なんだよ。



 メモリアはソフィア・アマルの情報が記されたページをパタンと閉じて書類を元あった場所に仕舞う。


 滞りなく計画が進めば、犠牲はなく終わらせられる。メモリアは深く深呼吸をして、空を見上げた。



「……私が、この世界を終わらせる」

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