妬ける気持ち

 旭たちが野営をして夜を明かそうとする一方、盤星寮では――



(ん〜、なんでだろう……寝付けない……)



 就寝時間ピッタリにモニカは照明を落とし眠りにつこうとした。目を開けると、すぐ横では口角を上げたままで幸せそうソラが眠っていた。ゴロゴロと喉を鳴らすソラの姿は妖狐というよりも、撫でるとご利益がある福の神のようにも見えてしまう。



「……喉乾いた」



 ふと声に出してみると本当に喉が乾いてくる。モニカはソラを起こさないようにもぞもぞと身体を動かしてベッドから抜け出すと、物音を立てないように食堂へ向かう。

 消灯時間を過ぎているからか、廊下には照明が点いていなかった。さながら肝試しのような雰囲気がしている廊下を慎重に歩き、モニカは食堂にたどり着いた。

 食堂にはまだ誰かがいるのか、ぼんやりと薄明かりが点いていた。静か餅の気配もなく、特徴的なぺたん、ぺたんという音もしてこなかった。



(小福さんかな……)



 そう思い、モニカは冷水を手に取る。一旦落ち着くためにモニカは椅子に座り一息つく。すると、正面に人影が現れ、聞き慣れた声がした。



「ここ、いい?」


「……ソフィアちゃん?」


「ふふ。髪下ろしてると印象変わる?」


「うん。すっごく」



 薄桃のふわふわとした髪を下ろした、いつもとは少し印象の違うソフィアがモニカの正面に座る。手にはいちごのジュースを持ち、美味しそうに飲み進めている。



「消灯時間過ぎてるのに、食堂なんてきちゃダメだよ〜」


「ソフィアちゃんもでしょ? それに、今日は……なんだか眠れなくて……」


「私も。なんだかソワソワしてる」



 静かに、バレないように小声で2人は会話をする。いけないことをしている緊張からか、少し話すと2人の間に沈黙が走る。時計が時間を刻む音と、微かな家鳴りが妙に大きく感じられた。

 やがて、ソフィアがいちごのジュースを飲み終えると、モニカの目を真っ直ぐに見つめて言った。



「ねぇ。旭って、かっこいいよね」


「え?………………そう?」



 モニカは今まであった旭との出来事を思い返し、ソフィアの言葉を肯定できないことばかりを思い出す。何度も助けてもらったことはあったが、それがかっこいいかと言われると、モニカはそうは思わなかった。それどころか、モニカは旭との初対面の印象が強すぎて、未だに距離を感じるほどだ。



「モニカちゃんって、旭と仲いいもんね。付き合ってるの?」


「は、はぁ!? そ、そんな訳ないでしょ!」


「え〜、絶対そうだと思ってたんだけどな〜」



 モニカは小さいながらも、静かな食堂に確実に響くほどの声で激しく否定する。ソフィアは空になったジュースのゴミをカラカラと音を鳴らして机の傍らに置く。そして、にこりとどこかよそよそしい笑顔でソフィアは言った。



「じゃあ私、旭のこともらっちゃうね」


「――は……え? もらっ……うって」


「だって、モニカちゃんは旭と付き合ってないんでしょ? なら、私と旭が仲良くするのは、モニカちゃんにはだよね」


「……うん。そう……だね」



 ソフィアの言葉を肯定しようとした瞬間、モニカはまた思い出す。2時の部屋、旭と一緒にフレンチトーストを食べたあの日のことを。22時の部屋、旭の過去を知り、「また明日」と約束した約束した日のことを。

 そして、モニカが想像したのは、ソフィアの隣で、楽しそうに微笑む旭の姿だった。その光景を想像すると、キュッと胸が締め付けられるように苦しくなった。



「だめ……」


「え?」


「やっぱりだめ」



 次の瞬間、モニカは無意識にそう言っていた。ソフィアは困惑してきょとんとしていたが、やがてモニカを諭すように言った。



「でも……モニカちゃんと旭は友達でしょ?」


「だめなの。旭はあげない」


「……だって、旭はモニカちゃんの彼氏じゃないんでしょ? 旭はモニカちゃんのものじゃないじゃん!」



 訳もなく否定するモニカにムッとしたのか、ソフィアは少しだけ声を大きくして言う。理由なんて、モニカにだって分からなかった。

 モニカにとって旭はただの友達にすぎない。でも、ソフィアと旭が仲良くする想像をして胸が痛くなるのは、だからだろう。



「旭は……」



 モニカは旭のことを好きになってしまったのだ。



「旭は……ッ!」



 妬ける気持ちを知ったモニカは、みんなが寝静まった時間であることも忘れて、ガタンと大きな音を立てて勢いよく立ち上がって言った。



「旭は私のだもん! ソフィアちゃんにも……誰にもあげないから! 絶対!」



 そしてモニカはソフィアの返事も待たず、逃げるように食堂を出ていった。結局水は一口しか飲まず、ソフィアと話していたからか、ますます喉は乾いていた。

 しかし、そんなことは気にならないほど、モニカは別のことに気を取られていた。ぎゅうぎゅうと、恋煩いがモニカを苦しめる。意識するほど、不思議と涙は溢れてきた。モニカは早足で自室に駆け込み、ベッドに思い切りダイブした。



(バカ……バカっ……バカ! 私のバカ!)



 隣ではダイブした衝撃で少し目を覚ましたソラが微睡んでいる。気にせずモニカはふかふかの毛布をぼふぼふと叩き、ぐるぐると渦巻くような気持ちを吐き出し続ける。



(何言ってるの……。旭は……誰のものでもないでしょ)



 しばらく暴れ続けると、モニカは泣き疲れたのは、そのままうつ伏せになったまま眠ってしまった。目を覚ましたソラは、モニカの身体を温めようと、下敷きになった毛布を引っ張ったがビクともしない。仕方なくソラはモニカの傍にそっと丸まり、抱きしめられるようにゆっくりと眠った。

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