ウェールズ・ダモクレス

 ダモクレス


 それは、かつて『鍵』を守護していた者の名だった。ウェールズ・ダモクレスはダモクレス家の嫡男であり、代々受け継いでいた『鍵』を守護する者である。当主を亡くしたダモクレス家の代理戦争に勝利し、ウェールズ・ダモクレスは守護者と成った。



「‪”身体強化フィジカル・ブースト五重クインティ‪”‬」



 世界を創成し、8つのルールを定めた鍵。『神の鍵』とも呼ばれる神聖なる鍵。ダモクレスはそれをことで守護している。



「‪”‬加速スピレッド‪”‬」



 その影響なのか、ダモクレスは攻撃魔法が使えない。使えるのは、一般的に使用する補助魔法。そして、自身に強化を施すだけだった。



「だが、だからこそ儂は立ち上がった。人間の底力というものは、逆境でこそ発揮されるというもの!」



 強化魔法しか使えないのなら、。それがダモクレスが出した結論だった。魔法使いらしい戦いを捨て、己の肉体を鍛え続けた。文献を読み漁り、鍛錬を続け、ダモクレスはあらゆる『武術』を修めたのだ。



「力比べなら儂の得意分野。どこからでも来るがいい!」



 赤褐色の怪物は身体中の血管をはち切れんばかりに浮かび上がらせてダモクレスに襲いかかる。内蔵を揺さぶる荒々しく、響く重低音。怪物の叫び声が森の中に響き渡る。言葉の意味も、感情も分からずもとその叫び声が何なのかは分かる。それは紛れもない、怪物のだった。



鍵刃旋棍けんじんせんこん、『クラシオン』!」



 旋棍。トンファーとも呼ばれる武具。だが、ダモクレスのもつそれは、もはや違う武器にすら見えた。



「お主が何者か、何のために生まれたのか! そんなことは知らん! だがな、これだけは覚えておけ!」



 黒い外装。そして、殺意に溢れた赤く鋭い刃が怪物を切りつける。本来は打突武器として使用される旋棍は刀剣類にすら見える。血飛沫を上げて赤褐色の怪物の腹が裂ける。傷口を抑え、怪物は痛々しい悲鳴を上げた。膝をつき、怪物が顔を下げる。その瞬間、ダモクレスが飛び上がった。



「儂のに手を出すのなら! 儂はお主を容赦なく討ち止める!」



 ダモクレスの旋棍による凶刃が、赤褐色の怪物の首を捉え――


 ザシュッという切断音とともに、赤褐色の怪物は力無く倒れ込む。ブレひとつない切り口からはボタボタと大量の血を垂れ流し、頭は死ぬ前の表情のまま自由になっている。

 ダモクレスの旋棍、『クラシオン』は返り血すら付着しないほど鋭く研ぎ澄まされており、光のない暗がりの森の中でもキラリと光って見える。



「……すまぬ。なる前のお主を儂は知らぬ。もし、お主が罪を知らぬ善人であったのならば……次は、争いなき平和な世界に生まれ変わることを祈る」



 灰となっていく怪物の亡骸に手を合わせ、ダモクレスは静かに祈る。目を閉じ、怪物の安寧を願い、手を合わせている。そして、目を開けるとそこに既に怪物の姿はなく――



「ふむ、濁りなき良い目をしている」


「……お主、何者だ」


「普通なら驚くところですよ、少年よ」


「……血の匂いがする」


「あぁ、それはこのの血でしょうね」



 その言葉に、ダモクレスはピクリと眉を動かす。目を開けた先には、汚れのない純白スーツに身を包む仮面の男が立っていた。高そうな革靴を履き、紳士的な印象さえ受ける。だが、男のつけている不気味な仮面がその印象をがらりと変えてしまう。



「小生は日曜ドミンゴ。『七曜の魔法使い』という者です」


「知らんな。興味もない」


「君はいい。きっと、


「意見の相違だな。夢は見るものではない。叶えるものだ」



 ダモクレスは表情を変えず淡々と日曜ドミンゴと会話を続ける。一切顔を見せない日曜ドミンゴと、目も合わせず無感情を装っているダモクレス。まるで本性を見せようとしない2人が相対する。



「ところでな、日曜ドミンゴとやら」


「はい、なんでしょうか」


「儂はが効くのだ」



 直後、日曜ドミンゴのスーツが赤黒い鮮血で彩られる。風を切る音すら立てず、予備動作も、振りの動きすら見えない速さで、ダモクレスは日曜ドミンゴの首を切り裂いた。



「あの怪物と同じ匂いがする。この怪物を造ったのは貴様だな」


「……うっふふふ。いい……いい! いいですよ少年! そうでなくては!」



 切り裂かれ、日曜ドミンゴがぶらんと身体を揺らすと、皮一枚で繋がった首が落ちる。まるで死に損ねた落ち武者のような状態で、日曜ドミンゴは高らかに笑う。



「名を聞いておきましょう。ぜひともまたお会いしたい」


「下衆に名乗る名前など持ち合わせてはいない!」



 ダモクレスが旋棍を振り上げ、再び日曜ドミンゴに攻撃を仕掛けようとした、その瞬間、背後から微かに声が聞こえてきた。



「ダモクレス〜! 無事か〜!?」


「……くっ!」


「ほう。ダモクレス……なにやら数奇な運命のようなものを感じますね。それでは小生はこれで失礼します」


「待てッ!」



 ダモクレスが旋棍を振り下ろす。刃が風を裂き、衝撃波のような風が森を吹き抜ける。煙る砂煙が止んだ時、既にそこに日曜ドミンゴの姿はなく、飛び散った血すら残さず、まるで最初からそこに誰もいなかったような空間が広がっていた。



「あ、ダモクレス! どうした、大丈夫か!」


「……うむ。まぁ、怪我はない」


「お、おう。声ちいせぇな……具合悪いか?」


「いや、何でもない。気にするな」



 旭を背負ったレオノールがダモクレスに駆け寄る。ダモクレスは神妙な面持ちで先程の出来事を思い返す。幻覚でも、気のせいでもない。でも見ていたかのような感覚にダモクレスは戸惑う。



「……やっぱなんかあったか? ダモクレス」



 レオノールは心配そうにダモクレスに声をかける。いつもより格段にテンションの低いダモクレスを見て心配しているのか、しきりにダモクレスの顔色を伺っているようだった。



「レオノール。儂らは……、だよな?」


「え? それ以外のなんだよ」


「……ふふっ。そうか!」


「ん? 何、なんか元気になった?」


「レオノールよ。友達として、お主に聞きたいことがある」



 ダモクレスは一瞬頬を緩めて笑うと、再び真剣な表情をしてレオノールと視線を合わせる。隠し事はなし。そんな意思が伝わってくるような時間が流れる。



「儂は先程、『七曜の魔法使い』という輩にあった。お主は、奴らのことを知っているか?」


「七曜? うーん……聞いたことはねぇけど……心当たりはある」


「……そうか。ならばよい!」


「いいのかよ。もっと聞いとかなくていいのか?」


「よい。儂は情報の共有と、相談とやらをしたかっただけだ!」


「相談!? あれ相談か!? めっちゃ問い詰められてただろ俺!」



 静まり返っていた空気はダモクレスの笑い声で一変する。しばらく歩いていると、レオノールとダモクレスはウミストラと合流した。

 再び赤褐色の怪物と戦闘になるリスクがあるとしても、負傷した旭と国綱を連れてこれ以上の移動は厳しいと判断し、5人は森の中で野営をすることになった。

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