第26話 行き違っちゃった!?

 ドキドキしながらインターホンを鳴らす。

 ここに一人で来たのは初めてだ。

 べーやん達について来てもらおうかとも思ったけど、あの三人の力を借りるのはちょっとカッコ悪いかもって思って、途中で別れた。お松さんはいつもの呉服屋に行くと言っていたし、べーやんは今度こそ勝つとか言って、因縁の相手(カンガルーのルー太君)とジャンプ勝負をするために動物園。ザエモンはいまの時間なら『暴れん坊大老』の再放送が見られるからと、馴染みのおじいちゃんの家に行くんだって。


 リュックの中には、一応保険としてリリちゃん人形を持って来た。だってやっぱり女の子だし、本当はこういうので遊びたいかもしれないしさ。だったら僕だって合わせる努力をしないと。だって、友達だもん。なんかドレスとかいっぱいあってよくわからなかったから、とりあえず、さっきレイ――じゃなかったお嬢様が着てたやつみたいな白いワンピースのを選んだ。


「はい。――おや」


 いつものように長岡さんの声がする。が、それはインターホンのスピーカーからではなかった。どうやら長岡さんは庭にいたようで、音が聞こえたから直接門の方へ来たらしい。


「宝地君? どうしてここに?」

「あの、すみません、えっと」

「お嬢様は? お嬢様はどちらに?」

「どちらに、って。えっと、ここにいるんじゃないんですか? 僕、レイ――お嬢様とお話がしたくて来たんですけど」

「えええぇっ!?」


 えっ?! 何でそんなに驚くの?!

 もしかして来ちゃ駄目だった!?


「お、お嬢様! お嬢様ぁぁぁぁ! 宝地君はここ! ここですぅ!」

「長岡さん?! 一体どうしたんですか!?」

「はあぁぁ、お嬢様ぁ……」

「あの、落ち着いて。落ち着いてください、長岡さん。あの、お嬢様は」

「宝地君、お嬢様を探してください!」

「え?」


 ガシッと両肩を強く掴まれ、ギラギラとした目で見つめられる。その鬼気迫る表情に、思わずたじろぐ。


「あ、あの、探すって、どういうことですか?」

「お嬢様は、幽体離脱をして宝地君に会いに行ったんです。ああ、私が馬鹿な提案をしなければ!」

「えぇっ?! だって幽体離脱したから具合が悪くなったって」

「はい。ですが、あと一回くらいなら大丈夫かと思ってしまって。その、お嬢様が、宝地君とどうしても話がしたいとおっしゃるものですから」

「えぇーっ!」


 レイも僕と話をしたがってたんだ。

 それについては嬉しいけど、無茶すぎるよ!


「お嬢様が行きそうなところに心当たりはございますか?」

「たぶん、いつも遊んでた空き地だと思います」

「く、くくく車を出します!」

「落ち着いてください長岡さん」


 その気持ちはありがたいけど、腰と膝ががくがくしているいまの長岡さんにハンドルを握ってもらうのは怖い。


「必ずお嬢様と一緒に戻りますから」


 そう約束して、僕は来た道を引き返した。勢いよく走り出したけど、あの空き地まで体力は絶対に持たないだろう。それだけは間違いない。


 やっぱりあっという間に息が切れる。本当に情けない。


 と。


「あれ? ぼっちじゃん」


 キキッ、というブレーキ音とその声に顔を上げると、アイスの棒を口にくわえたまま自転車にまたがるオバケン君がいた。


「オバケン君……。自転車乗りながらアイスは……危ないよ……」


 ゼイゼイと呼吸を整えながら注意すると、「ぼっちは真面目だなぁ」と悪びれる様子もなく、ケラケラと笑う。


「お、オバケン君、君、僕のこと友達って言ってくれたよね?」

「んお? おうよ、もっち友達友達! 何せ俺達は佐伯先輩の秘密のお宝を――」

「その自転車貸して!」


 得意気に語り出すオバケン君を遮って僕は叫んだ。

 オバケン君は僕の勢いに目を丸くしていたけど、すぐにまたニヤッと悪い顔に戻った。


「良いぞ! 何? 急ぎの用か? 何なら俺が漕いでやろうか。後ろ乗るか?」

「だ、駄目駄目駄目! 自転車の二人乗りは禁止だよ! 自転車教室で言われたでしょ!」

「ちぇー、真面目だなぁぼっちは」

「真面目とかじゃなくて!」

「まぁ良いけど。でもさ」


 そう言いながら自転車から下り、ハンドルを僕の方に向ける。よいしょ、ってまたがってから気が付いた。


「お前、足届く?」


 届かないのだ。いまは車体を大きく傾けているから何とかサドルにお尻が乗っかっているけど、これは確実に届かない。というか――、


「どうしよう、オバケン君」

「やっぱり届かなかったか。だって俺とお前じゃ身長が全然――」

「そうじゃなくて」

「どした?」

「僕、自転車乗れないんだった」


 すっかり忘れていた。

 僕は自転車に乗れないんだった。

 これは言い訳になるけど、だって自転車に乗れなくったって全然不便なこともなかったんだ。友達同士で誘い合ってちょっと離れたプールに、なんていうイベントも僕にはない。


「ハァ!? マジかよ! お前来年自転車通学だぞ!? どうすんだよ!」

「そ、それはこれから練習して……」

「ていうか、乗れねぇのに貸してとか言うな!」

「だって、ほんと急いでて。あの、ごめんね。どうもありがとう」


 そう言って自転車から下りる。良いけどさ、と受け取ったオバケン君は、「なぁ、何をそんなに急いでんだよ」と眉をしかめた。


「えっと……。言ってもたぶん信じられないと思うから良いよ。僕、やっぱり頑張って走るから」


 そう言うや、僕は走り出した。

 いけないいけない。こんなところで時間を無駄にしてしまった。急がないと。いや、僕が自転車に乗れたら全然無駄な時間ではなかったはずなんだけど。


 すると。

 

「おい、ぼっち! 何だよそれぇ! 俺が友達の言葉を信じないことなんてあるわけないだろ!」


 自転車のオバケン君にあっという間に追いつかれてしまった。


「お、オバケン君……! いや、えっと、その、こ、こん、今度はな、話すから!」


 いまはマジで走るのに集中したいというか、しゃべりながらは無理というか。オバケン君は、自転車を僕の速度に合わせながら運転していたけど、しばらく並走した後で、そこから降りた。もしかして一緒に走ってくれるってこと?


 そう思っていたんだけど、彼は走らなかった。

 

 走らなかったというより――。


「なぁぼっち。あのさ、言いにくいんだけど、お前それ、歩いても変わらんと思う」

「ふへ?」

「遅いんだよ。はっきり言うとさ。いっそ歩こうぜ、だったら」


 その言葉はどうやら正しいらしい。

 僕がゼエゼエしながら走る隣には、全く同じ速さで歩くオバケン君がいる。


 嘘でしょ。

 僕ってそんなに足が遅かったの?

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