第11話 そんなはずないのに

 それからは毎日のようにユウ達のところへ遊びに行った。

 誰もわたしが本当は女の子だって気付いてないみたい。


 ユウはちょっと勉強が苦手だけど、遊びに関してはわたしなんかよりずっとずっと詳しい。だから、わたしはユウの勉強の先生で、ユウはわたしの遊びの先生。そういうことにした。良かった、たくさん勉強してて。役に立てることが一つでもあって本当に良かったと思う。


 毎日、短い時間だったけど、ゆうやけこやけが流れる五時までたくさん遊んだ。本当は長岡さんや酒井さんにも今日どんなことをして遊んできたかとか話したいけど、ぐっと我慢。だって、まさか「幽霊になって、人間と幽霊の友達と遊んで来た」なんて言えないじゃない? 絶対に信じてくれないもの。


 だけど、ご飯をたくさん食べられるようになったし、なんだか毎日身体も軽いから、きっとわたしの身体はどんどん元気になってる。そのうち、自分の足であそこまで行けるようになるかもしれない。そしたらその時はせめてユウだけでも「わたしの友達だよ」って紹介出来るかも! あっ、でもその時も『レイ』の振りをしないといけないのかな。まぁその辺はその時になってから考えれば良いか。


 そんな日が一ヶ月くらい続いたある日のこと。

 

 今日もわたしはユウ達と遊びに行くつもりで朝からそわそわしていた。今日は午前中に奥寺先生の往診が入っている。それもちょっと楽しみだったりして。だって、ここ最近はものすごく調子が良いの。相変わらずベッドの上だけど。それは変わらないんだけど。だから、もしかしたら、ものすごく元気になっていますね、って言ってもらえるかもしれないし、もっと外へ出て身体を動かしましょうね、って言ってもらえるかも。


 そしたら酒井さんにも説明してもらって、それで、毎日ちょっとずつ散歩の時間を増やして、それで――。


 けれども、奥寺先生の反応は、わたしが想像していたのとまるで逆だった。まず、部屋に入ってわたしの顔を見るなり、ぎょっとした顔をしたのだ。それで、わたしの頬に触れ、下瞼を引っ張ってチェックをしたり、手首を軽く押さえて脈を測ると、「ちょっと失礼します」と言って部屋を出て行ってしまったのである。


 どうしたんだろう、忘れ物かな? なんて思いつつ、先生が来るのを待ったけど、全然戻って来る気配がない。何かあったのかと思い、よたよたとふらつきつつ廊下に向かう。そして、ゆっくりと扉を開けた時だった。


「どういうことですか」


 先生の声だった。

 そんなに大きな声ではなかったけど、明らかに怒っていた。

 廊下にいた長岡さんと酒井さんに向かって、強い口調で詰め寄っている。


「前に見た時よりもかなり痩せてしまっているではありませんか。きちんと食事はとっているのですか?」

「痩せてるなんてそんなことはありませんよ。最近のお嬢様は食欲も旺盛なんですから」

「現に痩せているではありませんか。顔色だってまるで死人のように真っ青です。それに脈も弱い」

「死人だなんて失礼な。何をおっしゃいます。最近のお嬢様はいつも元気いっぱいですよ」


 先生の言葉に、長岡さんも酒井さんも目を丸くして反論する。もちろんわたしも同じ気持ち。

 

 さっき酒井さんも言ってたけど、わたし、最近ものすごくたくさん食べられるようになったんだよ?

 長岡さんの言う通り、毎日元気いっぱいだ。ただ、トイレの時以外ベッドから起き上がれないだけで。


「このまま悪化するようなら、ここには置いておけません。入院させなければ」

「そんな」

「とりあえず、旦那様に報告いたしますので。それでは」


 そう言って、いつもにこにこ優しい奥寺先生は、いままでに見たことのないような怖い顔をして行ってしまった。廊下に残された長岡さんと酒井さんはしばらくの間呆然としていたけど、同時にハッとしたような顔をして、急いでこちらへと向かってくる。


 大変。ベッドに戻っていないと。


 慌ててドアを閉め、急いで部屋の中を移動しようとしたけど、足に力が入らない。そのままぺたりと床にお尻をついてしまった。そのタイミングで二人が部屋に飛び込んでくる。


 部屋の真ん中で座り込んでいるわたしを見て、酒井さんは「お嬢様ぁ」と泣き出してしまった。長岡さんも涙目だ。


「あたしったらどうして気が付かなかったのかしら。お嬢様、こんなにお痩せになられて」

「私もです。まるで夢でも見ていたかのような。ささ、お嬢様ベッドに戻りましょう。ああ、なんてことだ」


 何だかものすごく重病人みたいな扱いを受けてしまって、こっちの方が困惑する。信じてほしい。わたしは至って元気なのだ。ご飯だって残さず食べられる。走ったり、飛んだり跳ねたりは出来ないけれど、とっても元気。今日だって午後のおやつを食べたらまたユウ達とたくさん遊ぶつもりなのだ。どこも悪いところなんてないのに。


 結局その日は、おやつを食べた後もずっと二人が交代でわたしの部屋にいた。ちょっと咳をするだけで部屋の隅から飛んでくる。


 だからユウのところには行けなかった。わたしはユウと連絡をとる手段がない。ユウの家の電話番号だって知らない。ユウの名字も知らない。調べようもない。ユウはわたしが来なくなって心配していないかな。宿題、一人で出来たかな。そればかりが気になる。


 でもきっと、明日こそは。

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