第8話 気遣いと下校
「みんな、お疲れ様。今日は頑張ってくれてありがとね」
そんな綾乃の言葉でみんな動かしていた手を止める。
時計を見ればすでに最終下校時間が迫っていた。
「今日はこれで解散にするから。集中してくれたおかげで想定より仕事が進んだわ。本当にありがとう」
「いえいえ」
「お疲れっした〜!」
真と篤は綾乃に呼応をして返事をする。
そしてみなお疲れさまを言って帰りの支度をし始める。
「咲姫、一緒に帰ろ」
「あ、ごめん綾ちゃん。今日は先客があって……ほんとごめん!」
「あ、そうなんだ。そんなに気にしなくて大丈夫だよ」
「この埋め合わせは今度するから……!じゃあまた明日ね!綾ちゃん!みんなもばいば〜い!」
「うん、じゃあね」
咲姫は手を振りながら生徒会室を出ていく。
騒がしい人ではあるが唯一無二の生徒会のムードメーカーだ。
咲姫の存在が生徒会を明るくしていることは間違いない。
「もう……埋め合わせなんてそんなに気にしなくていいのに」
綾乃のそんなつぶやきにも苦笑だけではなく、ある種の敬意のようなものが混じっている。
そんな2人の様子を見ていた湊は横にいた篤に話しかける。
「なあ篤」
「ん?どうした?」
「急用を思い出した。今日は一緒に帰れないや。ごめん」
湊のそんな言葉に篤は一瞬考え込むがすぐに思い当たったのかニカッと笑って首を縦に振った。
「おう、わかった。俺は1日くらい問題ないから気にせず行って来い」
「うん、ありがとう」
本当に良い友を持った。
すぐにこうして察してくれて嫌な顔一つせず送り出してくれる得難き友を得たことに湊は感謝した。
「夕凪会長」
湊が話しかけると帰りの支度をしていた綾乃はキョトンとした顔をする。
だがすぐに微笑を浮かべて返事をした。
「湊くん。どうしたの?」
「今日一緒に帰りませんか?」
「……!?」
綾乃は突然の下校デートのお誘いに目を丸くする。
顔が上気し、頭は一気にテンパった。
「で、でも天海くんと一緒に帰るって……」
「あいつには一言入れてきましたから。そんなに気にしないでください」
後ろを振り返ると綾乃に気を遣わせないようにしたのか既に篤の姿は消えている。
こういうところの細かな気遣いが篤のモテる一因だと湊は思う。
「どうですか?」
「そ、それじゃあお願いしようかな……」
「はい、帰りましょう」
湊はスクールバッグを肩にかけると綾乃も同じようにスクールバッグを左肩にかける。
そして後ろを振り返ると真と静香が同時に頷いた。
「僕たちが鍵はしまっておきますので会長たちは先に帰っていて大丈夫ですよ」
「任せておいてください……!」
「そ、そう?それじゃあよろしくお願いね」
「お先に失礼します。野々瀬先輩、鹿倉先輩」
湊は頭を下げて、綾乃を連れ下駄箱へと向かう。
綾乃と湊は学年が違うのでローファーに履き替えたら玄関口の前で集合する。
そして一緒に歩きだして校門を出た。
「も、もういいんじゃないの……?口調を崩しても」
「ん?ああ、そうだね」
綾乃の申し出に湊は笑顔を浮かべながら答える。
湊は綾乃に敬語を使うようにしているがそれは学校内だけ。
メールやプライベートのときなどは普通に崩した口調で話している。
「今日は天海くんと一緒に帰らなくてよかったの……?わざわざ断ってたみたいだけど……」
「盗み聞きは感心しないなぁ」
「ち、違っ!たまたま聞こえてきただけで……!」
「あはは、冗談だよ。生徒会室の中で話してたんだから聞こえちゃうよね。別に気にしてないよ」
「も、もう……!そうやって先輩をからかって……!」
綾乃は自分が揶揄われていたことに気づき顔を背ける。
本来の湊は意外とイタズラ好きであり、こうやって綾乃がからかわれるのは日常茶飯事でもあった。
このことを咲姫が知れば喜々として湊と連合を組み、綾乃を愛でまくっていたことだろう。
「今は先輩後輩じゃないでしょ?だから許してほしいな」
「……このまま続けるならみんなに湊くんがいじわるしてくるって言うから」
「それは大人気なくないかなぁ……まあ俺に原因があるんだけどさ……」
綾乃は大の人気者でありそんな報告をされたら湊の立場が危うくなる。
違う学年であることは救いではあるが一つ上の先輩女子たちに変な印象を与えるのは勘弁してほしい。
「それでどうして断っちゃったの?」
「ん、綾姉を1人で帰らせたくなかったから」
「別に私は1人で帰れないほど寂しがり屋じゃないんだけど……」
もしそう思われているのであれば綾乃からすれば心底心外である。
だがこれはそういった不満を湊に言っているのではなく、一緒に帰れる嬉しさを照れ隠しとしてつい言ってしまっているだけである。
綾乃はそんな自分が嫌になりながらも素直になるのは難しかった。
「あはは。別に綾姉がそういう意味で心配だから一緒に帰ってるわけじゃないよ?」
「じゃあどうして……友達は大切にしないとダメだよ?」
「あいつには後で埋め合わせをしておくから大丈夫だよ。俺が言ってるのは時間帯の話」
「時間帯?」
時間帯と言われて綾乃に思い当たる節はない。
昔はどちらかの家で夕飯をごちそうになるために一緒にそのまま帰って夕飯を食べることもあったが、綾乃が高校に入ってからそれもいつしか消えてしまった。
なぜ湊がこうして一緒に帰ってくれるのかすぐに理由が出てこない。
「うぅ……わかんない」
「別にそう大層な理由じゃないよ?ほら、今って少しずつ暗くなるのが早くなってるでしょ?そんな中綾姉を1人で帰らせることはできないよ」
「……っ!そ、そのためにわざわざ……?」
「もちろん。綾姉は美人だからより気をつけておいたほうがいいと思うしね。それに何より俺にとって大切な人だから何かあったら嫌なんだ」
湊の無自覚な殺傷力の高すぎる言葉に綾乃は嬉しさやら羞恥やらで何がなんだかわからなくなってくる。
顔が火照りすぎて熱い。
「あ、も、もう家だ。送ってくれてありがとね。あと今日は助けてくれてありがと!」
そう言って綾乃は顔を見られないように家に逃げ込む。
1人取り残された湊は苦笑をこぼした。
「あはは、綾姉はほんと変わらないなぁ……でもまあ久しぶりに一緒に帰れてよかったかな」
世界でたった一人の大切な幼馴染。
昔と違い今は湊のほうが背も高いし力も強い。
自分が綾乃を守れるならばこれくらいはお安い御用だ──
(それにしてもなんであんなに急いでたんだろう?お腹が空いてて早く夕飯が食べたかったのかな?)
どこまでもブレない湊であった──
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