第7話 乙女の悩みと苦笑い

((え……?どういう状況……?))


湊が綾乃を抱きかかえる姿はまるで映画のワンシーンのようでとても画になったがなぜ突然こんなことになっているのか理解できない。

しかし真と静香の安堵したような表情と綾乃の顔を見て咲姫は大方の状況を理解した。


(転びそうになった綾ちゃんを湊くんが助けたって感じかな?綾ちゃん顔真っ赤だし嬉しいだろうなぁ)


好きな人から颯爽と助けられて嬉しくないはずがない。

いつもはクールな綾乃も今では形無しな様子に咲姫はクスッと笑った。


「とにかく一度休憩いれない?ずっと仕事してるしちょっとくらいは休憩入れたほうがきっと効率的に仕事できるよ!」


「そ、そうだね……一度休憩にしよっか。湊くん、生徒会室で休憩にするから一旦下ろして」


綾乃はもう湊が助けてくれた嬉しさとみんなの前で抱きかかえられていることへの羞恥でいっぱいいっぱいだった。

咲姫の提案にこれ幸いと同調し湊に下ろしてもらうように頼む。

これで大丈夫だと安心した綾乃を裏切るように湊は微笑みを浮かべながら首を横に振り綾乃を抱えたまま立ち上がった。


「ちょ、ちょっと湊くん……!?」


「素直に俺に任せてくれなかった罰。そんなに俺は頼りなかった?」


「そ、そんなことはないけど……」


「じゃあこれからは無理しないで頼ってくれる?」


綾乃は湊との顔の距離が近すぎてもう限界であった。

真っ赤な顔を見られたくなくて顔をぷいっとそらしながら頷く。


「ん、じゃあ下ろすよ。約束だからね?」


「う、うん……」


湊は綾乃を優しく下ろして散らかった物の整理を始める。

篤もそれを手伝うべく湊に近づきひとまず散らかった物はダンボールに全て戻された。


「では休憩にいきましょうか」


湊がそう言うと皆頷き次々と準備室から出ていく。

そして残ったのは綾乃と咲姫だけになった。


「もう、綾ちゃんったらどうしたの?」


「えっと……私がバランスを崩しかけたら支えてくれたんだ」


「やっぱり。日和くんの腕の中で乙女の表情してた綾ちゃんもすっごく可愛かったよ?」


咲姫はアタフタする綾乃にニヤニヤと、しかし妹や娘に向けるような微笑ましい目を向けていた。


「ち、違うよ。乙女の表情なんてしてない」


「じゃあ今写真撮って見せてあげようか〜?綾ちゃんの顔今も真っ赤だよ?」


「あ、ぅ……」


完全に綾乃の負けである。

やはりこと恋愛事になると咲姫はめっぽう強く綾乃はめっぽう弱かった。


「で、どうだったの?日和くんの体は?綾ちゃんの体を難なく支えてたし良かったんでしょ?」


「え?それはがっしりしてて頼りがいがあってドキドキして……じゃなくて!」


咲姫はわかっていてもつい綾乃の反応がいちいち可愛くて面白くてついからかってしまう。

綾乃はからかわれたことに気づいてぷりぷり怒るがあることに気づいてしまう。


「あっ……私重くなかったかな……」


体重を気にしない女子はいない。

抱きかかえられているときは羞恥やらなんやらで気にする余裕がなかったが今になって心配になってきてしまう。


「んー、大丈夫だと思うよ?綾ちゃん元々の線が細いし」


綾乃はスラッとしたスレンダータイプのモデル体型。

胸は発展途上というか平均と同じかそれより少し小さいくらいなため余計な肉が付いている印象はない。

咲姫はそう考え綾乃をフォローした。


「どうしよう……湊くんに太った女だなんて思われたら生きていけない……」


「大丈夫だから。そんなに気にしないの〜!」


咲姫は綾乃に抱きつきながらそう言うが綾乃の表情は晴れない。

どうしてこの親友はここまで可愛らしいのに湊のこととなると自信がなくなるのだろうか。

咲姫は思わず苦笑してしまうが、綾乃からすれば由々しき事態であり先程までは幸せな時間だったのに唐突に現れた不安な時間である。

しかしそれを吹き飛ばすような来客が現れた。


「夕凪会長と皆上先輩、戻らないんですか?」


「ひゃっ!?」


ずっと準備室にいて戻ってこなかった2人を心配した湊が戻ってきた。

湊の前で体重云々の話を聞かせるわけにはいかず驚いた綾乃は飛び上がりそうになる。

そして先程までの不安そうな少女の面影はなくなり、普段の凛々しくも柔らかい表情へと戻った。


「大丈夫、私たちもすぐに戻るよ」


「そうでしたか。では先に戻っていますね」


(ほんとに切り替え早いよねぇ〜……役者さんとか向いてるんじゃないかな?綾ちゃんが日和くんを見つめるときの表情とか絶対ファンが爆増しちゃうよね)


咲姫は普段は頼りになるお姉さん的存在である綾乃がこうやって恋という感情一つで表情がどんどん豊かになる姿を見て微笑ましい気持ちが止まらない。

なんとしても綾乃には幸せになってほしい。

そう思ってやっぱりあのとき思い切って綾乃に切り出してよかったと思うのだった。


「はぁ……危なかった……」


「可愛らしい声が出ちゃってたけどね?」


「も、もう……!それはいいの……!」


「あはは〜!ごめんごめん。それよりも戻ろっ!綾ちゃん!」


「うん、そうだね」


咲姫は綾乃の手を引いて皆の待つ生徒会室へと歩きだす。


(綾ちゃんにはずっと笑っていてほしい……。本当の意味で幸せにできるのが日和くんなのが少し妬けちゃうけど、ね)


誰よりも親友の幸せと恋の成就を願って今日も咲姫は笑顔を浮かべるのだった──


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更新時間ちょっと不定期になります。

日にちは一応毎日で行く予定です。

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