第55話「この手紙があなたに届くなら」
「おりりんご先生は昔から絵本作家になりたかったんですか?」
ユイアお姉さんが質問すると映像の中のおりりんご先生は少し考えたあと口を開いた。
「実は私、本当は漫画家になりたかったの。子供の頃から漫画が好きだったから。」
「そうなんですか!?」
「えぇ、そのために20代になって上京して一人暮らしを始めたんだけど。「絵が下手だ、こんな絵は載せられない。」ってどこの出版社も断られちゃって。やっぱり漫画家としての才能がないんだって思ったの。」
「それで......どうしたんですか?」
「この出版社で最後にしよう、それでダメなら実家に帰って農家を継ごうって。そしてその出版社でも「漫画はダメだ。」って言われちゃったんだけど、その時、原稿を見てくれた人が「物語自体は面白いから小説にしてみないか?」って言ってくれたの。」
「小説......」
「もしかしてその小説って。」
「星空に魔女、私が初めて描いた小説。漫画のことしか考えていなかったから当時の私はすごく驚いたわ。私は藁にもすがる思いで「お願いします。」って言ったの。それでなんとか作家としてやっていけるようになったんだけど......」
「だけど......?」
「やっぱり私、絵が描きたい!って思って執筆をしながら絵の勉強も始めたの。それでもやっぱり漫画家としてやっていけるような絵が描けなくって。そんなある日、星に魔女のサイン会をすることになったの。そこでびっくりしたのが......」
「なっ何があったんですか?」
「サイン会に来てくれた人達のほとんどが親子だったの!「うちの子がこの本大好きなんです!」「読みやすくて本に興味がなかった子供が読むようになりました!」って言ってくれてすごく嬉しかったことを覚えてるわ。そこで気づいたの、私は子供達が楽しめる物語を描きたいって。漫画じゃなくても子供達が楽しめる絵本なら描けるんじゃないのか、そして今の私に繋がるの。」
「なるほど、ありがとうございます。」
そこから十分ほどインタビュー動画は続いた。おりりんご先生が普段どんな生活を送っているのか、作家をやっていて印象に残った出来事はなにか。様々なお話を聞かせてもらい動画は終了した。見終わったあとに、ユイアお姉さんはプロジェクターの電源を切ってカーテンを開けた。光が店内の中に差し込まれて少し眩しい。
「どうだったハルちゃん?」
「えっ...あ、えーーっと。すごかった。まさか、おりりんご先生とユイアお姉ちゃんが知り合いだったなんて...」
「えへへ、驚いた?でも、私はおりりんご先生が最初は漫画家を目指してたことに驚いたな〜」
「うん。最初は小説家や絵本作家になりたかったわけじゃないんだね。」
「未来がどうなってるかなんて誰にも分からない。でもね、分かってることは一つだけあるんだ。それは......今の自分が未来に繋がるってこと。」
「今の自分が......」
「だからさ、今の自分がやりたいことを好きなことを夢にしてもいいんじゃないのかなって思うの。」
そう言ってユイアお姉さんはニカッと笑った。自分がやりたいこと、好きなことを夢にする。私も目を閉じて考えてみた。どうして人は夢を口にすることが怖いのだろう。きっとそれは自分にとって大切なものを否定され、笑われることが怖いからだ。傷つくくらいなら、自分の心の奥に閉じ込めておく。私は再び目を開けた。そこには私のことを優しい眼差しで見つめるユイアお姉さんの姿がある。この人は夢を否定しない人だ。笑わない人だ。私は少し唇を震わせながら口にした。
「私......ね。」
「うん。」
「魔法使いが好きなの。だって、魔法を使っていろんな人を笑顔にできるから。私も......魔法使いのお話をいつか書いてみたい。」
「すごく素敵な夢だね。ハルちゃんなら大丈夫だよ。」
ユイアお姉さんは優しい声で私の言葉に答えるとゆっくりと私のことを抱きしめた。温かいぬくもりが心地がいい。
あの夏のことは今でも忘れない。私はガラス窓から見える大きな入道雲と青い空を見るたびにあの人の笑顔を思い出してしまう。
「ねぇ、また空を眺めてるの?」
私が青空を眺めていると後ろから同僚の女の子が話しかけてきた。私は開きっぱなしにしていたノートパソコンを閉じて、アイスコーヒーを手に取った。グラスの表面に水滴がついている。人によっては手が濡れるという理由で嫌う人がいるかもしれないが、この結露が夏を感じさせるから私は好きだ。
「うん、青空を見てると子供の頃に会った人を思い出すんだ。」
「えーなにそれ!もしかして...初恋の人?」
「あはは、もーそんなんじゃないよ。青空みたいに爽やかで明るい人、私に夢を教えてくれた人なんだ。」
「夢?」
「私ね。小学生の夏にその人と出会ったの。夏休みの宿題で「将来の夢」の作文が書けなくって困ってたら、その人が友達と一緒に手伝ってくれてすごく嬉しかったな〜」
「へーいい思い出じゃん。その人は今何してるの?」
私はすぐに首を振った。
「分からない。もし会えるなら私だって会いたいよ。あの人は今、どこで何をしてるんだろう......」
「ふーーーん。あ、そういえば編集長がなんか探してたよ?」
「え、あ!そうだ!今日は持ち込みがあるんだった!ちょっと行ってくるね!」
「はーい。いってらっしゃ〜い」
私はアイスコーヒーをすぐに飲み干すと閉じたノートパソコンをバッグに急いで入れてエレベーターに向かって走り出した。これが今の私の仕事だ。
ユイアお姉さんへ
私は今、出版社で働いています。最初は小説家を目指していました。覚えていますか?私が魔法使いの物語が書きたいって言ったあと、ユイアお姉さんは小学生を対象とした小説コンクールを見つけてきてくれましたよね。勢いに任せて応募して、優秀賞ではありませんが賞を獲った時は一緒に喜んでくれましたよね。すごく嬉しかったことを覚えています。
そのあと入学した中学校、高校で入部した文芸部では何度か賞を獲ったことがありますが、大人になった私は小説家にはなれませんでした。それでも私は誰かの心を動かすような物語を届ける仕事に就きたい、その思いで出版社に就職しました。大変な仕事ですが夢に向かって努力する様々な作家さん達と出会って、その人達の背中を押して夢を手伝えることができている今の仕事が私は大好きです。小学生の時の私には今の自分がこうなってるなんて想像もつかなかったでしょう。
ユイアお姉さんと出会わなければ今の私はいません。違う場所で違う仕事していたかもしれません。あなたと出会えたあの夏を今でも忘れません。もし願いが叶うならもう一度、あなたに会いたいです。それが私の今の夢かもしれません。
「あの事件」が終わってから幾度の夏を迎えました。あなたは今、どこで何をしていますか?それを知る方法は私にはありません。あなたがあの日と同じ、笑顔を浮かべていることを願っています。
遭魔 晴より
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます