第73話

《side 難波一宗》


 ワイは、ユウさんたちをただ社員旅行に行かせたわけやない。


 これはワイから提案した、ユウさんに言って賭けをやった。


 現状は、クラン《隠》の中で何かと揉め事が起き始めとる。


 ワイの上司や部下は、上手く連携が取れとるが、他の派閥まで全てを把握することはできん。デカい組織になると思想を違える者も出てくる。


 せやけど、クラン《隠》が持つ巨大な力を使いたいと離れていくこともできん。


 だから、今回は犯人を特定することは難しい。向こうから尻尾を出してもらう必要がある。


 せやから、ユウさんたちには危険を伴うけど、手練れの護衛を忍ばせて、旅行に行ってもらった。


 ただのんびりさせるだけやなく、あいつらを境界村から一時的に離れさせることで、ある目的を果たそうと思うとった。


「ユウさん、すまんな。影法師に狙われる危険はあるけど、その間にこっちで調べたいことがあってな…」

「わかっています。今回の黒幕は、クラン《隠》とも関係があるかもしれないということですねよね?」

「せや、向こうさんの目的がわからん以上は、ワイも手の施しようがない。だから、ボロを出してもらうんや」


 ユウさんはええ感じに仕事を進めとるが、その裏で妙な動きがあることもワイは気づいてた。


 特に最近、境界村に不穏な影が漂い始めとる。どうやら、誰かがこっそりと会社を狙ってる気配があるんや。その裏の目的まではわからへん。


 せやけど、ユウさんらが気を抜いて旅行に行ったと思わせれば、相手も油断するかもしれへん。


 ワイの目論見通り、堂本が村を離れることで、あいつらが動くと思うたんや。


「案の定、動いたな…」


 夜の境界村、霧が漂い静まり返る中、数名の怪しい影が堂本家がある敷地内。


 会社として使っている倉庫に忍び込もうとしとる気配を見つけた。


「あっちも会社が潰しきられへんかったことに焦りを感じ取るんやろな」


 ワイは気配を感じつつ、影に隠れて様子を伺っとった。こいつら、どっから来たんやろな…?


 こっそりと会社に侵入しようとするその連中を見て、ワイは確信した。こいつら、ただの盗人やない。明らかに目的を持っとる。


 ワイは、高い木の上にから、奴らの動向を見つめた。


「あいつらはわかっとるんかな? あの会社には、頼りになるハナさんがおるんやけどな」


 ワイはハナさんがどう動くのかわからへん。ただ、現状のハナさんはユウさんに対して好意的な態度をとっておる。


 ユウさんが、来るまでのハナさんは境界村にとっては守り神やったけど、それでも恐ろしい存在やった。


 あまりにも力が強すぎて、ワイではどうにもできへん。


 せやけど、最近のハナさんはほんわかして、ユウさんと和んどるのをみて、あっけに取られたもんや。


「さて、どうなるやろな?」


 あの怪しい奴らが屋敷へとすんなりと侵入できた。


 案の定、奴らが会社の中に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。急に冷気が漂い、ハナさんの霊力が発動し始めたんや。


「うっ! なんだ、これは!?」

「誰だ!?」


 奴らは驚いた様子で辺りを見回す。すると、ハナさんが不気味に現れ、静かに微笑みを浮かべながら奴らを見下ろした。


「ここは、ユウさんの会社です。勝手に入ると、お仕置きが待ってますよ。ユウさんからお話は聞いています。あなた方がユウさんに悪いことをした人たちですね」


 その瞬間、奴らはハナさんの力で動きを封じられ、全く抵抗する間もなくその場に縛られてしまう。


「あかんな。役者が違いすぎるわ。もう終わりかいな…」


 ハナさんの力も見たいと思っとったが、役者が弱すぎた。


 ワイは軽くため息をつきながら、静かにハナさんのもとに近づいた。


「ハナさん、すんません。そいつら、ワイに引き渡してくれへんやろか?」


 ワイが敷地内に入ったことは気づいていたはずや。ハナさんは振り返る。


 ただ、ユウさんがおらん時のハナさんはやっぱりゴッツ恐い。しかも今は微笑みながら相手を縛って力を発動してはる。


 ワイは久しぶりに冷や汗が止まらんかった。縛られたまま震えている奴らをワイに引き渡してくれた。


「ありがとうございます。ユウさんの敵はワイがキッチリ見つけますので」

「はい。任せましたよ」

「必ず! ほな、失礼します」


 ハナさんの前を離れて、三人の盗人を神社へと連れ帰る。


「さて、こいつらに優しく聞いたるか」


 ワイは奴らを一箇所に集め、じっと目を細めた。


 ユウさんにはこんなことはできんやろな。


 ワイがやるしかない。


「さて、君らが誰の差し金でここに来たんか、教えてもらおか」


 ワイはゆっくりと口を開いた。だが、奴らは何も言わんと震え続けとる。


「ええんやで。ワイは優しいさかい、ゆっくり教えたるからな…せやけど、あんまり黙っとると、ちょっと痛い目にあうかもしれんけどな」


 奴らは恐怖で顔が青ざめていく。ワイが何をするか、もう察しとるようや。


 ワイはまず、一本の針を取り出し、じっと一人の男の顔を見つめた。


「この針でな、ちょっとだけ刺したら、すぐに正直になる人もおるんやけど…どうや?」


 男は目を見開き、恐怖で声も出んようになっとる。ワイはゆっくりと針を手に取り、少しだけ男の指に触れると、急に叫び声を上げた。


「や、やめろ!!」

「まだ一本や。夜は長いで。ほな、聞かせてもうてええか?」


 ワイは微笑みながら言葉を続けた。結局、こいつらのボスが誰か、そして何を狙っているかを聞き出すのに時間はかからんかった。


御影善斗ミカゲヨシトか、調べる必要がありそうやな」


 こいつらを差し向けた御影善斗、ワイは知らん人物やった。


「舐めたことをしてくれたもんやな。落とし前はキッチリつけてもらおか」


 ワイは呆れた顔をしながら、三人を本部へ引き渡した。処遇については本部に任せるだけや。本部には記憶を奪うやつもおるからなぁ〜ご愁傷様や。



《side堂本幽》


 イッソウさんに影法師から襲撃があるかもしれないと聞いていたので、覚悟していたが、なんとか襲撃を回避できた。


 裏の事情として、仙道姉妹には何も伝えない。


 戦いが終わり、ようやく一息つける瞬間が訪れた頃、イッソウさんから昨夜のうちに盗人が入り犯人の名前を特定したことが告げられた。


 ホテルの部屋で、スマホを握りしめて、ここからが戦いなんだと身を引き締める。


 部屋の中には水無瀬さんもいて、いつもは無口な彼女が少しだけリラックスしているのがわかる。


「水無瀬さんのおかげで、無事に影法師を退けることができました。ありがとうございます」

「いえ、私にも私の目的があります。ただ」

「ただ?」

「あなたがいてくれたからこそ、撃退できたと思っています。一人では勝てませんでした。ありがとうございます」


 いつもは無口で無表情な彼女からお礼を言われ、認められたような気がしました。そんな彼女を見ていると、戦いが終わったことに安心感が増してきます。


「堂本さん、これで少し落ち着きます。でも、次の影法師との戦いに備えて、準備は怠らないようにしましょう」

「もちろんです。今回は撃退できましたが、完全には倒せなかった。これからも気を引き締めていきましょう」


 彼女と話すことは少ないかもしれない。


 ただ同じ目的を共有して、少しだけ距離が近くなったように感じます。


 俺たちはお互いに頷き合い、静かな夜が続き、温泉旅行の最後の夜を楽しむことにしました。


 その後は、仙道姉妹の部屋を訪ねて共に食事を取ります。


 二人はホテルの部屋で待っていてくれました。私たちの顔を見て安堵の表情を浮かべてくれます。


 万里さんはいつもの元気な笑顔で、千里さんもどこか落ち着いた表情で迎えてくれました。


「おかえりなさい、ユウ先輩!」

「社長、遅い」

「はは、お待たせしたね」


 俺は安心させるように笑顔で答える。


「ユウ先輩は大丈夫ですか?」

「ああ、なんとかね。でも、やっぱり君たちと一緒にこうやって過ごす時間が一番リフレッシュになるよ」


 俺の言葉に、千里さんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。そんな穏やかな時間が流れ、夜は静かに過ぎていった。 


 翌日、俺たちは無事に旅行を終え、境界村へと戻る準備を整えた。荷物をまとめて、温泉街を出発する頃には、すでに朝の清々しい空気が漂っていた。


「社長、楽しかったです! またみんなで旅行行きましょうね」


 万里さんが楽しそうに手を振る。


「次はもっとゆっくりできたらいいですね」


 千里さんの微笑みに俺も頷く。


「もちろん。またみんなで行こう」


 そう言いながら、俺たちは車に乗り込み、静かな温泉街を後にした。ヒバチもアースも、疲れたのかぐっすり俺の中で眠っている。


 車の窓から見える風景が、次第に懐かしい境界村の景色へと変わっていく。


「やっぱり、境界村に戻るとホッとするな」


 万里さんが小さく呟いた。俺もその気持ちはよくわかる。異世界と現実の間を行き来する日々ではあるが、やっぱりこの村が俺たちにとっての拠点だ。


 村に近づくと、緑豊かな山々と静かな風景が広がり、まるで心が洗われるような感覚になる。


「さあ、これからまた忙しくなるぞ。会社の準備を進めないといけない」

「はい、しっかり対応していきましょう」


 千里さんの力強い言葉に、俺も頷いた。


 これから再び、日常が戻ってくる。だが、影法師との戦いはまだ終わっていない。次の戦いに向けて、俺たちは準備を整えていくつもりだ。


 だが今は、この静かな境界村の風景に少しだけ身を委ねて、心を落ち着けようと思った。

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