4話 白の中のバトロワ(2)



 ポタポタ


 相変わらず水の音が聞こえる。二人も相変わらずお互いを無視し続けていた。


「血生臭い」


 急にレジーナが囁くと、ロープが撒かれた腕を外側に力一杯開いた。すると、ロープは引きちぎれてレジーナの腕が自由になった。さらに、足のロープを丁寧に解き始めた。


「は?え?」


 レジーナの様子を見て、目を丸くするティム。もしやと思い、自分の腕のロープで試してみるがびくともしない。ティムが理解しようと頭を回転させている隙に、レジーナは、足の拘束も解いてしまった。そして、折に手をかけた。


 右手と左手それぞれで、鉄格子を握ると外側に向けて引っ張った。粘土をこねるかのように、ぐにょんと曲げてしまった。頭が通れるぐらいの幅ができ、そのまま体を通して檻の外に出た。


「え、ちょっと!僕のも解いてよ」

 

 置いていかれると焦ったティムは、慌てて声をかける。振り向くレジーナ。


「解いて欲しい?」


「はい…。解いてくれたら、何でもいうこと聞きます」


「嘘つき。聞く気なんてないくせによく言う」


 レジーナは、ティムのその場限りの妄言にため息をつく。それでも、このまま関係を悪くすると自分が不利になることは容易に想像できたので、あっさりとロープを解いてやった。


「ありがとう!本当に何でもいうこと聞くよ?僕ができることならね」


 意気揚々と言い放つ姿に再びため息が漏れる。そんなレジーナをよそに、ティムは檻を出るとあたりをブラブラと物色し始めた。


「ちょっと、来て!」


 小声でレジーナを呼ぶ。レジーナが近寄るとそこには何かがぶら下がっている。よく目を凝らしてみると…。


「おえ。まじか、初体験だよ」


 ティムが、わざとらしく「おえー」と舌を出す。目を凝らした結果見えたものは、天井からいくつも吊るされた肉。保存食として干し肉を作るのは良くあることだが、その素材が問題だった。


「これ人間かな?どう見ても腕だよね?」


 ティムが言うと、レジーナは確かめるように大きめの肉を指で弾いた。弾かれた肉はブランブランと揺れる。揺れる肉は、人間の肘から下の部位だった。近くには血溜まりがあり、ポタポタと音を立てている。


 レジーナは、肉を一つ掴み取り口に入れた。その行動に、ティムは親の浮気に遭遇してしまった息子ぐらいの嫌悪と軽蔑と…、多様な負の感情が湧き上がり、それが芋虫のように全身を這うような感覚を感じた。つまりは、大変動揺したのである。


「き、きみには倫理も道徳もないのか!?」


 ティムが言うと、レジーナはつまみ食いがバレた時の気まずそうな顔をし、残りの肉を元の場所に結び直した。


「いや、こんな機会ないからつい…。まあ、それにしてもここの状況は結構悪くてギリギリだね」


 さも、肉のおかげで状況が掴めました!みたいな顔をして言った。レジーナの様子を見て、とんでもないやつを連れてきてしまった、とティムは少し後悔をした。そして、レジーナに見られないようにこっそり睨みつけた。


「コンパス見て。残りどれくらい?」


 レジーナが尋ねるので、ティムはようやくコンパスがないことに気づく。


「あ、荷物取られちゃった」


「大丈夫なの?特にノートとか」


「大丈夫だよ。僕が見せたいと思った人以外には読めないから」


 さらに荷物は、ティムの血が混ぜ込まれているので、タイムトラベルする時に身につけていなくても、飛んだ先にはしっかり現れるのである。


 二人があたりを見回っていると、誰かが近づいて来る音がした。慌てて檻の中に戻る。曲げてしまった鉄格子も元に戻し、手首と足が見えないように体を折り曲げて息を殺した。


 男たちの内二人が檻の前にやって来た。


「さあ、痩せっちまう前に処理しないとな」


「ああ、前回俺が締めたんだから、今回はお前がやれよ…」


 二人とも人殺しに慣れていないようで嫌々な態度がまるっと伝わってくる。締める担当の男が鍵を開けて檻の中に体を突っ込んだ…その瞬間!なんと、レジーナが男に襲いかかった。まずは顔を掴みぐいっと外に押し出す。その勢いで、レジーナも檻から出る。男に声を上げる隙も与えずに両手で頭を掴むと首を捻った。もう一人も同様にドアノブを捻るかのように気軽に捻る。男たちは白目を向き床に倒れ、その口からはよだれがこぼれる。


「は?」


 一瞬の出来事で驚きが隠せないティム。右も左も分からないタイムトラベル初日よりも、今目の前で起こったことの方が、100万倍意味がわからなかった。慌ててて外に出ると、男たちの脈を確認するが、脈拍はなく呼吸も止まっていた。


「殺したの!?」


 ティムは、とんだ化け物を砂漠から解放してしまった、と軽い恐怖と大きな目眩を感じた。


「やられる前にやる。これ基本。それに、どうせ死ぬなら人間としての善意や慈悲を持ってるうちに逝った方がいいでしょ」


「それは、きみが決めることじゃないよ。罪を犯した場合を除き、命に対する権利はその人自身にあるんだよ。ましてや、人間らしいうちに殺してくれとお願いされたわけでもないのに…。傲慢だよ」


「わかった。今の発言は取り消すけど、これは正当防衛だよ」


 ティムは、過剰だよ、とポソっと呟くが、レジーナのまっすぐな瞳を見てため息をつく。


「わたしは、私の命が脅かされそうになったら迷わず抵抗する。そして、二度と同じことが起きないように根本から叩き潰す。これからもそうするつもり」


「それについて今後口出しはしないけど、いいと思ってないことは覚えていて」


 二人に再び沈黙が訪れる。




つづく…


_______



あいだが空いてしまいましたが、

ここまで読んでくださりありがとうございます!


 レジーナは、倫理や道徳から外れたキャラクターです。倫理と道徳といえば、令嬢転生・回帰もののwebtoonにハマって、読みまくっていたのですが、時折「ここに、倫理と道徳は存在しないのか!?」って思う、DV(モラハラ)男主人公と元サヤになる話があってイライラしました。なので、「なんなんこいつ!」が和らぐように、頭の片隅にレジーナは非道徳的な女なんだという前提を置いておいてくださると嬉しいです^^

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