インターミッション ~ 夜のリンネ4
黒薔薇の戦いの後、老騎士ボルカヌスは、国軍総司令官に昇格した。
あの
その若い騎士たちが今、彼の分身……いわば《影》となって、それぞれが有能な指揮官として、各戦場で活躍している。
「若者たちを戦場で無駄死にさせるよりも、教育して大きく育てたい」
……それがボルカヌスの一貫した信念だ。
ノクターナル騎士団という未経験の未熟な集団を、敵と戦えるプロフェッショナルな集団に成長させようと、ボルカヌスはつねに心を砕いていた。
そのボルカヌスが訪れたのは、リンネの部屋である。ボルカヌスにとってみれば、リンネもまた、跳ねっ返りの、元気な弟子の一人だ。
人一倍大きな鼻をうつむけて、彼は言った。
「リンネ様。前線に出るのはおやめください」
「またその話か!」
ため息をついて肩をすくめるリンネを、ボルカヌスはゆっくり言い含めるように諭した。
「万一あなたを失えば、あなた様おひとりの損失というだけにはとどまりません。ノクターナル全国民の心が、折れてしまうのです。今やあなたはそれほどまでに、ノクターナルに失うことのできぬ、希望の光なのです」
リンネはその言葉に、じっと耳を傾けていた。
「ボルカヌス、いつものことながら
「お分かりになられましたかな?」
「少しながら体験することができた。きっとこの体験は、今後、役に立つ」
リンネはうつむき、しばらく考えに
「ジャックの容態は?」
「なに、たいしたことありません。あれは人一倍頑丈でしてな……」
「そうか……。ジャックの件、わたしも反省した。二度と前線には出まい」
「ハ……」
ほっと胸をなでおろし、ボルカヌスは退出した。
☪ ⋆ ⋆
ボルカヌスは忙しい。今度は、女王の間を訪れた。
女王の左右には、南風のパウロと、猫族のマイシャが護衛についている。
ボルカヌスの戦況報告をひととおり聞いて後、ラーマ女王は、護衛の騎士たちをゆび差した。
「ボルカヌス、私の身の回りに警護の騎士は不要だ。彼らを前線に出し、兵たちの指揮をさせよ」
ボルカヌスは「ハ」と言ってから、やや言葉をためらわせた。
「しかしながら、女王陛下におかれましては、恐れ多くも……お考え違いをなさっておられるものかと……」
「『考え違い』? 私が何を勘違いしているというのだ?」
「よくお聞きください。ここにいる警備の騎士たちの敵は、ディスアスターどもではありません」
「? 敵は、ディスアスターではないと?」
「敵は、われらが内部におります」
途端に、ラーマの顔がサッと蒼ざめた。
「まさか……。そのような……」
つぶやきながらも、思い当たるフシがないではない。
ディスアスターの侵攻で、ラーマは国を守護できなかった。王城を失った女王である。そのことについて、水面下で非難の声が囁かれているのを、ラーマ自身も知っている。『退位すべきではないか?』というのだ。
「我を廃し、リンネを立てるか?」
一段と低い声を発した女王に、ボルカヌスは固い表情を変えぬまま、妙な空気を漂わせた。
「おそばに、お寄りしても?」
「――? 構わぬ」
許可を与えると、ボルカヌスはそっと近づき、女王の耳元にささやいた。
「敵は……リンネ様をも害せんとしております」
「まさか! そのような!」
「先ごろ……」
とボルカヌスは、リンネが廃屋に潰されそうになった事件を物語り、その後の調査の模様を説明した。
ラーマはカッと瞳を見ひらき、激昂した。
「愚か! 人はそこまで愚かであるか!? ……今しも国が滅びようという切羽詰ったこの窮地に、その中心で懸命に切り盛りしているわれらを消そうというのか!? 正気ではない! そんなことをすれば、この国はまことに滅びてしまおうぞ!」
「陛下、どうぞお声をお鎮めください。
悩ましげに、ラーマは額を押さえ、うつむいた。
ボルカヌスは言葉をつづけた。
「敵はおそらく、王位継承権をもつ宮家の姫君のなかから、自分たちに都合のよい者を選ぶでしょう」
継承権をもつ女性は、十人ほどいる。そのなかにはクラウラの三人の娘も入っている。
……とはいえ、ラーマとリンネ以上に傑出した魔法力を持つ者はいない。
「私は人に選ばれて、女王の座にあるのではない。夜の女神の
「まさしく。しかし敵は御神託をさえ、でっちあげるかもしれません」
「愚かな。一刻もはやく敵の正体をあぶりだし、事を未然に防ぐのだ」
「ハッ! 全力で」
「私もこの件について、水晶玉の能力で透視してみよう」
「ハッ」
退出しようとしたボルカヌスの背中を、ラーマは呼び止めた。
「ボルカヌス」
「?」
ラーマは決然と、まなざしをあげた。
「私はそれでも、信じる。国民たちを信じる。ほんの一部に狂気にとらわれた者がいたとしても、国民たちのほとんどは正しい選択をするだろう。われらは結束して、国を取り戻せる。私はそれを信じている」
みずからに言い聞かせるような女王の言葉に、老武者ボルカヌスは、力強くうなずき返した。
「その信念の光や、見事! その通りです。それでこそ、ラーマ陛下です。陛下とリンネ様でなければ、この難局は救いえません。剣を捧げた私の、固い忠誠心は変わりませぬ。お心を強くお持ちくださいませ」
「頼りにしているぞ、ボルカヌス」
「ハハッ」
ボルカヌスは深々と頭を下げ、退出した。
☪ ⋆ ⋆
「この部屋は、大丈夫か?」
「フフフ、ご安心ください。建物の四方に、特殊な魔法結界を張っております。たとえラーマ女王であっても、この結界の内側を透視することはできません」
「……ならば、安心だが……」
大臣グラジルは、ふぅっと安堵のため息をついた。
彼の前には、目深なフードに顔を隠した、ひとりの男が座っていた……
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
女王ラーマの知らぬところで、新たな陰謀が!
【今日の挿絵】
ノクターナル騎士・マララ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます