インターミッション ~ 夜のリンネ4

 黒薔薇の戦いの後、老騎士ボルカヌスは、国軍総司令官に昇格した。


 あの玉砕必至ぎょくさいひっしの戦場から、十三人全員(シュメールを含む)に経験を積ませた上で、無事連れ帰ったボルカヌスの手腕は、見事としか言いようがなかった。


 その若い騎士たちが今、彼の分身……いわば《影》となって、それぞれが有能な指揮官として、各戦場で活躍している。


「若者たちを戦場で無駄死にさせるよりも、教育して大きく育てたい」


 ……それがボルカヌスの一貫した信念だ。


 ノクターナル騎士団という未経験の未熟な集団を、敵と戦えるプロフェッショナルな集団に成長させようと、ボルカヌスはつねに心を砕いていた。



 そのボルカヌスが訪れたのは、リンネの部屋である。ボルカヌスにとってみれば、リンネもまた、跳ねっ返りの、元気な弟子の一人だ。


 人一倍大きな鼻をうつむけて、彼は言った。


「リンネ様。前線に出るのはおやめください」


「またその話か!」


 ため息をついて肩をすくめるリンネを、ボルカヌスはゆっくり言い含めるように諭した。


「万一あなたを失えば、あなた様おひとりの損失というだけにはとどまりません。ノクターナル全国民の心が、折れてしまうのです。今やあなたはそれほどまでに、ノクターナルに失うことのできぬ、希望の光なのです」


 リンネはその言葉に、じっと耳を傾けていた。


「ボルカヌス、いつものことながら真摯しんしに言葉を投げかけてくれて、礼を言う。……わたしは実際に肌で感じてみたかったのだ。前線の兵たちが、どんな思いをし、どんな緊張を感じ、どんな恐怖を感じ、どんな戦いをしているのか……」


「お分かりになられましたかな?」


「少しながら体験することができた。きっとこの体験は、今後、役に立つ」


 リンネはうつむき、しばらく考えにふけってから、ボルカヌスに視線を戻した。


「ジャックの容態は?」


「なに、たいしたことありません。あれは人一倍頑丈でしてな……」


「そうか……。ジャックの件、わたしも反省した。二度と前線には出まい」


「ハ……」


 ほっと胸をなでおろし、ボルカヌスは退出した。



  ☪ ⋆ ⋆



 ボルカヌスは忙しい。今度は、女王の間を訪れた。


 女王の左右には、南風のパウロと、猫族のマイシャが護衛についている。


 ボルカヌスの戦況報告をひととおり聞いて後、ラーマ女王は、護衛の騎士たちをゆび差した。


「ボルカヌス、私の身の回りに警護の騎士は不要だ。彼らを前線に出し、兵たちの指揮をさせよ」


 ボルカヌスは「ハ」と言ってから、やや言葉をためらわせた。


「しかしながら、女王陛下におかれましては、恐れ多くも……をなさっておられるものかと……」


「『考え違い』? 私が何を勘違いしているというのだ?」


「よくお聞きください。ここにいる警備の騎士たちの敵は、ディスアスターどもではありません」


「? 敵は、ディスアスターではないと?」


「敵は、われらが内部におります」


 途端に、ラーマの顔がサッと蒼ざめた。


「まさか……。そのような……」


 つぶやきながらも、思い当たるフシがないではない。


 ディスアスターの侵攻で、ラーマは国を守護できなかった。王城を失った女王である。そのことについて、水面下で非難の声が囁かれているのを、ラーマ自身も知っている。『退位すべきではないか?』というのだ。


「我を廃し、リンネを立てるか?」


 一段と低い声を発した女王に、ボルカヌスは固い表情を変えぬまま、妙な空気を漂わせた。


「おそばに、お寄りしても?」


「――? 構わぬ」


 許可を与えると、ボルカヌスはそっと近づき、女王の耳元にささやいた。


「敵は……リンネ様をも害せんとしております」


「まさか! そのような!」


「先ごろ……」


 とボルカヌスは、リンネが廃屋に潰されそうになった事件を物語り、その後の調査の模様を説明した。


 ラーマはカッと瞳を見ひらき、激昂した。


「愚か! 人はそこまで愚かであるか!? ……今しも国が滅びようという切羽詰ったこの窮地に、その中心で懸命に切り盛りしているわれらを消そうというのか!? 正気ではない! そんなことをすれば、この国はまことに滅びてしまおうぞ!」


「陛下、どうぞお声をお鎮めください。左様さよう、敵は正気ではありません。……いえ、今回のディスアスターの侵攻によって、国民たちの正気は吹っ飛んでしまったのです。衝撃はあまりにも大きく、その反動が出はじめております」


 悩ましげに、ラーマは額を押さえ、うつむいた。


 ボルカヌスは言葉をつづけた。


「敵はおそらく、王位継承権をもつ宮家の姫君のなかから、自分たちに都合のよい者を選ぶでしょう」


 継承権をもつ女性は、十人ほどいる。そのなかにはクラウラの三人の娘も入っている。


 ……とはいえ、ラーマとリンネ以上に傑出した魔法力を持つ者はいない。


「私は人に選ばれて、女王の座にあるのではない。夜の女神の御神託ごしんたくによって選ばれている」


「まさしく。しかし敵は御神託をさえ、でっちあげるかもしれません」


「愚かな。一刻もはやく敵の正体をあぶりだし、事を未然に防ぐのだ」


「ハッ! 全力で」


「私もこの件について、水晶玉の能力で透視してみよう」


「ハッ」


 退出しようとしたボルカヌスの背中を、ラーマは呼び止めた。


「ボルカヌス」


「?」


 ラーマは決然と、まなざしをあげた。


「私はそれでも、信じる。国民たちを信じる。ほんの一部に狂気にとらわれた者がいたとしても、国民たちのほとんどは正しい選択をするだろう。われらは結束して、国を取り戻せる。私はそれを信じている」


 みずからに言い聞かせるような女王の言葉に、老武者ボルカヌスは、力強くうなずき返した。


「その信念の光や、見事! その通りです。それでこそ、ラーマ陛下です。陛下とリンネ様でなければ、この難局は救いえません。剣を捧げた私の、固い忠誠心は変わりませぬ。お心を強くお持ちくださいませ」


「頼りにしているぞ、ボルカヌス」


「ハハッ」


 ボルカヌスは深々と頭を下げ、退出した。




  ☪ ⋆ ⋆




「この部屋は、大丈夫か?」


「フフフ、ご安心ください。建物の四方に、特殊な魔法結界を張っております。たとえラーマ女王であっても、この結界の内側を透視することはできません」


「……ならば、安心だが……」


 大臣グラジルは、ふぅっと安堵のため息をついた。


 彼の前には、目深なフードに顔を隠した、ひとりの男が座っていた……




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 女王ラーマの知らぬところで、新たな陰謀が!



【今日の挿絵】

 ノクターナル騎士・マララ

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093089805248717

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