第10話 軍人の矜持 前編
ミスリル王国領、ミドルアース星域はミスリル王国の中で一番首都トールキンよりも遠い位置にある。
他国との国境付近は特殊なイオン乱流が吹き荒れており、出入りすることは不可能となっていた。
その為、この星域には物資の加工集積場と工場が集中しており、ミスリル王国随一の工業地帯として機能していたのであった。
「さてレスタル、戦力の方はどうなっている?」
エフタル・ソル・サリエル公爵の問いに、長男であるレスタルは「順調です」と答える。
「ざっと四個艦隊というところか」
蓄えた髭をさすりながら、どこか意気揚々としながらサリエルはそう呟く。
「我が家の所有する艦隊と、サラムとイラムの奥方の実家からもかき集めてですがね」
三男のサラムと四男のイラムも軍人であり、二人は三十代で宇宙艦隊の司令官にまで上り詰めた俊英である。
「岳父殿も憤慨していましたからね」
「私のところは妻の妹すら激怒していました。マトモな貴族たち、特に軍に近い家などはこぞって王宮への批判を口にしています」
体格が良く猛将と呼ぶにふさわしいサラムと、線が細そうでワイヤーロープのように引き締まった体を持つイラムは大げさにそう口にした。
「お前達には申し訳ないことをした」
鉄面皮のような顔をしたレスタルが頭を下げると、二人は肩をすくめた。
「兄上、頭を上げてくれ。これは俺たちが望んだことだ」
「そうですよ、悪いのはあの愚かな国王です。兄上がこんな状況を作ったわけではないでしょうに」
二人はそれぞれが持つ、豪快さと理路整然さで兄にそう言った。
「レスタル、詫びなければならぬのはワシだ。お前達には迷惑をかけた。本来ならばワシがなんとかせねばならぬこと。それを、お前達の手を借りなければならないとはな」
がっくりとうなだれながら、エフタル公は己の老いを責めた。
「それこそ、父上のせいではございますまい。王宮や諸侯たちは何も理解しておらぬのです。今や周辺諸国は相手の領土を虎視眈々と狙い、隙あらば奪おうとしている。ブリックス王国ですら、ハザールを追い込んで傀儡にし、マクベスはロルバンディアを攻め滅ぼしています」
「兄上の言う通りです。そのように、いつ他国が敵になるか分からない中で軍も諸侯も関係ありません。このような状況だからこそ、団結しなければならない。ファルスト公が常々口にしていたことを、一番身近で見ていたにも関わらず、奴らは理解していないのです」
レスタルとイラムが言うように、近年の周辺諸国は誰が敵で味方なのかが全く読めない。
厳密に言えば、味方など存在せず今すぐに攻めてこないだけで敵に囲まれているようなものだ。
「俺は兄上やイラムほど口が回らんからアレですが、いつまでもミドルアースの堅牢さに頼っていられないということは分かりますよ」
豪快さが売りのサラムがそう言うと、レスタルとイラムは納得するかのように頷いた。
ミスリル王国は他国に比べ、国境周辺をミドルアース星域のように航行不可能な領域に囲まれている。
これは初代国王がミスリル王国に封じられた際に、この外壁といってもいい領域を活用し、他国を侵略せず、争いに関わらない形での繁栄を求めたからである。
その為、ミスリル王国は過去幾度かに渡って攻められたことはあったが、この航行不可能領域を突破されたことは無い。
「サラムの言うように、我が国はこの壁のおかげで何者にも侵されずに繁栄を遂げてきました。ですが、今では周囲の状況を気にせずに孤立化しています」
ミスリル王国は航行不可能領域に頼ってきた。
そのおかげで戦乱に巻き込まれなかったが、同時に周囲の状況を把握せずにひたすら孤立を深めていく諸刃の剣でもあった。
「ファルスト公と父上がいなければ、今頃本当に他国が攻め入っていたでしょうな」
サラムの言葉に
実際、ミスリル王国は近年まで軍備は軽微であり、諸侯軍の方が総数と装備が上であったほどである。
これも長年の鎖国気質が招いた副作用とも言える。
航行不可能領域に頼り切り、諸侯軍だけで事足りる国防状況であるならば、わざわざ中央軍を養う必要性など何処にもない。
その為、ミスリル王国はその国力に反する形で軍備だけは軽微のままであった。
それを変えたのもファルスト公であり、軍事改革を実行したのはエフタル公である。
「父上の手で、宇宙艦隊は再編され連合とも戦えるレベルにまで増強出来ました」
「あれはファルストがその為の予算を確保してくれたからだ」
「確かにその通りですが、父上の増強案が的確だったからこそ周辺諸国も一目置くようになったのですよ」
イラムは自信をもって答えるが、長年孤立化を深めていたミスリル王国が枢軸軍に参入して連合を戦ったことで侮っていた国々を黙らせることが出来た。
星間連合はブリックスやアヴァールなどの大国すら苦戦する強敵だ。
その強敵相手に一歩も退かず、血を流すことも恐れなかったことでミスリル王国を狙おうとする国も、侮る国すら一時期は皆無と言い切れるほどだった。
「環境に甘んじていられた時代は昔話に過ぎません。だからこそ、ファルスト公は率先して改革を実行してきた。ですが、ディッセル候はそれを全く理解していない。それに付き従う諸侯たちは言わずもがなです」
苛つきながら、イラムはそう言ったが、諸侯たちは本当に自分の所領のことしか考えていない。
ミスリル王国はそれだけ豊かな国であり、それは諸侯の一人であるエフタル公爵家も同じく裕福である。
工業地帯であるミドルアース星域を領有出来ている時点で、その財政基盤は他の諸侯を大きく上回るほどだ。
逆に言えば国全体のことを考えなくてもよく、王家にしても豊さを甘受し続ければそれでよかった。
だがその時代は終わりが近づいている。
「そこで王家と軍部の結びつきを強める目的で、アイリスとの婚約を構想したというのに……」
「あの軟体生物、百回は殴ってやりたい」
レスタルとサラムが深くため息をつく。
アイリスとの婚姻は、長年不遇であったが台頭してきた軍部との結びつきを強め、王権そのものの強化にもつながるはずだった。
諸侯たちの意見が強くなったミスリル王国は、国王の発言力が低下しつつある。
「この婚姻はメリットしかないはずだったのに、それを自分から台無しにするとは思ってもいませんでしたよ」
ファルスト公が亡くなり、現国王であるアレックスの藩屏となり得るのは婚約を結んでいたエフタル家だけと言ってもいい。
公爵家にして軍部のトップであるエフタル家が、外戚となれば必然的に国王の発言権も強くなる。
にも関わらず、それを無碍にしたアレックスにイラムは呆れていた。
「だが、ディッセル候もヴァンデル伯の娘を使うとは、えげつないことを考える」
ヴァンデル伯は決して有能ではない。
外務大臣としては正直無能といってもいいほどだが、そんな無能であるからこそ、外戚として調子に乗らないことを見越して動く狡猾さに、レスタルは素直に関心した。
「ですが兄上、ディッセル候は結局のところ何も分かっていませんよ。あのお方は、古き良きミスリル王国のことしか考えていない」
「イラムの言う通りだ。あの爺様は、他国が侵略しに来ても「我が国を攻めてくる国などあるものか」と言うだろう」
「そんなジジイに我々がしてやられたのも事実だ。結果として、アイリスにはつらい思いをさせてしまった」
弟たちの憤りを諫めながらも、最愛の妹を政略に巻き込み婚約破棄という恥をかかせてしまったことをレスタルは悔いていた。
「だからこそ、我々はこれ以上王家とそれを支える諸侯とはキッパリと縁を切る。覚悟はいいな」
レスタルは弟たちに問いただしたが、勇ましいサラムはどっしりと構え、理知的なイラムは今更であると言いたげな顔をしていた。
そんな自慢の息子たちが一致団結し、家族のため、そして妹のために戦う道を選択したことをエフタル公、いや、彼らの父親であるサリエルは嬉しく思った。
同時に、長年尽くしてきた王国と王家に弓退くこと、家族を戦いに巻き込む事実に心苦しくなる。
「失礼いたします」
「どうした?」
従卒が会議室に入ってくるとレスタルは理由を問う。
「申し訳ございません、実はザーブル元帥閣下が当家に来訪されまして」
従卒からの報告にエフタル家の男たちは深くため息をつく。
現在のミスリル王国宇宙艦隊司令長官、ザーブル・ウル・ローウェン元帥がわざわざ首都星トールキンからやってきたのだから。
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