第7話 王者との対面 後編
「お前は可愛げない」
ならあなたは玉座にいる資格がない。
「お前は一体何様のつもりだ!」
あなたこそ、王としての自覚があるのか。
「お前は我儘だ!」
勉学をほっぽらかして、取り巻き達と遊ぶことを優先するお方が何を言うのか。
「仕方ありませんよ~アイリス様はそういう女性なのですから」
父親が伯爵でなければ、落第していた顔だけの女がそう言った。
「私はこの国の王だ。この私の決めたことは絶対であり全て。逆らうのであれば、どうなるか分かっているのか?」
枢軸国最大最強のブリックス王国に喧嘩を売るようなことをしでかし、罪なき臣民を戦争に巻き込もうとした暗君が何を言うのか。
気づけば二人だけではなく、宰相のディッセル候、外務大臣のヴァンデル伯ら、重臣たちや諸侯がアイリスを取り囲んでいる。
全員が冷たい目をしてこちらを眺めている姿に流石のアイリスも委縮する。
王妃に相応しくない、軍人上がりの粗野な父親の娘。
夫となる男性を支えられない王妃としての資格無き令嬢と言わんばりの態度に、アイリスは全身が固まってしまう。
何故、そんな目で見られなければならないのだろう。
自分は勉学や礼儀作法も習得しながら、王妃教育を受け、先代国王からも承認されたはずの婚約まで無残に破棄されたというのに。
これ以上もない恥辱を受けながら、それでも彼らは自分を責め続ける。
果たして自分がどんな罪を犯したというのか、何をしでかしたのか、真実の愛とやらに一体どんな価値があるというのか。
次第に追い込まれながらも、アイリスは腹が立ってきた。
そこまで言われることも、同時に貶されることも、軽んじられるようなことは絶対にやっていないはずなのだ。
*******
「ふざけるな! 怒鳴りたいのは私だ!」
息を荒くしながら、アイリスはベットの上で怒鳴りつけた。
途端、周囲を見ると心配そうに自分を見ているセリアとエリーゼ、そして金をそのまま髪にしたような貴婦人が自分に視線を向けていた。
「お嬢様、御無事でしたか」
心配していたのか、セリアは寝間着姿のアイリスを抱きしめ、エリーゼは深く安堵していた。
「どうやら、御無事のようですわね」
清楚ではあるが、ワンピース姿があまり似つかわしくない深窓の令嬢ような、金髪の貴婦人は優しく微笑んでいた。
しかし、エリーゼはどこか怯えているように見えた。
「それにしても、エリーゼ夫人、あなたほどの女性がついていながらこの体たらくはなんですか?」
優しく微笑みながらも、エリーゼに向けて貴婦人は丁寧でありながら鋭く注意をする。
「申し訳ございません」
「一方的に婚約破棄された女性を、ロルバンディアからこのディマプールにまで振り回す大公殿下も大概ですが、それを補ってこそ臣下と呼べるのではありませんか?」
自分の為に怒ってるこの貴婦人に、アイリスは見覚えがあったが、まだ起きたばかりで頭が回らない。
セリアに持ってきたジュースを飲みながら、アイリスは水分を取ることにした。
「大変申し訳ございません。王妃殿下」
途端、アイリスは気管にジュースが入ってしまい、盛大にむせてしまった。
見覚えがあるに決まっているではないか。
王妃教育にて各国の王族について学んだ時、帝国の皇族と同等に敬われるこのお方のことは真っ先に教えられたのだから。
「大丈夫ですか? アイリスさん」
「い、いえ、大丈夫です。レティシア王妃殿下」
この貴婦人の正体は、ブリックス・ディル・レティシア。
元皇族にして、クラックスの妻、つまりブリックス王国のれっきとした王妃様なのだ。
一介の公爵令嬢に過ぎないアイリスにとっては、まさに天上人と言ってもいい人物である。
「まだ、体調が戻っていないのですか? 気苦労もあったでしょう、本日はゆっくりとなさってくださいね」
にこやかに微笑むレティシアに、アイリスはどこか心が落ち着くような気分になった。
「お気遣いありがとうございます」
「そう畏まらなくてもいいですよ。今、私たちは非公式に会っているのですから」
心が温かくなるような笑顔を向けるレティシアに、自分にはないものを感じてしまい、アイリスは気落ちしてしまう。
あの婚約破棄に後悔はないが、自分にこの温かい心があれば、あんなことにはならなかったのではないかと思ってしまった。
「婚約破棄はショックでしたか?」
レティシアの憐れみのような言葉に、アイリスは目を伏せてしまうが、レティシアの目には蔑みはもちろん、憐れみもなかった。
「あれは私も受け入れたことですから、後悔はございません」
「婚約破棄されて、後悔しない女はおりませんよ」
淡々とした口調でレティシアがそう言うと、アイリスは唇を噛む。
「結婚とは女の幸せの一つ。それを打ち砕かれて平然としていられるわけがありません。例え、相手が暗君であったとしてもです」
その言葉にシリアは複雑な顔をし、エリーゼは同感と言わんばかりに頷いていた。
「アイリスさん、あなたは強い女性です。普通ならば、こんな盛大な復讐と報復を考えこそすれ、実行に移すことはできない」
「いえ、強い女であれば私は自分の力で報復をしていました」
力があれば、誰かに頼らずとも自分一人でアイリスはアレックスへと報復を考えただろう。
自分の力で軍部を押さえ、クーデターを実行して、適当な王族を即位させて摂政として振る舞う。
そこまでのことをアイリスは考えていたが、何故か途端に今は虚しく感じられた。
「私は報復どころか、絶望のあまりに修道院入りしようと考えていましたよ」
レティシアもかつては婚約を破棄され、紆余曲折を経てクラックスの元に嫁いだという経緯があるのをアイリスは思い出した。
「ですが、あの時修道院入りしなくてよかったと思います。私は今、間違いなく幸せですので」
本当に幸せそうな顔をしているレティシアではあるが、今はその幸せが具現化したかのようなオーラすら、アイリスは心が痛むような気がしてしまう。
「少々話が長引きましたが、アイリスさん、今日はゆっくりと休んでください。何かあればまた後日に……」
「王妃殿下、明日、改めてお会いすることは可能でしょうか?」
正直、眩しすぎるレティシアにアイリスは勇気を出してそう言った。
戸惑いながらも、レティシアはにこやかなままに「かまいませんよ」と返答する。
「ありがとうございます、王妃殿下」
「レティシア、今の私はただのレティシアですよ。そうですよね、アイリスさん」
口元に人差し指を当てながら、レティシアは少々イタズラっぽくそう言った。
「は、はい。レティシア……さん」
「では、明日改めてお会いしましょう。まずは、ゆっくりとお休みになってくださいな」
レティシアは侍女らしき女性たちと共に、その場を後にした。
彼女が完全に退室するのを見計らって、セリアが、アイリスに土下座する。
「お嬢様、私が付いていながら申し訳ございません」
セリアが泣きながら謝ってくると、エリーゼも恐縮しながら頭を下げていた。
「セリア、頭を上げてちょうだい。あなたのせいではないわ」
「ですが、このようなことにならないようにするのが侍女の務めです」
「自分の体調は自分で管理するしかないのよ。あなたはよくやってくれている。私が怠惰でいたからこそ、こんなことになったの」
「私もサポートが足りず申し訳ございません」
エリーゼの謝罪に、アイリスは首を振った。
「エリーゼ、あなたはよくやってくれているわ。全ては私があなた方の管理や注意を無視してのこと。医者がどれだけ注意しても、それを無視して病になったとしたらそれは医者の責任かしら?」
全ては自分の招いたことだと、アイリスはセリアやエリーゼを責めるつもりは一切なかった。
思えば、アレックスは何かにつけてはよく誰かに当たり散らしていた。
すぐに配下のせいにしようとするあの態度が嫌だったからこそ、アイリスはできるだけ寛容になろうとし、八つ当たりをするようなことはきつく戒めていたことを思い出す。
だが、自分もまた婚約破棄を他責にしているのではないかと、アイリスはふと思い始めたのであった。
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