第7話 王者との対面 前編

 帝国を中心とした枢軸国は、ブリックスやベネディア、マクベスなどを含めた八王国と、アヴァールやハザール、ロルバンディアを含めた十二大公国で構成されている。


 八王国は有力皇族が封じられ、十二の大公国は帝国建国の功臣たちが封じられている。


 その中でもブリックスは初代皇帝の同母弟が封じられ、枢軸国の中でも序列一位にして、実力もまた枢軸国最大の経済力と軍事力を有した大国であった。


 他の八王国や十二大公国も、相応の国力を有しており、帝国の藩屏として枢軸国を形成しているが、ブリックス王国は帝国の藩屏ならぬ防壁として活躍し、連合との戦いにおいても幾度となく戦い抜き、勝利を重ねてきた実績を持つ。


 同時に連合との貿易も盛んに行っている為、連合の技術も入手している。


 その国力はロルバンディアやミスリル王国をも、屈服させる力を有していると言っても過言ではない。


 帝国すら屈服できない星間連合と戦い、彼らと交易できるほどの実力を持ったブリックス王国は、誰もが認める大国であった。


 そのブリックス王国の現国王である、ブリックス・ディル・クラックスは多忙な公務を終えて、久しぶりのバカンスを楽しむつもりだった。


 ディマプールは元々、ブリックス王家の直轄領であったが、多方面の中継惑星という側面からあえてこれを解放し、惑星の一部を王家の荘園として一般人にも開放していた。


「これこれは国王陛下、いや、大店の商人様というべきかな?」


 王家の者しか立ち入ることが出来ない別荘の一角にて、クラックスは久しぶりに腐れ縁とも言うべき金髪の青年の顔を見てゲンナリした。


「本当に来るとは思わなかった」


 やや諦観したように黒髪の青年王は、室内にあるデッキチェアへと腰掛ける。

 

「人を災厄のように見るなよ、貴様と俺の中ではないか」


「思えば、帝国でのあの生活が私の不幸の始まりだったかもしれんなアウルス」


 険悪というよりも、ふざけ合っている口調にあっけに取られながらも、アウルスに付き添っていたアイリスはこの二人の関係に少しだけ安堵した。


「で、そのご令嬢は?」


 従者が持ってきたジュースを飲みながら、クラックスは国王らしくない口調でそう言った。


「お初にお目にかかります。私、エフタル・ソル・アイリスと申します」


 白い水着とパレオ姿で、やや様にならないが、公爵令嬢としてアイリスはブリックスの国王に畏まりながら返答した。


「ほう、あなたがあの」


 興味深そうな顔で、ジュースを片手にクラックスは意外そうな表情を見せた。


 その姿は大国の中の大国と呼ばれたブリックスの国王とは思えないが、あのアウルスがこうも親しげで対等の口調でしゃべる人物であるだけに、一筋縄ではいかぬ相手であるとアイリスは思った。


「なるほど、噂と違わぬ才女というべきかな」


「だろう? アイリス嬢はまごうことなきエフタル公の娘だ」


 まるで自分の事のようにアウルスは自慢するかの如く、アイリスのことを褒めた。


「そう思うなら、女性を立たせたままにするな。お前は女性の扱いが雑過ぎる」


 クラックスは呆れながらそういうと、従者に椅子を用意させてアイリスに座らせる。


「お心遣い感謝いたします」


「礼には及ばない。それで、私の貴重な休日を割いたのはどういうことだ? どうせ、ミスリル王国に関しての話だろうが」


 アウルスと同じ二十代後半の若さで、大国の王として君臨しているのは伊達ではないらしい。


 ディマプールまでやってきた事情を何もこちらが言わずとも、察しているようだ。


「実はミスリル王国についてだが」


「私は関知しない。ミスリル王国がどこに攻めようが、どこから攻められようが、私は一切関知しない。これでいいか?」


 アウルスが切り出した瞬間に、アウルスが到着前に言っていた問題を即座にクラックスは解消してしまった。


「公式発表も付けてくれないか?」


「この休暇が終わった後にな。そもそも、私はミスリル王国のことはどうでもいいと思っている。それに、どうせ支配するならばよりましな君主が支配してくれた方が民の為だろう」


 ジュースを飲みながら、さらりと忌憚のないことをクラックスは述べた。


「貴様もよっぽどあの暗君にはウンザリしているようだな」


「同じ八王国として見られたくはない。というよりも、あんなうつけと同じ王として扱われることが耐えられんな」


 ブリックスのクラックス王は謹厳実直であるが、礼節を弁えた名君であるとアイリスは聞いていた。


 政戦両略の天才にして、大国ブリックスの王にふさわしい人物であるという話はある程度把握はしている。


 しかし、明け透けのない物の言いように少しだけアイリスは警戒した。


「そんなに奴の事が嫌いか?」


「反吐が出るな。よほど、周囲が甘やかしているのか、以前帝国にて会った時も、こちらから促さないと頭一つ下げれないほどだ」


 黒髪の青年王の発言に、思わずアイリスは頭を抱えそうになった。


「陛下が大変なる失礼をいたしました」


 アイリスはすでに婚約解消されたが、一応は主君でもある国王アレックスの非礼を詫びる。


 というのも、ブリックスが頭を下げるべき相手はマウリア帝国皇帝ただ一人だけであり、皇妃や宰相であっても、頭を下げなくてもいいという特権を有している。


 これは、初代皇帝が亡くなった後に帝国内部で内乱が発生しそうになった時、ブリックス王が率先して反乱分子を討伐し、他の諸侯を説得したという功績から来ている。


 また、連合との戦いが始まった時もブリックス王国は帝国の藩屏として賢明に戦い、帝国を守り抜いた功績から、他の国々とは別格の立ち位置にある。


 本来八王国の王たちに序列はないが、ブリックス王だけは例外として他の七国の王や大公たちは自分から皇帝に接するように道を譲り、率先的に頭を下げて礼をしなければならない。


 つまり、アレックスのやったことはブリックス王と帝国の権威に傷をつけるという、大変無礼なやらかしなのだ。


「あなたが頭を下げる必要はない。悪いのはあの国王だ。私としても、たかが頭一つ下げられないことなど、どうでもいいと思っている」


 クラックスはそう言うが、一歩間違えればアレックスのやったことはブリックス王国に対して喧嘩を売るに等しい行為だ。


 外交のちょっとしたいざこざで幾度となく戦争が始まったことを、アイリスは歴史を学んだ際に理解していた。


「だが、そのくだらないことで戦いが起きる。戦いが起きるということは、当然ながら死ななくてもいい者が死に、破壊されてはいけないものが、破壊されてしまう。その意味を真に理解していれば、おのずと立ち振る舞いというものは一つの形に定まる」


 黒髪の青年王が言う心理に、黒髪の公爵令嬢のアイリスも深く同意する。


 戦争を起こさないようにするための立ち振る舞いとは、つまるところ全てに対して注意深く、相手を侮蔑することなく、同時に相手から侮蔑されることもないようにすること。


 相手に敬意を示し、同時に自らを軽んじられることなく、丁寧な礼節を行うことに尽きる。


「愚かな君主というのは、自分が君主だからこそ偉いと勘違いをする。実態は逆だ。周囲に認められ、君主足る器と能力を有して振る舞い、臣下を統率できるからこそ君主足り得る。政治も軍事も一人ではできない。そして、君主と言うのはその気になれば一人で戦争を始めることが出来る」


 アレックスという国王を近くで見ていたからか、アイリスはクラックスとアウルスの話に感嘆していた。


 これこそがまさに理想の君主としての発言であろう。


 アレックスからはこのような話は一度も聞いたことがなく、彼の頭は常に遊ぶことと楽しむ事ぐらいしかない。


 正直、彼女も王妃になったら相当な苦労をするだろうと思い、だからこそ熱心に王妃教育を進んで受けていたほどだ。


「まあ、それはどこぞの大公殿下のことにも言えるがな」


 ジュースではなく、従者からカクテルを受け取ったクラックスは金髪の大公殿下へと視線を向ける。


「なんだその目は?」


「仮にも公爵令嬢に、極秘裏にとはいえこんな恰好をさせるなど、お前は女性の扱いがひど過ぎる」


「仕方ないだろう」


「せめてワンピースにしておけばいいものを、水着姿は流石にひどい。挙句の果てには妙齢の女性を偽装とはいえ妻とは」


 思わずアイリスは顔を真っ赤にする。


 自分がはしたない姿をしていることと、交易商人と偽っているアウルスの妻という立場でディマプールに来たことを思い出し、同時に恥ずかしくなると同時に、アイリスはそのまま意識を失ってしまうのであった。


 

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