第57話 分かりやすいフラグ

[エミリー・サンドレア]


 今まで、散々血を見てきたので、今更興奮することはないと思っていたが、思い入れが少しはあるルカの死体から流れる血液には目を奪われた。


 最初に殺害した、あの名も知らない令嬢の血を見た時ほど、我を失うことができないけれど、床に垂れた血を人差し指につけて舐めるくらいは興奮していた。


 美味しい。


 今まで、口にしてきたものの中で最も美味しいかもしれない。こんなこと、毎日手間暇をかけて一流の食事を用意してくれていたコック達が聞いたら怒り狂うだろうが、実際そうなんだから仕方がない。


 何だろう。この味は。

 既存のものでは甘味が近いのだが、それだけではない。デザートであると同時に、主食としてのポテンシャルも合わさっているような、最強の味だ。


 そんな食物に出会うことができるなんて。

 柄にもなく、誰かに感謝を伝えたくなる。しかし、神は論外だ。何の借りも無い奴に伝えることなど、何も無い。

 そんなのを有難く思うより、今近くにいる女性に伝える方が賢明だろう。


「ありがとう」


 目配せをしただけで、私の代わりにルカを殺してほしいという意図を汲んでくれた二階堂さんにお礼を言う。


「いやいや。こんなの、ごっつぁんゴールというか何というか」


 せっかく手柄を立てたのだから、偉そうにしていれば良いのに、謎の謙遜を見せる二階堂さん。そういえば、同じ日本という国から来たらしい芋女も似たようなこと言ってたな。

 日本人ってのは、褒められるのが苦手なのだろうか? 私だったら自尊心をグングン上げるんだけどな。


「そんなことより、これで後一人だね!」


 そんなこと史上、一位かもしれないどうでもいい思考を止めて、重要な現状に目を向けさせてくれた二階堂さんに、改めて感謝を。


 そうだ。ユメを殺せば、私はこのゲームの勝者になることができる。

 正ヒロインに生まれ変わることができる。


 ルカの話によれば「ちょっと疲れたから休んでる」らしいが、このセリフをそのまま信じるほど、私は愚か者ではない。

 十中八九、ダメージで動けなくなっている。

 何故か、私に異常な執着を見せるユメが「ちょっと疲れた」程度で私に会いにこないわけがないのだ。

 死んでいる可能性も考えたが、まだゲームが終わっていないことから、息はあると推測できる。


 ‥‥‥怖いくらいに私に流れが向いている。

 後は、息も絶え絶えなユメにサクッとトドメを刺せば、終わり。


「‥‥‥本当かよ」

「ん? なんか言った?」


 おっと。考えていることが口に出ていたらしい。

 これは良くない。あまり好きではなかった親戚の叔父さんみたいになってしまう。


「何でもない。行こうか」


 何でもないように返事をして、歩き出す。

 あちらが動けないのなら、こっちから動くしかない。


 しかし、根拠のない不安は拭いきれない。


 エミリー・サンドリアの人生は、順調だと思われたタイミングで予期せぬ自体が起きるのだ。


 準備万端と思っていたパーティーの前日に、主役であるアレが熱を出したり。

 学校でこれから仲良くできるかもしれない友達ができた3日後に、その子とアレが肉体関係を結んだり。

 隣国の王と友好的な取引ができそうだったのに、アレがタメ口を使って契約が破棄になったり。


 ‥‥‥なんか、全部アレのせいだな。

 台無しにするアレは、ここにはいない。


 じゃあ、大丈夫なのでは‥‥‥?


 嫌いな人間がいない。

 当たり前なのに、今まで気にしていなかったアドバンテージに気づく。


 そうか。そうだよ! 大丈夫だ!!

 私は、このまま順調に正ヒロインになれるんだ。そうに違いない!

 

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