第39話 君を助けにきた


 ゴミ箱に自ら入った経験はあるだろうか?

 私はある。


 今までの人生で最も戻りたくない、高校時代のことだ。

 言うまでもなく、ボッチの私はお昼休みにお弁当をどこで食べるかが死活問題だった。


 漫画とかドラマで便所メシをしているシーンをよく見かけるが、実際のボッチはやりたくてもできない。

 衛生面とかを心配しているわけではなく、学校の女子トイレとは人が集まる場所の代表例だからだ。化粧や、おしゃべりにきた同級生達に便所メシがバレるリスクが高すぎるのだ。

 なので、人がくる可能性が最も低い場所を探す必要が出てくる。


 私の通っていた高校では、汚い方の部活棟の裏側にある草むらだった。しかし、たんぽぽなどの可愛らしいお花は生えていない、面白みのない草むらだった。


 名前の分からない雑草だらけに囲まれての食事タイムは、不思議と穏やかな気持ちになれた。人間と植物という違いはあるが、誰にも注目されない者同士、惹かれあっていたのかもしれない。


 そんな中、地味だけど居心地のいい場所に侵入してくる奴らがいた。


「‥‥‥ッ」


 間違いなく、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきたことで、軽くパニックになる。

 ヤバいヤバい。なんか知らんけど怒られそうな気がする。

 足音から察するに、2人の人間だ。話し声は聞こえてこない。それが余計に恐怖に拍車をかける。馬鹿でかい声で喋りあってくれていれば、侵入者の属性は知ることができるのに。


 何で喋んねーんだよ!


 我ながら意味の分からない怒りに駆られながら、必死で身を隠す場所を探した。


 すると、何年も放ったらかしにされていたであろう、無機質なゴミ箱が目に入った。元は白かったはずなのに、黒が目立ってきている。

 触れられていない時間が長いようだったたから、ゴミは入っていないだろうと謎の推理をして、ゴミ箱に入り込んだ。


 その推理の間違いはすぐに気づいた。臭いというより酸っぱい匂いがする。昔、お母さんが笑顔で「沙優! 冷蔵庫の奥でネギが腐ってた! すごいから嗅いでみ?」と言って鼻先にネギを当ててきた時以来の衝撃が私を襲った。


 吐く吐く吐く吐く吐く!


 そんな極限状態に私を追いやった侵入者は、ボソボソと、こんな下らない会話をしていた。


「えっと‥‥‥入学式で見かけた時から気になってました‥‥‥俺と付き合って下さい」

「‥‥‥まずはありがとう」


 あー。これはダラダラと振る理由を喋るパターンだ。


 その推理は合っていた。

 当たってほしい時の推理はハズレて、ハズレてほしい時には正解する。1秒ごとに強くなってくる吐き気と共に苛立ちもたまってくる。


「シン君は優しいと思う。でも、友達としか思え‥‥‥うわぁァぁ!」


 たまらず、吐瀉物を大量に出してしまったことで青春の1ページを汚してしまった。ごめんゆ。あの時のカップル(仮)。

\



「エイヤ」


 その経験があるから、ゴミ箱に入っている人間は、さっさと救出することに時間はかからなかった。


「‥‥‥誰?」

 警戒心MAXのエミリーに、喉の調子を整えて、猫のキャラクターの声に出す。


「にゃーだよ。エミリー、君を助けにきた」

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