045:茶井丈治由、出馬決定
「まぁまぁ、顔を上げてくれ吏人くん。キミの言いたいことは分かったけぇ、少し落ち着いてくれんか」
「……暁月さん」
暁月に顔を上げるように促された吏人は、言われた通りに顔を上げて、暁月の方を見た。
暁月は目の前の少年に対し、小さく笑み浮かべてから、そのまま首を縦にゆっくりと振って頷いた。それから、自分の胸元をトンと人差し指で叩き、指した。
「少なくとも、この中じゃわしが一番縛りはないけぇ。わしもかつては生徒会長の水無月を潰そうとした身じゃ、何かあったら言いんさい。力になるけぇ」
「すみません……ありがとうございます」
(生徒会長の水無月……? 突っ込むのも無粋か……)
吏人は暁月の心遣いに感動しつつ、反面、彼の言っている言葉に謎が残る為か、かなり冷静になってしまった。水無月の子供があの学校で生徒会長になったのは、どんなに最近でも輝之の20〜30年前の話なのだが――目の前にいるこの端麗な美少年は、一体いつの生まれなのか。
焔はそんな暁月の言葉を誤魔化すように、名乗り出た。
「わ、ワシもじゃ! ワシもやれるだけやってみるけぇ! というか、まずは水無月宏夜を生徒会長にさせないところからじゃ!」
「不知火生徒会長……!」
「不知火家はWW2の頃から水無月家と縁があったが、だんだんと腐ってきておったようじゃしのう。まぁ、なんじゃ。水無月宏夜は強いからな、とりあえず一先ずはワシに任しんさい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」
そう言って、吏人はぺこりと頭を下げた。
すっかり蚊帳の外である勇はそんな光景を眺めながら、巫実の方をチラリと見た。どうやら、巫実も蚊帳の外なのを強く感じているようで、勇の服の袖をキュッと掴んでいた。そんな勇は巫実にそっと話しかける。
「巫実さん? 大丈夫か」
「あっ……えっと、ごめんね。つい」
「いや、構わんよ。まぁ、ワシが一番蚊帳の外じゃしのう」
なんて、勇はケラケラ笑う。とは言え、先程の話の流れで、妙な感覚に包まれたのも事実であり、勇はそれに対して再び神妙な顔付きになった。
(何なんじゃ、この感覚……ワシは魔法使えんぞ)
そう思いながら、勇は自分の胸の中の騒めきを抑えるように、胸元に自分の掌を置いた。自分の中に潜んでいる魔力がそうさせているのか、そのことについて、よく分からなかった。媛乃の定期検査でも魔力は毎回ゼロの筈なのだが、どういう訳か疼いているような気さえする。
巫実はそんな勇に対して、ポツリポツリと言い放ち始めた。
「あのね……勇くん。その、私……なんだかいつも以上にモヤモヤしてて」
「え?」
「えっと……蚊帳の外なのが嫌じゃなくてこう……胸の奥の方が何だかおかしいの」
そう言いながら、巫実は自分の胸元に手を当てる。
「茶井丈の家と不知火の家が協力関係だって話が出てきた辺りから……その、他人事のように思えなくて」
「ああ、そうか。巫実さんもか」
勇は巫実の白菫色の頭を撫でながら、続けた。
「ワシも多分その辺りからかのー。妙に胸騒ぎがして止まらんのじゃ。まぁ、巫実さんも曲がりなりにも魔法使いじゃし、心配になるのもそうじゃろうなぁ」
「そう……なのかな」
巫実は目を伏せて、続けた。
「あのね……私、500年前の不知火の男の子について、色々と訊かなきゃいけない気がして……。でも、それが何故かなのか分からなくて……」
「……!」
途端、勇の脳裏に一瞬、何かが流れてきた。
(!? なんじゃ!?)
勇は同時に自分の頭に走った頭痛に、頭を抑えてしまった。
彼の脳裏に浮かんできたのは、不安そうにこちらを見つめてくる少年の顔。古そうではあるが敷地面積は広そうな日本家屋を背に、自分はそこから立ち去っている場面だった。その立ち去り方はどこか無気力で――自分で言うのも難ではあるが、自殺をしに行くような足取りだった。何もかもが終わった。自分に生き甲斐はない。この世に居る価値はない。そう、訴えかけてくるかのように。
勇は頭痛が一瞬で治った為、すぐいつも通りに戻り、息を吐いた。そして、巫実の言葉に返した。
「そう、じゃのう……。今のワシには皆目見当もつかんが、巫実さんの言ってることには全面的に賛成出来る気がするわい。なんだか気になるのはワシも一緒じゃしの」
「勇くん……ありがとう」
巫実は勇のその言葉に対して、嬉しそうに笑みを浮かべた。勇はそんな巫実を見て安心しつつ、ぼやく。
「しっかし、なかなか大変な事になったのう。焔や暁月さんは身内の問題もあるとはいえ、ワシらはどうするか」
「生徒会長さんが協力求めたらで良いんじゃないかな……? どのみち私達にはどうも出来ない状況だし……」
「んー、まぁ、そうか。ワシもそれには同意じゃのう。今の状態だと、こっちは静かにしておいた方が良さそうじゃ」
あくまでも吏人は「この二人には話だけでも聞いて欲しい」という気持ちで誘ったわけで、協力周りに関してはとやかく言うつもりは微塵もなかったのだろう。勇と巫実もそれについて何も思わないし、その考えには賛成である。
巫実と勇がそうやって二人の世界を築き上げている中で、暁月はふと、こっそり吏人に耳打ちしていた。
「なぁ、吏人くん。咲良宮さんについては何も言わんくてええのか? 敵じゃろ?」
「ん? ああ」
吏人は巫実をチラッと見てから、クスッと笑った。
「流石に二人の友情を引き裂くような真似はしたくないので、ね……。ボクだってそこまで考えなしで行動しやせんよ。それに、ここでそんな事言ったら、勇さんの方がうるさそうですし」
「あ〜……まぁ、そうか。巫実ちゃん本人よりも怒りそうじゃのう」
「でしょ?」
なんて、吏人と暁月は思わず笑ってしまった。今は巫実側を不快にさせないと同時に、彼女達の友人関係は極力壊さない方向で行きたいのは双方とも合致している。それであるが故に、佳奈芽の存在は少し怖いのだが――のそこは吏人がなんとかするしかないであろう。
かくして、吏人の話はこの辺で一旦終わる事になる。
*
それから暫く経ち、巫実と勇は不知火邸から伊和片神社へと戻っていた。二人が伊和片神社へと戻る頃にはすっかり空が夕方のオレンジ色、時間の経過はなんだかんだで早く感じるものであると、勇は実感した。
そんなこんなで勇と巫実は巫実の母親である伊和片の夫人の手伝いをするように夕食の準備をしつつ、テレビの音声を聞いていた。松紘のあの会見以降、ニュースは見事に都知事選一色に染まっており、輝之の名前を聞かない日は無かった。
巫実はそんなメディアの様子に複雑な心境を抱きつつ、棚にある食器を取りに行くと、夫人に話しかけられた。
「そういえば、巫実ちゃん。最近楽しそうだけど……何かあった?」
夫人は自分の娘によく似たおっとりしているトロンとした瞳を細めて、優しく笑みを浮かべた。
夫人は見た目や顔立ちはかなり巫実に似ている。成人女性にしては若干小柄な体型に、娘ほどではないがしっかりと曲線的で女性らしい体の線。巫実の特徴である銀髪はどうやら父親譲りなようで、髪の色だけは艶のある黒髪なのだが、それでも巫実の母親であることが直ぐに分かる程度に血縁の濃さが見て取れる。
巫実は母親に言われるなり、「えっ?」と首を傾げた。
「なんで……? 確かに最近お友達出来たけど……」
「ふふ、やっぱり」
夫人はクスクスと笑いながら、続けた。
「勇くんが来てからも表情が良くなったと思うんだけど――最近はそれに輪をかけて楽しそうだな〜、って思ったの。ほら、巫実ちゃんって前は凄い暗かったし、口数も少なかったから。だから、お母さん心配だったの。このまま巫実ちゃんが閉じ籠っちゃったりしたらどうしようって」
「あ、あぅ……お母さん……」
「でも、安心したかも。勇くんやお友達さんがいれば、これからの巫実ちゃんは大丈夫。私、そう思うの」
「……」
(……そう、なのかも)
勇が来て自分が以前と変わった事は実感していたものの、そこから更に輪をかけていたのは自覚していなかった。
巫実は小さく頷いた。
「わ、私……これから魔法も勉強ももっと頑張るね。そうしたら、神社もちゃんと引き継げると思うから……」
「ふふ、期待してるよ〜」
なんて、夫人は笑って台所の奥の方へと入っていった。向こうからは味噌汁のいい匂いがしているので、それを作っていたところだったのだろう。
巫実は台所の手前にある棚から食器を人数分取って、居間へと向かった。
居間では勇が食器を置く作業の手を止めて、テレビを眺めていた。巫実も手に持っている食器をテーブルの上に一旦置くと、キョトンと勇を見つめながら首を傾げていた。
「勇くん……? どうかしたの?」
「ん? ああ、いや、ちょっとな」
そう言って、勇はテレビを指差して巫実にそちらを見るように促してみた。すると、巫実も勇の今の状況を察そうと、テレビに映し出されたものを見た。
テレビの中にいるのは――一人の男性の姿だった。40代近くに見えるものの、若々しく、それでいてどこか逞しかった。スーツをしっかりと羽織り、端正でありながら男性らしく凛々しい顔立ちによく似合っている。しかし、この顔立ち、どこかで見たことがある。テレビの中にいる男性は二人とも初めて見るものの、限りなく強い既視感が二人を襲いかかった。
巫実は「?、??」と、困惑した様子で勇に問いた。
「勇くん……あの……この人……」
巫実がそう聞いた途端、聞き覚えのある苗字をナレーターが読み上げた。
『えー。ただいま速報が入りました。茶井丈都知事の長男・
途端、今は沈黙が流れ、ナレーターの読み上げだけが響いた。
暫くして、画面がスタジオの方へと戻された。そして、茶井丈治由の経歴が流れ始めた。自衛魔法隊のトップに、既視感のある端正な顔立ち。これは間違いない、と、勇は巫実に言い放った。
「なぁ、巫実さん。これって……」
「……多分、そうだよね。さっきもそう言ってたし、間違いないんじゃないかな」
巫実は勇の言葉に頷き、そのまま治由の事を見守ろうと、その場でテレビを見始めた。これ以上自分達が夫人を手伝える事がない為、一旦休憩という事だ。
しかし、この見た目の父親からあの美形息子が産まれている辺り、遺伝子は相当なものであろう。その上で、この年齢でトップを担っているのもなかなか目を見張るものがあり、茶井丈家が優秀な魔法家系なのが非常によく分かる。その上で、吏人のあの性格だ。敵に回さなくて良かった、と、勇は心の奥から思った。
(もし、ワシが水無月の人間だったら、アイツはなるべく敵に回したくないところじゃ)
今回は水無月の圧力に負けたとはいえ、茶井丈が黙っていられるような性分でないのは、こうやって都知事の息子を候補者にしている時点でよく分かる。卑怯な事をするな、真正面から来い――そんなメッセージが、勇には伝わってくる。
そして、スタジオから再び治由へと画面は切り替わった。治由はどうやら都内のどこかのビルにいるらしく、各所から送り込まれたマスコミの相手をしているようだ。
そうこうして解説されている間にも、マスコミからの質問が入った。
『茶井丈さん、今度の都知事選に出るわけですが、その狙いは?』
『勿論、実績作りと都内の平和、そして、東京に於ける魔法の立ち位置についてのサポートです。魔法についてしっかりと決まり事が作れれば、一般人の方も安心でしょうし』
しっかりしている受け答えだ。治由自身は父親の路線は継承しつつ、自分なりに魔法と向き合える社会を作りたいと思っているのだろう。インタビューの受け答えから、それらが見えてくる。
しかし、次の瞬間、それは崩れる。
『後は――やはり、東京が国のトップです。つまり魔法圏としてもトップ。そうなったら、強い魔法使いがトップに立つのが常識でしょう』
(――ん?)
勇と巫実は思わず顔を見合わせた。そして、次の瞬間、
『僕は実績にもある通り、強い魔法使いです! 水無月も確かに強いですけど、魔法使いとしての実績は僕の方が上ですからね! 覚えておいてくださいよ!』
「……」
「い、勇くん……」
勇はガクッと項垂れて、巫実がその頭をポンポンと撫でた。
(息子に負けじと癖が強いのう、この人……納得じゃ)
しかし、この治由の言い方、なんとなく負けフラゲに聞こえてしまうのは気のせいであろうか。勇は妙な心配を覚えながら、巫実と一緒に立ち上がって、再び夫人のところへ向かうのであった。
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