043:吏人と暁月

 そんなこんなで吏人に捕まってしまった萌絵なのだが、暁月の姿を見るなり、その端正な見た目と、服の上からでも分かる同年代のモデル顔負けのプロポーションに目を見張ってしまった。焔の親戚だけあって、その端麗さは人間を超越したものだな、と、つい感じてしまう。


(不知火生徒会長の従兄さん……と言えば、賀美河くんもだけど、向こうはそんなに似てないからな……。こっちは従兄と言われても説得力があるわ)


 焔もなかなかのプロポーションと顔立ちをしているものの、この暁月はそれを上回ってくる雰囲気がある辺り、不知火の血は相当なものである。

 暁月はニコッと小さく笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「焔から聞いておるが、確かキミも生徒会の一人じゃったか」

「あっ、はい! 広報担当になりました」


 萌絵はそう言って頷きつつ、暁月の出方を窺った。

 不知火の人間である以上、水無月家との因縁は無いわけでもないだろうし、何よりも、現状ではスパイ対象の焔に一番近そうな人物だ。こちらが少しでも下手なことをすれば、警戒される可能性もある。

 暁月は「そうかそうか」と、頷いた。


「しかし、不知火の人間が咲良宮の人間をこうやって身内に引き入れるぐらいになるとは……水無月の影響力もそこまでじゃなくなったんかのう」

「!?」「むっ」


 今の吏人と萌絵にとって、一番の核心を突いてくるような事を暁月が言い出したので、二人は思わず反応して顔を上げてしまった。萌絵は顔を真っ青にして冷や汗ダラダラ、吏人は吏人で「やっぱり何かあるな」と、眼鏡の奥で半目になり暁月を見ていた。

 暁月はあくまでも昔の水無月を知っているぐらいの面持ちで、萌絵に話しかけた。


「昔の咲良宮は水無月に仕えていたって話なんじゃが、今は特にそういうのは無いんか?」

「な、無いですね……。一応男系男子で続いてるって事で、集まりには呼ばれたりする事はあるんですけど、日常生活で関わる事はそんなに無くて」

「なるほどなぁ」

(こう聞かれたら、こう返すしかないじゃろうな。とはいえ、こっちが咲良宮ってだけで警戒してるのはこれで伝わったか)


 と、暁月は萌絵を見据えた。

 昔の咲良宮家は暁月が焔に話した通り、元々は水無月の配下であり、執事や召使いとしての繋がりがあった。その時の繋がりを引っ張り上げ、それを利用すれば、萌絵をスパイとして、こちら側に放り込んでくることも可能であろう。今の咲良宮家は独立しつつはあれど、水無月の血が混じっている以上、影響もまだ残っている。

 そして、萌絵と吏人はお互い顔を見合わせていた。萌絵は気まずそうに視線で話し掛ける。


(あの……これ、完全に向こうにバレてるってこと? うち、早々、水無月の奴から首切られそうなんだけど……)

(ま、向こうも長年続く優秀家系ですからね。身内から引っ張りゃ、そりゃすぐにバレますね!)


 萌絵が気まずそうな一方、吏人は楽しそうであった。それもそうだ。敵である水無月の一族が、スパイを送ったと思えば、早速敵であるとスパイ先から思われているであろう光景、水無月潰しのために動いている吏人からすれば、さぞ愉快であろう。

 萌絵は溜息を吐いて、流石にこれ以上暁月を相手にしたら分が悪すぎる、と、ここは素直に引き下がることにした。


「じ、じゃあ、うちはこの辺で。昼ごはんもまだですし、とりあえず」

「ああ、そうか。昼飯買いにきておったんじゃな。わしらも行くか、のう?」

「そうですねー。それでは、また次に!」


 そう言って、暁月と吏人、萌絵と、それぞれの道に別れたのであった。

 吏人は暁月と校庭の周りを歩き、その中で主要なものは紹介したりなどして、適当に暇を潰していた。180年も経てば色々と増えているようで、暁月は「へー、ほー」と、関心しながら吏人の案内を聞いていた。校舎の中はさして変わりなさそうだが、外の方は生徒が過ごしやすいように色々と改良が加えられているようだ。

 その中で、暁月は先ほどの吏人と萌絵の様子を見て、少し気になったことがあるようで、なんとなく聞いてみた。


「そういえば、吏人くん。キミ、咲良宮さんと何かあったんか? 話しかけたとき、向こうはバツの悪そうな顔をしておったが」

「ん? 別にそんな大したことじゃないですよ」


 と、吏人は続けて、


「ボクは萌絵さんの事が好きなのでね、会ったら取り敢えず絡むようにしてるんですよ」

「んー。いや、そうじゃなくて」


 所詮、そんな答えが返ってくるとは思っていたものの、暁月が気になるのはそこではなく、更なる根本であった。


「もっと別の重いもん抱えておるじゃろ、キミ。それは咲良宮さんもそこにはちょっと関わってはいるけど、彼女はあくまでもオマケ。その奥深くじゃろ、そっちの目的は」


 吏人がピタリと歩みを止めた。

 それから、暁月は続けた。


「少なくとも、焔にはちゃんと話した方が良いぞ。そういうのは後になればなるほど、隠し切れなくなるもんじゃ」


 と、


「話したくないなら、それも選択肢の一つじゃ。とは言え、隠し事していたら、逆に焔達にも警戒されちゃうんじゃないかのう」

「……」


 そして、しばらく沈黙が流れる。

 ただでさえ誰にも話していない本来の吏人の目的を、初対面の暁月に見透かされそうになるとは思いもしなかった。それから、吏人は1〜2分ぐらい、そこに留まって、黙っていた。グラウンドを借りて運動部の声やボールを投げる音がこちらの耳に届く中、暁月は吏人からのアクションを待った。

 そのうち、吏人は改めて暁月に向き直り、その沈黙を断ち切った。暁月に話すのが正解かは分からないが、目的は同じところにあるのは感じ取っているからだ。彼は口を開いた。


「詳しい事は後にしておくとして――水無月宏也と咲良宮萌絵の繋がりは、粗方、暁月さんの想定の範囲内ですよ。ただ、ボクの目的がその先にある事まで見破られたら、それだけに留まらないですよね」


 吏人はそう言って、続けた。


「不知火邸を使わせてくれるなら、話しても良いですよ。外じゃどこから漏れるか分かりませんからね。それから」


 と、


「折角なら、不知火生徒会長以外にも、勇さんと伊和片さんら御二方にも知ってほしい事ですかね。まぁ、巻き込むなって言うなら、それに従いますけど」

「む、何でその二人にも?」

「水無月宏也が目をつけてる以上、警戒の意味も込めて、ね。別に構いやしないでしょう、不知火の身内なんですから」


 そう言って、吏人はケラケラと笑った。暁月は「まぁ、そうか」と、息を吐き、そのまま彼と一緒に歩き始めた。


「データセンター、思ったより広くて暁月さんのデータの特定が面倒じゃ……!」

「最早消されてんじゃねーの。当時の生徒会長って水無月の祖先なんだろ」

「うーん、生徒会長にそこまでの権限は……なくてもやりそうじゃなぁ」


 そう言いながらデータセンターの外に出たのは焔達生徒会御一行であった。あれから一時間ほど、データセンター内にあるOB・OGの情報データをひたすら漁り、暁月の年代周辺を捜索したのだが、思ったよりも見つからず、途方に暮れていた。それ以上に佳奈芽と勇の集中力も保たず、一時間ほどで切り上げる次第になったのである。

 義喜はデータセンターを出る際、少し残念そうにしていた。


「折角、ボクと佳奈芽さんの出会い話が序章を終えてやっと一章を迎えようとしていたのに……残念です……」

「残念だぜ、自信作だったのに」

「焔ー。今度データセンター行く時は真栄島と副会長は弾いてくれんか。作業進まんかったのコイツらのせいじゃ、絶対」


 そう、義喜が勇の横で「ボクと佳奈芽さんの出会い……そう……あれは、10年前の冬……」と切り出して、そのままずっと話し出し、止まってくれなかったのである。しかも、義喜の勘違い妄想もかなり混じっており、勇は改めて「コイツヤバい」と実感していた。佳奈芽が受け入れてなければ、勘違いストーカー一直線だ。

 巫実はお疲れ気味の勇の頭をよしよしと撫でて、声を掛けた。


「勇くん……その、二重の意味でお疲れ様……。私も聞いてたけど、思ったより体力使うね……」

「咲良宮さんよりも真栄島の方が厄介じゃろ……」


 学年も上がり進級こそすれど、自分と義喜が別クラスなのがこんなにも有り難い事とは思わなかった。もし、同じクラスなら、義喜の長い長いポエム兼自語りをひたすら聞かされていたに違いない。

 焔は苦笑しながら、一同に言った。


「ま、そういうわけで、明日、お婆ちゃんにここに来てもらうかのう。過去にここで教職しておったし、データセンターの弄り方も分かるじゃろ」

「あの……明日はボク達も……」

「流石にワシとお婆ちゃんでなんとかするわい。放課後はとっとと帰って良いぞ」

「……」


 義喜は焔に戦力外通告され、しゅんとガッカリしたような表情になった。勇はそんな義喜を見て、「続きを聞かされる羽目になったてた、危ない」と、額に青筋を浮かべて、心の中で震えていた。ただでさえ、義喜の自分語りは聞いていて疲れるのに、連日聞かされる羽目になるのはまっぴらごめんだ。

 そして、5人は現地解散と言う事で、義喜と佳奈芽が早々に切り上げ、焔、勇、巫実の3人がデータセンターの鍵を職員室へと返す事になった。

 3人はそうして、データセンターから校庭の方へと向かう通路を経由して、職員室へと向かう。データセンター自体、広い学院の中ではまぁまぁ辺鄙なところにあり、行き来するだけでも時間が掛かる。生徒のデータを保管する場所としては、正しいのかもしれないが。

 焔は歩く中で、最初に気が付いた。


「ん?」


 そして、ピタリと足を止める。

 通路の外の左側、よく見知った姿、二つが焔の目の中に飛び込んできた。その姿は、嫌と言うほど毎日対面している葡萄茶色の赤みが混じった濃いめの茶髪に、少し野暮ったい見た目をしている丸眼鏡の少年。後者はともかく、前者は本来なら、この学院には存在していない筈なのだが、見間違えなのだろうか。しかし、遠目からでも分かる端正な顔立ちは、明らかに彼以外に有り得なかった。

 後ろにいた二人も、あちらを見て存在に気付いたのか、双方とも「あっ」と小さく声を上げて、勇の方が先に大きく声を上げた。


「暁月さんッ!? 吏人の奴となにしとんじゃ!」

「……って、え、勇くん……ってか、焔も巫実ちゃんも!? なんでこんな辺鄙なところにおるんじゃ!」

「どもどもー」


 暁月は勇の声に驚いて振り向き、吏人は相変わらずの調子で3人に向かって挨拶していた。

 暁月と吏人は見つかるなり、とっとと3人の方へと向かう。そして、話せる程度の距離になると、焔は呆れ気味に暁月に言った。


「全く、なんでこんなところに……しかも、学院の侵入に成功しておるし」

「近場を散歩しておったら、吏人くんが話しかけきたもんじゃからの〜。まぁ、折角だから学院の案内でもして貰おうかと」


 と、暁月は小声になり、焔に耳打ちした。


「で、肝心のデータはどうじゃ? 見つかったか?」

「見つからんかったよ。水無月に消されてる可能性も捨て切れんし、明日にでもお婆ちゃんに一回確認して貰おうかと思ってのう」

「なるほど。ヤツならやらかしかねんラインじゃな。そこまで来たら、わしらにはどうも出来んし、媛乃の奴がなんとかしてくれりゃいいが」


 そう言って、暁月は焔から離れて耳打ちを終わらせた。

 それから、吏人の方へと視線を向けると、暁月が本題を切り出した。


「これから吏人くん連れて不知火邸に戻ろうかと思ったんじゃが、勇くんと巫実ちゃんもどうじゃ? こちらさんもまぁ色々とあるみたいで、お疲れ気味のようじゃしのう。お話聞くのも良いじゃろう」

「ああ、お爺さんが都知事辞めるとかでてんやわんやらしいからのう、ソイツ。別にワシは構わんぞ」

「うん……少なくとも、今の茶井丈くんは疲れる立ち位置だろうし、何かあったらお話し聞きたいかも……」


 そうして、巫実と勇の了解が降りる。

 焔も特に異論はないようで、暁月と吏人に対して頷いて、了承していた。焔は、暁月が吏人を不知火邸に誘った目的をある程度察知しているようで、特に何も言わなかった。

 吏人は3人の了承が降りると、軽く頭を下げて、感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます。まぁ、あまり重い話はしたくは無いんですけど、御三方には知っておいてもらった方が良い事もあるでしょうし。では、一先ず、ボク達は正門に行ってますので」

「そういうことじゃ。その鍵戻したら、とっとと来るんじゃぞ」


 暁月は焔が手にしているデータセンターの鍵へと視線を送りながらそう言って、吏人と共にこの場を後にした。

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