友達

 武器屋の後、前日のトビアスのストレスか、今日の魔導具店の感動か、ナンパのショックか、帰りにいろいろな物をまとめて買ってしまった。

 目の前には短剣四本と付属品の入った袋が一つ、食料品が箱二つ、赤と白のワイン一ダース入りのケースが一つ。そして、それをまとめて軽々と持つ男。いや、最後のは買ったわけではないが。

 自分で買う、配達してもらうと何度も言ったのだが、ナンパから助けられなかったからせめて支払いはすべてする、荷物は持つと言いきるヴォルフを、どうにも止めることができなかった。

 最終的に、伯爵家の一員がこんなことをしていいのかと遠慮なしで切り込んでみたが、ならばより名誉回復の機会を与えるべきと言い返され、完全に負けた。

 ずっとフードをかぶったまま、汗を流しながら運んでくれたヴォルフには、感謝しかない。


「荷物は中まで運ぶ? それとも玄関前に置けばいい?」

 緑の塔、玄関の前で、青年が尋ねてくる。その背後の空は、そろそろ夕焼けだ。

 今までの自分であれば、入り口に荷物を置いてもらい、そこで帰ってもらって、日を改めるだろう。

 短剣の魔法付与のときは、商業ギルドか学院から立ち会いのために助手を頼み、男性であるヴォルフと二人きりになるのを避ける。それがいろいろ考えても、安全で、正しい方法のはずだ。

 だが、自分の気持ちはそうではない。

 ヴォルフに今、飲み物ぐらいはきちんと出したい。できればもっと二人で話がしたい。

 恋愛はもうしたくないが、話せる友人にはなりたい。

 ただし、彼は信用できる人だということが、自分の思い込みだけであるという確率はゼロではない。

 ここからの行動は一歩間違えば危険、前世で言う『ちょろい女』『軽い女』に入る危険性は重々わかっている。それでも、ダリヤは選択した。


「二階が居間なので、二階まで運んでもらえますか?」

「わかった」

 ヴォルフは軽々と階段を上り、二階まで荷物を運ぶ。

 ダリヤは居間として使っている部屋のドアを開き、魔導ランプを明るめにつけた。

「ええと、ご家族の方か、雇っている人は?」

「いえ、私は一人暮らしです」

「入らせてもらっておいてなんだけど、ダリヤは一人暮らしの家に男を入れることに対しての、一般的警戒心はあるよね?」

「ありますし、そうそう入れていませんよ。荷物があるから仕方がないじゃないですか。あと、逆に聞きますけど、一人暮らしだからこれ幸いという気持ちが、ヴォルフに欠片かけらでもあるんですか?」

 わざと荷物のせいにして聞いてみた。

 どの花もよりどりみどりの美しいちょうが、わざわざ道端のしおれかけた青草にはとまるまい。

「正直、ダリヤが一人暮らしなのはうれしい。とにかく邪魔されずにひたすら話したい。俺に危険があると思えたら手足を縛って床に転がしておいてもらってかまわない。君は椅子で、俺は床で、君を見上げながら話そう」

「それ、どう見ても危ない人だから!」

 ダリヤは全力でつっこみを入れた。それで平然と話せるわけがないだろう。

「じゃあ、君は塔の中で、俺は外で、窓を開けて話そう」

「どれだけ大声になるんですか!? 喉がもちませんよ!」

 すでに今のダリヤの方が大声である。

 さっき真剣に悩んだ自分の時間と苦悩を返せと、できるものなら拡声器を使い、この男の耳元で叫びたい。

 が、元凶のヴォルフは悪戯いたずらが成功した子供のごとく、顔に似合わぬケタケタ笑いを続けている。


「とりあえず、お茶ぐらいは出しますので椅子に座ってください。それとも白ワインの方がいいですか?」

「すまない、白ワインをお願いしてもいいだろうか」

「ついでに簡単なものでも持ってきますね」

「本当にすまない……」

 ヴォルフがひどく申し訳なさそうに言うが、屋台から食事はしていないし、あれだけの荷物を運んだのだ。空腹になって当然だろう。

 とりあえず、彼には居間のソファーに座ってもらった。

 すぐ水でらしたタオルを渡し、白ワインとクラッカーをテーブルに出す。汗をふいてもらい、先に一息入れて待ってもらうことにする。


 奥の台所に行き、買ってきた白パン、ストックしてあるライ麦パン、ソーセージなどを取り出す。そして、野菜を小さめに切り、ソーセージと共に小鍋でゆではじめる。

 もう一つの小鍋に二種類のチーズと白ワイン、少しのコショウとナツメグの粉を入れた。

 野菜がゆであがると、小さく切り分けたパン、ソーセージ、ゆで野菜を大皿二つに並べ、居間に運ぶ。

 ヴォルフの名を呼び、ソファーからテーブル脇の椅子に移動してもらった。

 テーブルには魔導コンロ、その上の小鍋には、とろりと溶けたチーズがたっぷり入っている。

 チーズフォンデュ。

 小型魔導コンロを作ったら、絶対にやりたかったメニューの一つである。これならばそれほど調理の時間はかからない。

「これって、チーズスープ?」

 ヴォルフはひどく不思議そうに鍋を見つめていた。どうやらチーズフォンデュは食べたことがないらしい。

 考えてみれば、今世のこの王都では、溶かしたチーズを料理にかけるのは見るが、こういった形でひたして食べるのを見たことはない。

 もしかすると、こちらでは世界初のチーズフォンデュになるのかもしれない。

「チーズですが、スープではなく、たれというか……これにパンや野菜をつけて食べるんです」

 ヴォルフに長い串と皿を渡し、先にダリヤが実演してみせた。

 パンで試してみたが、なかなかにおいしくできた。いつも飲んでいるお手頃な赤ワインとも合う味である。

 ますます目を丸くして見ている青年に、ダリヤはパンの皿をすすめた。

「とりあえず、一つ食べてみてください」

 ヴォルフはひどく慎重な手つきでパンを鍋にとっぷりと沈め、チーズがたれないように皿の上に持ってくる。

 そして、たらたらとチーズの落ちる白パンを一口でぱくりと食べ、そのまま数秒止まった。

 その後、無言でしゃくしているが、妙に回数が多い。

 飲み込むと満足そうに息を吐いて、次のパンを長串につけた。

「どうですか?」

 白ワインが好きでチーズが好きで、濃いめの味が好きなヴォルフである。

 さっきの様子からも、このチーズフォンデュが気に入らないわけがないぐらいは思っていた。しかし──

「……なんで俺は、これを今まで知らなかったんだろう……」

 あまりにせつないため息をつくのはやめてほしい。あと、チーズフォンデュは麻薬ではないのだ。目を閉じて、そんなにこうこつとした表情をしないで頂きたい。

「これ、すごくすごくおいしい……」

「一人でも数人でも楽しめるのでおすすめです。チーズとワインとパンだけでもできますよ」

「下のこれってどこで売ってる?」

「小型魔導コンロでしたら商業ギルドと魔導具店で売ってます」

「俺、これ絶対買う……あ、もしかして、これもダリヤ?」

「はい、大型のものはすでにあるので、小型化しただけですけど」


 大型の魔導具を小型化するときは、前の制作者と利益が折半になる場合と、新しいものとして扱われる場合がある。

 商業ギルドへの登録魔導具で利益契約期間の七年以内であれば、大型の制作者にも利益を支払う。八年以降であれば、小型化したものは新規登録の扱いとなる。

 魔導コンロはすでに三十年ほどの歴史があったため、ダリヤは新型として登録することになった。


「これ、野営に持っていきたいな。許可がとれればいいんだけど」

「パンはともかく、ワインは持っていけるんですか?」

「うん、ワインは革袋でそれなりに支給がある。遠征中はとても健康的な食生活で、ほとんどは黒パンと干し肉と乾燥野菜入りスープ。軽食にチーズとナッツとドライフルーツ。これがひたすら続くから」

「そうなんですか……」

 持ち運びを考えたら仕方がないのかもしれないが、さすがに続くのは辛そうな食事である。

 たき火でチーズフォンデュができないことはないが、一歩間違うとすぐ焦げそうだ。

「近くに村や町があれば、そこでおいしい物を食べられることもある。でも、魔物が出てくるのは、国境とか山沿いが多いから。獣や魔物をつかまえて食べることもあるけど、焼いて塩とコショウぐらいだし。これとチーズを持っていけば、あの黒パンもおいしく食べられる気がする……」

 話しながらもヴォルフは食事を続けている。白ワインのボトルがきれいに空いていた。

 皿を見れば、ダリヤを気遣い、きっちり半分までしか手をつけていない。

 好みの味ならば、しっかり食べてもらいたいところである。

「ヴォルフ、遠慮なく食べてください。今、追加でパンと野菜を持ってきますから。今日買って頂いたものもたくさんありますし」

「すまない……後で大銀貨をおいていく」

「おかしなことを言わないでください。それなら私、『女神の右目』の紹介料を支払いますよ」

「いや、それは受けとれない。そもそも君のことをオズヴァルドは待っていたじゃないか」

「でも、ヴォルフと今日行かなかったら、一人では絶対に行ってませんでしたよ」

「それはそうかもしれないけど」

 彼の言葉が止まったところで、白ワインのボトルをすかさず手渡した。

「これ開けて、食べててください。追加を持ってきますから」

「……すまない、ありがとう」

 その後、追加を持ってきて、短剣に関する付与の話などをしながら、二人で食事を続けた。

 片付けに関しては、ヴォルフが率先して運んで手伝ってくれた。

 野営で慣れているとのことで、手早く皿洗いまでしてくれたのには、かなり驚いた。


 ・・・・・・・


 食事を終えると、ほぼ夜と言える時間帯だった。窓の外には白い月がくっきりと見える。

 夜風は涼しく、部屋にもゆらりと吹きこんできた。

「ワイン、もう一本持ってきますか?」

「正直、もう少し話したいという俺と、帰らないと迷惑だという俺で、意見が二つに割れてる」

 ヴォルフが少しばかり困ったように言う。

「庶民だと付き合いはそれなりに自由ですが、ヴォルフの方はどうなんですか?」

「俺の方は完全に自由。仲間で出かけて、酒場で徹夜とかもあるから」

 この王都、庶民に関しては、恋愛もお付き合いもかなりゆるめで自由だ。

 恋人との旅行や婚約者との旅行も普通に許す家は多いし、どうせいしてから結婚、婚姻届は出さないで子供を持つといったこともある。独身で結婚をせずに恋愛や友情をおうしている人もいる。

 そして、浮気と離婚と再婚、修羅場の話もそれなりにあったりする。


「あの」

「あのですね」

 微妙な空気に二人そろって話しかけ、両者がやめた。

 数秒の沈黙の後、先に口火を切ったのはヴォルフだった。

「あー……ものすごく失礼なこと聞くけど、ダリヤは一般的意味合いで、俺に口説かれたいと思う?」

「ないです」

 ダリヤは即答した。そして、まっすぐにヴォルフを見て聞き返す。

「ヴォルフは、私に言いよられたいと思いますか?」

「思わない。失礼な質問をしたことを心から謝罪する。ダリヤはそういうのではないとわかってるのに、ここに入れてもらえたことを素直に喜んでいいのか、実は少しだけ迷った」

「こちらも謝ります。ないとは思いましたが、ヴォルフに対し、一応それなりの危険も考えました」

 気がつけば、二人そろって頭を下げあっていた。なんともしまらない光景である。

「言っておくけど、ダリヤはとても魅力的な女性だとは思っているよ。かわいいし、頭もいいし、会話もとても楽しいし……」

 ヴォルフは一度そこで言葉を切り、手の甲を唇に当てる。そして、切り替えたように口を開いた。

「俺はダリヤの好みから完全に外れている、ということでいいのかな? もっとも、最初に会ったときから助けられっぱなし、今日も酒は買いに行かせる、ナンパからは守れない、食事はたかるとか、完全にマイナスにふり切れている男なわけだけど」

「いえ、ヴォルフは魅力的だとは思うんですよ。でも、好みというより、私の場合、婚約破棄もありましたし、魔導具師の仕事が面白いですし……」

 ダリヤは今までを振り返りつつ、しみじみと思っていることを言葉にする。

「私、もう恋愛する気になれないんですよ」

「俺も、恋愛が面倒でその気がない」

 言い終えて、両者とも、ものすごくほっとしたになった。

 その後、お互いのその顔を見て、無言のまま苦笑する。ロマンスの欠片もない見つめ合いである。


 だが、これでようやく、自分は思っていたことをきっぱり言うことができる。

「魔導具と魔剣のお話をするお友達でいませんか?」

「ああ、喜んで……!」

 ヴォルフが今までで一番の笑顔となったので、新しい白ワインを開けて乾杯した。

 なぜかその後、さらに魔剣と魔導具をたたえて二度乾杯し、双方のグラスに見事なヒビを入れてしまった。

 謝りまくるヴォルフが、次に来るときに新しいワイングラスを買ってくることを約束した。


 二人でテーブルをはさみつつ、赤と白のワインを新しいグラスにそれぞれ注いだ。

「初めて普通に話せる女性の友達ができたよ……」

 ヴォルフが向かいのソファーにくたりとよりかかっていた。さっきと違って肩の力が抜けきっている。

 自分もそうなのかもしれないと思いつつ、ダリヤはグラスを持った。

「その言い方だと、なんだかお友達が少なそうですね」

「ええ、まったくその通りで」

「今のは冗談のつもりだったので、否定されないとあせるんですが……貴族だとそういうものなんですか?」

「いや、俺の場合、一度友達にはなれるんだけど、女性絡みで友情が破綻しやすい。学院の頃は特にひどかった」

「ええと、それは三角関係とかですか?」

 ダリヤの質問に答えず、ヴォルフは白ワインの液面をゆらゆら傾ける。

 そして、美しい黄金の両目を閉じ、うすら寒く笑った。

「友達の好きな女の子が俺を好きだった。友情の破綻」

「学院の頃はみんな若いですからね」

「友達の彼女が俺を好きだと言う。友情の破綻」

「それはお友達がつらい……」

「友達と付き合いはじめた彼女が、じつは俺目当てだった。友情の破綻」

「そこまでくると泣けてくる話」

「友達の妹、婚約者付きが俺に告白。断ったら、俺にひどく言いよられていたと友達に言う。友達はそちらを信じて俺を殴る。友情の破綻」

「どれだけ恋愛で友情が破綻してるんですか……」

 それはトラウマにもなるだろう。顔がいいのもここまでくるとマイナスの方へ傾くのだろうか。


 ようやく目を開けたヴォルフは、少しばかり疲れた顔で続ける。

「学院で嫌になって、兵舎に入れたときはほっとした。その後に見合いから遊びまで幅広いお誘いがあって、すぐうんざりした。今は夫に先立たれた前公爵夫人とお付き合いしていることになっているから、しつこいのはそんなにないけど」

「前公爵夫人……ご親戚とかですか?」

 前公爵夫人と聞いただけで、ダリヤは脳内にイメージによるようえんな美女を作り上げてしまった。前世の小説の読み過ぎだろうか。

「俺の母が騎士で、結婚前に護衛をしていたのがその夫人。母つながりでたまに屋敷に泊めてもらっている。旦那さんが亡くなってから、ツバメ志願者が掃いて捨てて埋めるほどいるから、俺とのうわさがあれば、虫けになるって」

「掃いて捨てて埋めるほどのツバメ志願者……」

 いわゆる男性のツバメが想像できず、ダリヤの頭の中では鳥のツバメが庭を埋め尽くし、それをほうきではくヴォルフの妄想が浮かんだ。

 もしかすると意外にワインが回ってきているかもしれない。

「実際に夫人目当てで、庭に花束持って不法侵入した愚か者も昔はいたらしい。あそこの公爵は容赦ないって聞くから、実際、しつこい奴は埋まっているんじゃないかな、物理的に」

「お願いですから冗談だと言ってください! 今すぐに、私の心の平和のために!」

 これに関してヴォルフからの答えはなかった。

 いい笑顔で新しい瓶を開け、なみなみと赤ワインをグラスに注いでくれる。

「公爵家怖い……でも、その方は、ヴォルフの女性のお友達じゃないんですか? 今、お一人なら恋をしても問題ないと思うんですけど」

「友達とは違う、完全に向こうが上というか……血はつながっていないけど、叔母というか、貴族のことを教わる先生だね。年齢も母と同じだし。あと、恋はともかく、いろいろ飢えたらしょうかん行くよ」

「女の私にそれを言う。しかも、その顔でそれを言う」

 むしろヴォルフならば、稼げるんじゃないだろうか。かなりいい金額を、ごく短期間で。

「ダリヤ、何を考えているのか予想がつく目で俺を見ているようなんだけど?」

 じっとりとした視線がこちらに返ってきた。

 思考が筒抜けたようなので、とりあえず急いで話題を切り替えてみる。


「ヴォルフは学院でこう、せいなご令嬢をお嫁さんとして捕まえるべきだったのでは?」

「……その『ご令嬢』と呼ばれる生き物に、学院の茶会で薬をもられた経験があるよ」

「学院の茶会で?」

「ああ。その場で脱ぐつもりだったのか、家の馬車でも呼んでいたのかは謎だけど。運良く呼びに来た友人に運ばれてなかったら、どうなってたかわからない」

「……わぁ」

「そのときに友人にしかられて。俺はあまり家族と交流がなかったから知らなかったけど、貴族の子弟はもっと早くからそういう訓練をやることが多いらしい。その友人が貴族だったから、相談にのってもらって、いろいろと飲んでそれなりに耐性をつけたり、魔導具を買ったり……本当にありがたいと思っていたら、婚約者付きの妹の件で、殴られて絶交されたんだけどね」

「本当に大変だったんですね……」

 それは女性不信、いや人間不信にもなるだろう。

 しかも、公爵家であっても、どうやらヴォルフは家族枠には入れられていないようだ。相談先がなかった頃はさぞ辛かったに違いない。

「討伐部隊でやっと話せる友人が数人できたくらいで、正直、俺の対人関係はかなり情けないものだよ。女性不信の臆病者で、魔物を倒すしか能がない。たぶん、『ダリさん』の君に会わなかったら、こんなふうに話せてもいなかった」

 ヴォルフは自嘲していたが、その両手はきつく組まれていて、どこか痛々しく見える。

「正直に白状してみたけれど、ダリヤにとっては、すぐ友達をやめたくなるような奴じゃないかい?」

「いいえ、まったくそうは思いませんが」

 首をしっかりと横に振って否定する。

 そもそも、ヴォルフが悪い点がどこにあったというのか。

 顔がいいという理由で女性が彼に寄ってきたとしても、それについて責を負う必要などないだろう。そもそも迷惑と被害を受けているのはヴォルフの方ではないか。

「そもそも、恋愛や婚約といったことに関しては、私もひどいものですし」

「あの『真実の愛』の人?」

 このところ、トビアスは名前より形容詞で表されるようになってきた気がする。

 まあ、名前を何度も聞くよりはましかもしれない。

「ええ。父が亡くなった関係で丸二年も婚約していたんですよ。で、結婚前日に新居に行ってみれば、新しい婚約者がすでに出入りしてたり、私の家具に女物の服があったり、その後は婚約腕輪を新しい婚約者に渡すから返せと言われたりで」

「ダリヤは遠慮なくその男を殴っていいと思う、いや、むしろ助走をつけて全力で殴るべきだと思う」

 青年はきっぱりと言いきった。黄金の目が、完全に本気だった。

「それがですね、そこまでの思い入れもなくて……結局、二年隣にいても、婚約者に恋をしていなかったんですよ。学院の頃も恋愛というのが縁遠い上に、まったく気持ちとしてわからなくて。実際、婚約中より、魔導具を作っている今の方がずっと楽しいので、私はそういうところが欠落してるのかもしれません。婚約破棄で、自分が恋愛不適格なんだろうという判断になりました……」

「そうだったんだ……」

 ヴォルフはとりあえず理解してくれたようである。

 自分自身でも消化の難しいこれまでのことだが、意外にまっすぐ説明できた。これもワインの力かもしれない。


「ダリヤの学院生活って、やっぱり魔導具の研究がメインだった?」

「はい。学院の頃は勉強と魔導具研究室にいて、帰ってきたら家事と父の魔導具制作の手伝いと自分の魔導具研究でしたね」

「かなり忙しそうだね」

「でも、たまの休みは、おさなみや友達と一緒にご飯を食べたり、買い物に行ったり、お互いの家にお泊まり会なんかはしてましたよ」

「なんか、そういう休みの過ごし方っていいなぁ……」

 顔も家柄も職業もいいはずのヴォルフだが、青春要素の少ない自分をうらやましがっている。なんともびんである。

「俺、隊で最初にできた友達と街に出かけたときは、ナンパの餌にされたっけ……」

「そのお友達は、もういらないんじゃないかと」

「悪い奴じゃないんだ。今は、女こそ男の生きるエネルギーとか言ってて、付き合ってる女性に全力で貢いでいる」

「王都の経済を回すのに大変いいことです」

 そう答えたダリヤの前でヴォルフはすっと目を細め、片手で目を隠すようにして酒をあおった。

 ふと見れば、彼の正面に開けたままの窓がある。そのガラスに、ちょうど自分の顔が写ったのだろう。

「……ヴォルフは、そんなに自分の顔が嫌いなんですか?」

 その動作は傷を隠すように見えたのに、つい、口が滑った。

「ああ、大嫌いだ」

 きれいな笑顔で答えているはずなのに、なぜか怒っているように見える。

 そのまま手元の酒を一息にカラにすると、すべての表情が抜け落ちた。

「『少年』になってから、『魅了チャーム』のある目じゃないかって神殿に連れていかれたよ。治るかと期待したら、『魅了チャーム』じゃないって。なんでこんな目なのか聞いたら、神官に言われたよ。『これはきっと神の祝福です。金色の目は人の好意を招きやすいのでしょう』って。好意じゃなくて欲望の間違いだろうと思ったよ」

 今度は無表情なのに、なぜか泣いているように見える。

 そして、聞いているかぎり、その美しい黄金の目こそが、まるで彼をむしばむ呪いに思えた。


「その目、人から隠せるなら、隠したいですか?」

「ああ、隠せるなら、隠したい……ダリヤはなんだか、魔女のようなことを言うね」

 青年の目が、少しだけ困惑を込めて自分を見返してくる。

「魔女ではなく魔導具師なので、もしかしたら……少しだけ、魔導具でかなえてあげられるかもしれません。お酒を持ったままでいいので、ちょっと作業場に付き合ってもらえますか?」

 二人そろってワインとグラスを持つと、一階の作業場に下りた。


 ・・・・・・・


 昨年早くに父が注文し、一度も使われることのなかった銀ブチの作業用眼鏡を取り出す。

 ヴォルフにそれを合わせてもらうが、サイズはちょうどよかった。

「ダリヤ、眼鏡なら持っているけど、あまり効果は……」

「ヴォルフ、色ガラスの眼鏡は試したことがありますか?」

「いや、ない」

 作ろうと思ったのは、色つきレンズの眼鏡である。

 あまり王都では見かけないが、ゼロではない。

 ストックしてあるガラス板がいろいろとあるので、かなり薄めのブルーグレーの薄板を選んだ。

「レンズを色つきに入れ替えます。目の部分に色が入ると、感じが変わるので。あと、もう一つ」

 ダリヤは棚から五センチ四方の銀色の魔封箱を取り出した。

 中には、父がダリヤの部屋の窓に使おうとして失敗、粉になってしまった『妖精結晶』が入っている。

「この妖精結晶を試してみます」

「妖精結晶?」

 ヴォルフが銀色の小さな魔封箱を前に、首をかしげている。

「今日『銀の枝』で見たランプと同じです。妖精結晶は、妖精が隠れるための魔力が固まったと言われていて、認識阻害の力があるんです。うまくいくかどうかわかりませんが、これを使って、レンズに魔法付与をしてみます。残念ながら失敗する確率の方が高いので、そうしたら、普通にもう少し濃い色ガラスで眼鏡を作ることになりますが」

「なんだかダリヤに手間をかけさせるようで……」

「あの、実験だと思ってください。失敗に付き合わせたら申し訳ないんですけど」

 実際に父が失敗した後の粉を使うのだ。

 窓よりもずっと魔法付与の面積は小さいし、理論上はできるはずなのだが、成功するかどうかは五分五分、いや、成功四分の失敗六分ぐらいの可能性だろう。

「君の作業を、こちら側で見ていてもいいだろうか?」

「ええ、どうぞ。気にせずに飲んでいてください。レンズ片方で数分ぐらいだと思いますが、作業中はお話しできません。もし、魔法付与に時間がかかるようだったら、すみませんが、放って帰ってもらってかまいませんので」

 ダリヤは服の上に作業用の緑色のローブを羽織り、椅子に座る。

 ヴォルフは、作業机をはさみ、斜め向かいの椅子に座った。


 ダリヤは最初に、薄めのブルーグレーのガラスを、すでに外したレンズを参考にし、魔力を入れて形を変えていく。ガラスの形を整えると、作業皿の上にそろえた。

 銀色の魔封箱をそっと開けると、虹色の妖精結晶の粉が、きらきらとまたたいて光っていた。まるで粉の一粒一粒が生きているようだ。

 水晶のビーカーに妖精結晶の粉を入れ、上からゆっくりと青い薬液を注ぐと、右手の人差し指から魔力を入れつつ、左手のガラス棒で混ぜ合わせる。

 一枚のレンズの上に、混ぜた液体を半分だけのせ、さらに指先から魔力を入れていく。

 すると、液体は触れてはいないのに、ゆっくりと波打ちはじめた。

 ダリヤは人差し指を液体に向け、その魔力で、妖精結晶の無数にある輝きの向きをそろえようとする。片面だけにしないと、両面に認識阻害がかかり、眼鏡としては使えなくなってしまうからだ。

 妖精結晶はまさに自由な妖精のように予測がつかず、いくつもの光が無秩序にきらめいている。

 まるで子供に遊ばれているように制御できない。それでも、ただ必死に魔力を流し続ける。

 しばらくすると、液体は根負けしたように、じりじりとレンズの中央に集まりはじめた。

 その動きはまるで、キラキラと光る虹色のスライムのようだ。


 魔導具の魔法付与には、いくつかパターンがある。

 最も多いのは、強い魔力で一気に対象物に付与する方法だ。

 短時間で、強い魔力を行き渡らせることができる。強い属性魔法を持つ者が、魔石に魔力を入れ込む場合にも使われることが多い。

 ただし、魔力によって魔導具を壊す恐れがあるので、繊細さを必要とするものには使えない。

 次に、魔力の定量をあらかじめ決め、それを付与する方法がある。

 この魔導具ではこのぐらいの魔力が必要ということを把握し、自分の魔力でどのぐらいになるかを何度か確かめ、その定量を入れる。大量生産向きであり、無駄が少ないため、多くの魔導具で使われる方法である。

 少々悔しくはあるが、これに関しては自分よりトビアスがはるかにうまかった。

 そして、もう一つ、目的の魔法付与をするために、魔力を与えながら、魔導具と素材の変化に合わせていく方法がある。

 こちらは少なめの魔力を継続して付与していくものだが、根気と共に、素材を観察し続ける目がいる。

 ダリヤが得意とし、今、行っているのがこれだ。


『素材と話しながら魔法付与を行え』そう教えてくれたのは父だった。

 一定の魔力を、素材が希望すると思えるところへ、場所と角度を変えてひたすらに与えていく。

 キラキラと光る方へ指先で少し魔力を足せば、反対側が我もよこせとばかりに光りだす。そのまたたきの忙しさに、今にも酔いそうだ。

 気がつけばダリヤには、虹色の光の中、半透明の妖精の輪郭だけが見えていた。

 それはダリヤが初めて見る、素材の幻影だった。

 不意に、父の言葉がよみがえる。

『魔導具を作っているとき、まれに、その魔導具自体や、素材とわかり合えることがある』

 そのときは意味がわからなかったが、今がそうなのかもしれない。


『何ヲ願ウノ?』

 顔は見えないが、妖精の鈴のような声が、頭の中にじかに響く。ダリヤは慌てて答えた。

『彼のために、彼の目を目立たなくしてあげてほしい』

、アナタガ、願ウノ? れいナノニ、隠スノ?』

 ひどく不思議そうな声で問われ、ダリヤは考える。

 かわいそうだから、目立たなくしてあげたい、それは自分のごうまんかもしれない。

 では、自分の願いとは、なんだろう?

 欲望の視線から、悪意ある視線から、彼が傷つくような視線から、守りたい。

 ヴォルフに笑顔でいてほしい。自分が、彼に傷ついてほしくはない。


『ヴォルフが笑顔でいられるよう、人の目から守って。私が、彼に傷ついてほしくない』

 そう伝えると、楽しげな笑い声と共に、妖精の羽が震えた。

『守ッテアゲル! アナタガ虹ヘ、送ッテクレルナラ』

『虹? 私は、どうすればいいの?』

 自分の問いに答えはなく、頭に流れ込んできたイメージは、妖精の『死』だった。

 犬系の魔物に捕まりかけて逃げたものの、力尽きて地面に落ちる小さな体。目の前にある虹の向こう側に必死に渡ろうとするが、羽も体もぼろぼろで飛ぶことができない。

 イメージだとわかっているのに、ダリヤは思わず手を伸ばした。

「ぐっ!」

 ずるり、伸ばした右手を通し、体内から一気に魔力をもっていかれたのが本能でわかった。

 こみあげる吐き気と不快感を押さえつけ、ダリヤは奥歯をきつくんで、それに耐える。

 こめかみから一気に汗が流れ、あごでまとまって、ぽたぽたと落ちた。

「ダリヤ! 一度休んだ方が……」

「静かに!」

 短い言葉をヴォルフに返し、またレンズに魔力を流し続ける。


 いつの間にか、妖精は目の前から消えていた。

 虹の粉を飲み込んだスライムのような粘体は、レンズの中央でふるふると震え、完全な球体になった。

 もしや、失敗して破裂するのか──そう慌てたとき、なぜか、後ろに父の気配を感じた。絶対にいるはずがないとわかっているのに、ついそちらに視線を向けたくなる。

 その迷いを振りきって、レンズだけを見た。

 レンズの上、笑うとくしゃりとしわの多くなる父の顔が、くっきりと思い出せた。


 粘体は、たくさんの花びらを開かせるように、中心からするすると光を伸ばした。

 まるで虹色のダリヤを思わせる花が、レンズの上に美しく咲いた。

 花が満開となった瞬間、ひどくまぶしく光り、思わず目を閉じる。

 ようやく目を開けると、自分の手にはレンズだけが残っていた。

 レンズに魔力を当て、もう入らないことを確認すると、ダリヤは即座にもう一枚のレンズを手にした。

 ヴォルフがテーブルをはさんでひどく心配そうにしているのも、目に入らなかった。

 集中力が続くうち、今のことができるのかを試さなければ、二度と同じことはできなくなるかもしれない。ここまできて、まぐれで終わるのは絶対に嫌だ。

 二枚目の作業では、先ほどの妖精はもう出てこなかった。

 しかし、こちらも簡単にはいかない。

 さっきの粘体よりも、やや粘度の少ない液体がずるずると動く。

 同じことを願いながら必死に魔力を通していると、あの無理に魔力を引きずり出される感覚がまたあった。幸い、覚悟をしていたせいか、前よりはだいぶましである。

 粘体は、やがて中央に集まり、二度目の美しい虹色の花を咲かせて消えた。

 これでようやく二枚のレンズがそろった。眼鏡に両方のレンズを組み込み、ネジ止めをする。

 霧吹きで水をかけ、丁寧に布でぬぐいとると、ようやくヴォルフに手渡した。


「ヴォルフ、つけてみてください」

 青年は差し出された眼鏡をかけ、周囲を見渡す。

 ほんの少しだけ視界に青みはつくが、気にならない程度のはずだ。

「ああ、はっきり見えるし、まぶしくないよ」

「では、横にある鏡を見てください。妖精結晶で認識阻害を付与しましたので、『おかしい』はずです」

「……これって……?」

 鏡の向こう、わずかにブルーグレーの入ったレンズの眼鏡をかけた、緑色の目の青年がいる。

 ヴォルフの目ではあるような気もするが、イメージがまるで違う。

 もっと落ち着いた、やわらかでおだやかな感じの目。街のどこにいてもおかしくないような、そんな目だった。

 そして、顔を横に傾け、さらに驚く。横から見ても、目は金ではなく、緑だ。

 しかも鏡で見ているのと同じ、やさしく落ち着いた感じの目のままだった。

 顔自体は確かにヴォルフなのだが、別の人間でもあるような、不思議なほど目立たない顔がそこにあった。

「申し訳ないのですが、レンズにうちの父のイメージが少し入っています」

 魔法付与中に父を思い出してしまうとは、予想外だった。

 でも、カルロの少し下がったやわらかな目のイメージが、意外なところで役に立った。

 こういったことで使ってしまい、喜ばれるのか悲しまれるのかわからないが、今度、お墓にお酒を持っていくので、どうか許してほしい。


「そのままで、前髪を全部下ろしてください」

「あ、ああ」

 目の前の青年は、まだぼうぜんとしている。理解が追いついていないらしい。

 それでも、素直に前髪を下ろし、鏡をじっと見つめている。

「それなりに目立たなくなりますし、知っている人はヴォルフだとわかると思いますが、目の強い印象はなくなるはずです。あの、それだと、フードなしで街を歩けないでしょうか?」

 美形度は二段ぐらい隠れたが、黒髪の美しさや顔の輪郭、長身そうは隠しようがない。しかし、それはあえて黙っておこうと思う。

「……ああ、歩けると思う」

 片手で口を押さえ、もう片手で我が身を抱いているヴォルフがいる。

 肩の震えは笑っているのか、目に涙はないから泣いてはいないと思うが、混乱だろうか──少し心配しつつ、ダリヤはそのまま待った。

「……ありがとう」

 深く下げられた頭は、上げられることはなく、言葉だけが続いた。

「これを正当な価格で、俺に売ってほしい。いくらでもかまわない」

「いえ、それは試作品なので、次から買ってください。あと、頭を上げてください!」

「試作品でも俺のための魔導具だ、お願いだから支払わせてほしい」

「いえ、使ったのも、以前に失敗した残りの粉なので!」

「もし、新しく作るなら、いくらかかる?」

 ようやく頭を上げたヴォルフに、ダリヤは慌てて告げる。

「ええとですね、元の眼鏡とガラス、加工賃で大銀貨は三枚ほどでしょうか。ただ、妖精結晶がですね……すみません、スプーン一杯のもので金貨三枚ほどします。それで、眼鏡二本分にはなると思います。ただ、妖精結晶自体、あまり手に入るものではないので、探さなくてはいけませんが……」

「わかった。今かけているものの分として、金貨三枚と大銀貨三枚を支払う」

「いえ、繰り返しますが、それは試作品です。でも、眼鏡は壊れることもあるので、もう一本ある方がいいですか?」

「あればうれしいとは思う。でも、あんなに大変なんだ、君にもう無理はしてほしくないよ」

 自分を心配そうに見つめる緑の目が、なんだか不思議だ。

 ヴォルフではあるのだが、つい父も思い出してしまい、微妙な気分になる。

 だからこそ、目の前の友人に向けて、ダリヤはきっぱりと宣言する。

「間違っていますよ、ヴォルフ。魔導具師は魔導具を作るのが仕事です。一度目より二度目、二度目より三度目が、より上手に、楽にできるんです」


 正直、今回の魔法付与は、今まででも上位三番に入る辛さだった。

 だが、それがなんだというのだ。

 魔導具師として、友人を守れるものを作れるならば上等だ。二本でも三本でも作ってみせようではないか。


「ヴォルフ、魔物の討伐だってそうじゃないですか? 最初の討伐はなかなかうまくいかなくても、同じ魔物であれば、二度目は弱点がわかったりしませんか?」

 何を比較に出していいのかわからないので、とりあえず、仕事を引き合いに出してみた。

「それは、確かにあるけれど、あんなに辛そうなのは……」

「私は失敗しても気絶するだけです。魔物討伐のように命がけではないんです。本当に心配しないでください」

 魔力がおそらくカラに近く、膝がかなりがくがくしているが、それに気づかれないよう、勢いをつけて立ち上がった。

「成功したんです、乾杯しましょう!」

「ああ」

 ヴォルフが二つのグラスに赤ワインを注ぎ、本日何度目かの乾杯となった。

 乾ききった喉に、甘めの赤ワインはとてもおいしかった。つい、一回でグラスを空にしてしまう。


「あ! うっかりしていました……これって、王城や兵舎には持ち込めますか?」

 ダリヤはつい声をあげてしまった。

 今さらだが、この持ち込みはまずいのではないかと思う。一歩間違うと、王城で変装し放題ではないか。

「大丈夫。王城に入るときに鑑定と登録が必要だけれど、これなら持ち込めると思う。王城内では外す形かな。門の出入りのときはどのみち必ず本人確認が入るし。高位貴族は出歩くのにやっぱり変装が必要なことは多いから。あと、魔物の呪いを受けて、認識阻害の腕輪なんかで隠している人もそれなりにいるし」

「あの、それは私が聞いてよかったことなんでしょうか?」

 心配になって聞き返した自分に、ヴォルフと父を合わせたその顔が、不思議そうに尋ねる。

「魔物の呪いは王城だけじゃなくて冒険者でも時々あるよ。聞いたことはない?」

「ええ、初めて聞きました。実際にどんなのものがあるのか、聞いてもいいでしょうか?」

「魔物を斬った腕にウロコが出るとか、体の一部に火傷やけどの痕のように魔力痕が残るとかかな。神殿で治せるものと治せないものがあるし、解呪はそれなりに高いから、お金がまるまで認識阻害のアクセサリーをすることもあるよ」

「まったく知りませんでした……」

 それならば、やはり認識阻害のアクセサリーは欲しいだろう。

 その呪いというのが、魔物の命がけのふくしゅうによるものなのか、なんらかの条件付けなのかも、ちょっと気になるところではある。


「そういった腕輪で、ヴォルフの顔の認識阻害はできなかったんですか?」

「腕輪で目の認識阻害は聞いたことがない。眼鏡に認識阻害というのはあるかもしれないけど、魔導具としての販売品ではまだ出回っていない。ちょうほう部になら、もしかするとあるかもしれないけど」

「……私が作ったことは内緒にしてもらえますか?」

「ああ、絶対に約束する。家つながりで手に入れたと言っておくよ」

 目の前でうなずく男を、ダリヤはじっと見つめる。

 その顔を見ると、どうにもうずうずとした感覚が、胸の奥からわき上がって仕方がない。

「すみません……申し訳ないのですが、塔でお酒を飲むときだけは外してもらえないでしょうか?」

「やっぱり、見慣れない感じがする?」

「その……父を思い出すのか、今、ものすごく、お酒の飲みすぎを止めたい心境にかられています」

「わかった。塔では外すよ」

 眼鏡を外し、もう何度目になるのかわからない乾杯をする。

 遮るもののない黄金の目は、ひどく楽しげにダリヤを見つめ続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る