5-3、

「岩切さんっ! 引越トラックの行き先がわかりましたぜ」


 教育委員会メンバーが地元に引き上げ、二日目のこと。


 若手メンバーの一人が、オフィス内で大声を上げた。


「おう。わかったか」

「はい。引越トラックが妙なところで停止して、二〇分程滞在した後、再び移動し始めました」


 PC上に表示されているログを指差し、岩切に示す。


「引越会社の営業所ではないんだな」

「違います。ホテルや高速道路のサービスエリアでもないです。コンビニなどの商業施設でもない。ただの民家です。多分、件のブツを下ろしたんでしょう」

「ほう。住所は?」

「◯◯市△△町。住宅街の中です」

「東京郊外か……」


 岩切は咥えタバコで、若手を追い払い、デスクトップPCを操作する。GPSアプリの示す住所をコピーすると、マップアプリを起動してその住所をペーストし、ストリートビューで現地を確認する。


 すぐに、ちょっと古めの戸建て住宅写真が表示された。


「ここか」


 煙を盛大に吐き出しつつ、岩切は頷く。


「よし。黒木と……木村、お前ら二人は留守番。後方支援だ。黒木は今すぐ法務局に行って、この住所の登記簿を調べろ。謄本を取得したら、全部文字起こししてオレにメールを送れ」

「了解っ」

「それ以外は、急いで帰宅し出張の準備をしろ。着替えは一応、一週間分揃えとけ。そして二時間後、ここに集合。東京へ向かう」

「「「「了解っ!」」」」

「木村。お前は羽田行きの飛行機チケットを五人分、予約しろ。空港到着が今から……三時間後として、それ以降に出発する便だ。急げ!」

「了解っ」


 皆、一斉に行動を開始した。


 二時間後、めいめい出張荷物を抱えたメンバーがオフィスに揃うと、急いで地元空港へ移動。すぐさま搭乗手続きを済ませると、東京羽田へと飛んだ。


「今回は比較的、経費を潤沢に使える」


 畿内にて岩切は、メンバー四人を見渡しつつ言う。


 ちなみに機内は全面禁煙なので、岩切は珍しくタバコを咥えていない。その代わり口の中には、抜かり無く嗅ぎタバコが収まっている。いつ何時なんどきたりとも、岩切のニコチン摂取体制に死角はない。


 それが、デキるオトコってもんだ、と密かに自認する岩切である。


「やったぁ。経費に余裕があるんなら、今晩ホテルでペイチャンネル視てもいいですか? 経費で落ちますよね」

「馬鹿野郎っ!!」


 そんなものは自腹だ、と岩切は一喝する。


「経費が潤沢ってことは、それだけスポンサーが必死だという証拠だ。失敗は許されん。お前ら全員、心してかかれ!」

「「「「了解っ!」」」」


 威勢よく返事するメンバーを見渡すと、岩切はポケットからスマート端末を取り出す。そして機内Wi-Fiに接続し、都内のビジネスホテルを予約し始めた。


「なんだよこりゃ。ビジホの癖に、エラい値段が高いじゃねーか。どういうことだ?」

「ん?」

「ちょっと便利な場所だと、軒並み一万円超えだ。こりゃビジホの値段じゃねえぞ。どうなってんだ?」

「ああ、そりゃそうですよ。外国人観光客が急増してるらしいですからね」

「まぢかよ。……ったく、面倒臭ぇ。観光ったって、シーズンオフじゃねーか。幾ら経費に余裕があるっつーても、限度があるんだぞ」


 ブツブツ文句を言いながら、岩切は老眼を細めつつスマート端末を操作し、都内某所に喫煙シングル一つと禁煙ダブルを二つ、予約した。


「よし、OKっと。ヤロー共、いよいよ明日、現地に乗り込むぞ。心しろ!」

「「「「了解っ!」」」」


 気炎を上げる五人だが、彼らは気付いていない。


 その頃、地元農村に居る金作に、彼らの行動は筒抜けだった。金作が黒木と岩切に渡した名刺には、GPSチップが組み込まれていたのである。


 岩切ら教育委員会メンバーが縄文文書ブツの持ち込み先を捕捉しており、本日一斉に東京近郊へと向かった事を、把握している。奇しくも岩切が使用したのと同じ、GPSアプリで。……


「わははは。順調順調」

「わふっ」


 ソファーの傍らで、金作に反応する備蓄食糧・まんぷく丸。その頭を満足げに撫でる金作。


 金作はテーブル上のスマート端末を取り上げると、電話をかけた。


「こんばんは。先日予約した玉澄ですが……。はい、いよいよ明日、輸送をお願いします。ブツは約百キロの箱、二〇個。全部貴重品なんで、丁寧に扱って下さい。はいはい、スタッフ数多めで迅速に。……はあ、明日の午前一一時ですね。よろしくお願いします」


 電話を切ると、今度は三人に同報メールを送る。


 ――プランM2、始動。ここまで全て順調、読み通り。


 岩切ら教育委員会が東京へと移動した翌日、つまり金作らがプランM2へと移行した翌日。――


 岩切らにとって、想定外の事態が生じた。


 彼ら五人は、ターゲットたる住所へと赴いた。これは昨晩、地元に留守番として残した黒木からメールが届き、玉澄金作の亡き両親宅と判明している。登記簿情報によれば、現在は一人息子たる金作の名義になっているという。


 電車を乗り継いで現地へと辿り着いた、その瞬間。


「おいっ。まさか……」


 とある引越会社――地元から東京へとブツを運搬したのとは別の業者――が、岩切らをあざ笑うかのように走り去った。


 全員、出張中の身である。追跡しようにも車がない。


「畜生っ! 出し抜かれた!」


 タバコを地面に投げつけ、岩切は表情を歪めた。数秒、何かを考え込むと、徐ろにポケットからスマート端末を取り出し、どこかへ電話をかける。


「岩切です。玉澄金作にヤラレました。……はい、ブツを運び込んだと思われる、東京近郊のヤツの持ち家に辿り着いたんですけどね。我々が辿り着いた途端、別の引越会社がブツを運び去りました。……はい、引越会社もそれぞれ、コンプライアンスってのがあるんですよ。なので我々が表立って、顧客情報だとか依頼情報を聞き出せないんですわ。恐れ入りますが、“白フンドシ引越会社”のトラック三二八四が、現在どちらへ荷物を運搬しているか調査願います。……ええ、そちらの諜報部署のお力をなにとぞ。はいはい、よろしくお願いします」


 そう言って電話を切る、岩切。


 地面に投げつけたタバコが、いまだ細い煙を上げていた。彼はそれを足で、乱暴にもみ消した。

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