五、

5-1、

「そうですか……。金作さん、まだ戻られていないんですね」


 いつもの二人組である。


 いや、もう一人、増えていた。二人の上司らしき、岩切と書かれたネームプレートを付けた、妙にヤニ臭い男である。


「はあ。いつも言っていますけど、まだ帰国してないですよ。帰って来たら連絡入れると伝えてますよね」

「なるほど」


 迷惑顔でそう言う金作に、岩切は大きく頷く。


「分かりました。いや実は、金作さんが法律違反を犯している可能性があるんですよ。そこで、ちょっと調査をさせて頂きたいんですが」

「知りませんよ。オレはただの留守番ですからね」


 すっとぼける、金作。


「いや、実はタレコミがありましてねえ。貴方が金作さんご本人なんでしょ!?」

「さあ……。どうでしょうね」

「いや、調べはついています。今日こそちゃんと、調査させて頂きますよ」

「ん!? 令状でもあるんですか?」


 少し後ろに控えるいつものポンコツ二人組と違い、少々手強い相手だと察した金作。機先を制して揺さぶりをかけた。


「私達は、警察じゃないですからねえ。令状なんてありませんよ。任意で調査に応じて頂きましょう。古いモノが出土したら、それは文化財保護法という法律の保護対象となるんです。だからちゃんと、我々に連絡して貰わなきゃいけないんですよ。発見者が勝手に扱うのは違法行為に該当するんです」


 岩切は言葉こそ比較的丁寧だが、いわゆる慇懃無礼といった態度である。金作を素人とみて、ナメているのだろう。


(チョロっと脅しをかければ、簡単に言う事聞くじゃろうと思うちょるんじゃろな)


 そんな思考などおくびにも出さず、金作はすっとぼけ続ける。


「知りませんよ。……まあ、確かに面白いモンが出てきましたけど、ちゃんと専門家が調査してます。貴方達の手を煩わせる必要はありませんね」

「専門家?」

「ジョーズポコチ◯ズ大学の古代史の専門家で、東洋史の調査顧問って肩書を持ったヤツです。オレの友人なんですけど」

「ん? ……ああ、ジョンズ・ホプキンズ大学ですかね。いや、でもダメですよ。ちゃんと調査の届け出をしてからじゃないと」

「いやいや。下手に届け出ると、成果を貴方達に隠蔽される恐れがあるんでね」


 涼しい顔で、金作はそう言ってのけた。


「はぁ!? 誰が隠蔽など……」

「その可能性があるんでね。ありきたりの出土品じゃあないんで」

「それなら尚更、文化財の隠匿ってことで、刑法犯扱いになりますよ」


 なおも脅しにかかる岩切を制し、金作はニヤリと笑う。


「まあ、そういうわけで、話は平行線だ。もう帰ってくれ。次はちゃんと令状持って来いよ」

「な、何だと!!」

「アンタら既に、不法侵入の前科があるわけだし、何なら今すぐ警察呼ぼうか?」


 背後の二人が、あちゃあ、といった顔をする。電気ショックを食らい逃げ帰った件、バレていないとでも思っていたのか。


 金作は二人の方に目を遣り、


「ちゃんと証拠映像が残ってるよ」


 と言い放つ。三人は所詮、公務員だ。案外、法をタテにした脅しには弱い。


「分かりました。今日のところは大人しく引き上げましょう。ですが、また来ますよ」


 苦々しげな表情で、岩切は踵を返した。後ろの二人も慌ててその後に続く。


「ふう……」


 金作はひとつ溜息をつき、玄関の扉を閉めると、短パンのポケットからスマートフォンを取り出した。


 ――プランM1、開始。笙歌は早速、予定通り動いてくれ。


 他の四人に同報メールを送信。さらに、どこかへ電話をかける。


「先日予約した玉澄ですが……。はい、いよいよ明後日、輸送をお願いします。ブツは約百キロの箱、二〇個。全部貴重品なんで、丁寧に扱って下さい。はいはい、スタッフ数多めで迅速に。……はあ、明後日の午前一〇時ですね。無理言って済みません。素早い対応、ありがとうございます」


 プチっと通話終了ボタンを押すと、ニヤリと笑った。


 一方。――


 教育委員会の職員三人は、何もすんなり金作宅から引き上げたわけではない。岩切の指示で、金作宅の監視を始めていた。


 応援を呼び寄せ、二人ペアで八時間ずつ、三交代で二四時間張り込みを行う。


「連中、ブツをどっかに持ち出して隠匿する可能性がある」


 ボスの岩切は、そう読んだ。


「タマキン宅の、ヒトの出入りと動きを監視しろ」


 こうして教育委員会職員による、素人張り込みが為されたわけだが、当然、金作にはバレバレである。田舎の農村ゆえ、大して身を隠す場所もない。周囲の住民も、


 ――見慣れん顔だな。何事ぞ?


 と怪訝そうな顔をしつつ、職員達の前を通り過ぎる。そんな様子が金作宅の窓から丸見えだ。


(よしよし……)


 ほくそ笑む、金作。


 事態が動き出したのは、連中が張り込みを始めてから二日後である。金作宅の敷地内に、大手引越会社のトラックが止まった。


 トラックは敷地内、母屋の玄関の真ん前に、後部を向けて停められた。


「岩切さんっ! 玉澄金作宅に、動きがあります。はい、今、引越のトラックが来て、ブツの積み込みが始まってます。早く来て下さいっ!」


 張り込み中の職員が、慌てて電話で連絡。程なく、岩切が高級ワンボックス車で駆けつけた。トラックは丁度、積み込み作業を完了し、スタッフを乗せて走り去ったタイミングである。


「おっし、ギリギリ間に合ったな。よし二人共、車に乗れ!」

「了解っ!」


 二人は慌てて岩切の車に乗り込むと、岩切はアクセルを乱暴に踏み込み引越トラックを追いかける。


(わははは……)


 母屋の窓から、その様子を確認しほくそ笑む、金作。


(堂々と大っぴらに、しかし作業は迅速に……)

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