第10話 準備。ここが
「うぅっ……ごべん……」
マイル姉さんが落ち着くまで待っていると、少しだけ落ち着いた姉さんが謝ってきた。
な、なんだ? どうしたんだ?
「ごめんって?」
「ヴェイルにキツく当たっちゃった……」
「別に怒ってないから。だから泣くなって」
俺がマイル姉さんの背中をさすると、また少しだけ大粒の涙を流しながらマイル姉さんが答えてくれた。
昔から姉さんは泣き虫だったけど、これだけ派手に泣くのは久しぶりだな。
「でも……」
「どうしたんだよ姉さん、らしくない。それにそもそもなんで機嫌が悪かったんだ?」
昨日から機嫌が悪かったりなにか様子が変だった。俺が気になっていたことを聞くと、姉さんは少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「居なくなると思ったから……」
「え?」
「だから! 貴族様に仕えることになって居なくなっちゃうと思ったの!」
「お、俺が!? 俺は貴族様になんて仕えないよ!」
「し、知ってるわよ……!」
マイル姉さんが顔を真赤にしながら怒っている。
さっきまで泣いてたのにもう怒ってるよ……喜怒哀楽ぶっ壊れてるよ……。
その後詳しく姉さんに聞いてみると、こういう思考だったらしい。
貴族様に呼ばれて無事に帰ってきた→仲は良好。
そもそもアインさんが凄く人当たりが良かった→良い話。
帰ってきた時の服が質の良いものになってた→プレゼント。
仲は良好+良い話+プレゼント→何かを見込まれて雇用。
って感じらしい。
貴族様に雇用されるということは、住み込みで働くことになり滅多に家には帰れない。更には様々な誓約を背負うことになる。
マイル姉さんは学園に通ってるし、貴族との繋がりも少なからずある。そして俺が貴族様に仕えるとなると、貴族同士のしがらみもありあんまり会えなくなる。なんならほとんど会えなくなる。
みたいな思考を1人でグルグルと巡らせていたみたいだ。
姉さんブラコンの気質あるもんなぁ……。
「姉さん、俺は貴族様に仕えないよ。ただ一緒に学園に行くだけだから。というか寧ろ姉さんと一緒の学園に行くんだからもっと会えるじゃん」
「そ、そうよね。なら良いわ……」
さっきまで怒ったり泣いてたのが嘘みたいに喜んでいる。まぁ何だかんだ嬉しそうだから良いか。
あ、あれ言っとかないと。
「俺がエンシェントテイマーって事を俺達家族以外に言ったら、ブルノイル公爵家から罰せられるらしいから気をつけてね」
「「「「えっ?」」」」
俺の爆弾発言に、家族全員が阿鼻叫喚に包まれるのだった。
数日後。
自身に起こった出来事もようやく整理がつき、かつての日常と変わらない日々を過ごしている。変わったことと言えば俺が4月から学園に行くことになったということだけ。
いや、だけじゃないか。その影響が大きすぎるな。
まず学園に行くに当たって必要な物を羅列していき、足りていない物を揃えた。あ、学園は絶対に受かるっていう体で考えてる。いやね、合格しないと……ね?
・費用(受験料・入学費・年間の学費・教材費等々)
・入学後に着る普段着
・寮暮らしに必要な物
とまぁ相当大雑把に分類してみたが、何を揃えるにしろ結局足りないのは金だった。
受験料だけで俺達みたいな貧乏寄りの平民一家が何年か暮らせるだけの金がかかる。それに年間の学費に教材代、寮暮らしにかかるお金とか食事代等の日常生活費用も……ってなると相当な金額だ。
平民が学園に入るのがどれだけ大変なことだか分かるだろう。
そして何より大事なのが自分の職業について理解を深めておくことだ。
学園は戦闘系のみでなく生産系や研究系の職業も多く入学させている。これはよく王都で行われている様々なイベントに学園の生徒が参加しているから周知の事実だ。
つまりは有能ならどんな職業でも来るもの拒まずということだ。噂では魔族系の職業持ちですら入学できるというのだから、相当手広く門を開いていると見て間違いないだろう。
入学基準に人種差別なんてものは無い。入学した後はどうだかって感じだが。
「テイマー、テイマーかぁ……」
俺はエンシェントテイマーではなくテイマーということにして入学しなければならない。王族の一部には伝えるとノワは言っていたが、王族の『一部』という発言からして試験官には伝えられないのだろう。試験官が王族よりも重鎮なわけ無いしな。というかそんな存在いないか。
ということは、俺は超不遇職のテイマーというレッテルを貼られた状態で入学試験を受けなければならないという事だ。スタートララインが他の生徒よりも低くなるわけだな。
ていうか1月に職業を得て、3月頭に試験、3月中旬に合否発表、4月1日に入学……って流石に時間なさすぎないか? どれだけ詰めるんだよ。準備時間足らねぇよ……!
なんて愚痴を漏らす時間もなく、俺には合格という道以外存在しないため、早速入学試験に向けて準備を開始した。
◆◆ ◆◆
「ここに来るのも久しぶりだな」
俺は眼の前にある大きな建物を見上げながら呟いた。
その建物の名前は冒険者ギルドスレイン王国王都支部。3階建ての木造ながらも、白青緑の染料を用いられて鮮やかな様相を呈している。
一発で重要な建物だと分かるほどには豪華であり、使われている木材も危険地帯の超高級資材だそうで、木造とは思えない堅牢さを誇っているらしい。
「おいどけ。入口に突っ立ってんなよクソガキが」
「あっすみません」
俺が入口の前に突っ立ってたのが悪いのだが、ガラの悪い冒険者に突き飛ばされてしまう。あの冒険者にとっては軽くなのかもしれないが、まだまだ子供で肉体的な職業恩恵も少ない非力な俺では相当な衝撃だった。
やっぱり父さんと来たほうが良かったか? いや、俺はもう後数ヶ月で学園に入学するんだ。なんでもかんでも父さんに頼ってばかりじゃいられないな。
そう意気込み、意を決して冒険者ギルドの中に入る。
冒険者ギルドの中は非常に賑わっており、左半分が酒場、右半分が依頼の受付や受注、冒険者が冒険前に準備をするための場所となっているようだった。
「改めて見てみると効率良く作られてるんだな~」
依頼を受ける受付やボードは一番端っこで、酔っ払いが一番絡みにくい所にあるし、その依頼受注受付の隣には道具屋(?)や鍛冶屋(?)があって、依頼完了受付の隣に解体所や買い取り所がある。効率を考えられていそうな配置だ。
とまぁ色々と建物内を物色し、目的の場所を探す。
うーん、見当たらない! 仕方ないか、適当な受付嬢さんに聞こう。
今日は全くもって依頼を受ける気はないのだが、目的の場所が見つからないので受付嬢のもとに行く。出来るだけ酒場の近くには寄りたくないので依頼受付の方だ。
「すみません」
「はーい、あらまだ若いわね。今日は何の依頼を受けに来たのかしら?」
受付嬢さんは非常に若く、俺と大して離れていないように見えた。所作も明確に綺麗で、ボーっとするとこのお姉さんから意識を離せなくなってしまいそうになる。それほどまでに魅力的な人だ。
「あの、依頼を受けに来たんじゃないんですけど、探してる場所が見つからなくて聞きに来ました」
「あらあら~まだ学園にも入ってなさそうな見た目なのに随分丁寧ね、良いわよ何処を探しているのかしら?」
「資料室です」
「そう、資料室ね。お姉さんが一緒について行ってあげる」
「え? いやいやそこまでして貰わなくても大丈夫ですよ! お姉さんの仕事は良いんですか?」
「良いのよ良いのよ受付なんて。ただの暇つぶしでやってただけだもの」
「えぇ……」
堂々たるサボり宣言に少し引いてると、お姉さんはこっちよと言って歩きだしてしまった。
これはもうサボり確定みたいなので、俺も巻き込まれてギルドの偉い人に怒られませんように、と願いながらお姉さんについて行った。
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