第6話 恐ろしイルカ

「相変わらずだなお前達は!」

「まあ、これくらいしかできることは無いからね」


 父さんが仕事から帰って来たので晩御飯を食べながら先ほどの話をしていた。

 もう十年はこういうことを繰り返しているので、父さんは鼻が高いと笑う。

 強いということはこの世界でかなり有利に働くから、村の防衛に関して役に立てているというのはでかい。


「レンのおかげで村は平和だし、私もご近所さんに自慢できるわ。でも、フリンクの噂を聞きつけたとかで村を訪れる人が居ないのは今だに不思議よね」

「……」

『……』


 母さんの言葉を聞いて、俺とフリンクは黙ってアジフライを口にする。これには訳があって、この村がある一定の範囲内から外に出るとフリンクのことが記憶から消えるという結界を張っているのだ。

 だから商人なんかが訪れてフリンクを見たとしても、町に帰るとすっかり頭から消えているというシステムになっていたりする。

 これは村人でも例外はなく、結界の外へ出るとフリンクのことは忘れるのだ。


 フリンクは『別にいいじゃんー』と可愛い声で抗議してきたが、できるならと俺が封印させた。

 ちなみにこれはイルカアローの超音波を応用したもので、村の外に出る際、脳を揺らしてフリンクの記憶だけを消す高度な技術だったりする。

 ちょっと加減を間違うと記憶が全部消えそうだけど、今のところミスったことは無い。


「ごちそうさま。明日も畑仕事があるし、そろそろ寝るよ」

「すぐ寝ると太るぞ?」

「大丈夫だって。仕事をしているし」

『僕はもうちょっと起きているよ』


 食器を片付けてから俺は部屋に戻る。フリンクはまだリビングで母さん達を話をするらしい。

 お互い部屋は別々にある(なんか俺が生まれた時に増築した)ので一人で部屋に戻っても後で睡眠を邪魔されることはないのだ。

 よく潜り込んでくるけど。


 そんな感じで毎日を過ごしている。

 あまり変わり映えしない日常だけど、日本にいる時も仕事と自宅の往復ばかりだったし実はそんなに苦労していない。

 トイレも使いやすいようにしたし、ゲームとかが無いのが惜しい程度。

 無けりゃそれはそれで慣れるし、ガキどもと遊ぶこともあるから暇はしないんだよな。


「ふあ……そろそろ寝るか……明日はなにをしようかな――」


 睡魔に襲われて明日の予定を考えながら落ちるように眠りについた。

 

 ――だが、予定は考える必要は無かった。


◆ ◇ ◆


「うおおおおい! レン、フリンク、起きてくれ!!」

「……!?」


 ――早朝、けたたましくドアと叩く音と大声で無理やり意識を覚醒させられた。


「なんだ?」

『あふあ……なあに?』


 俺が部屋を出るのと同時にフリンクも部屋から出て来た。ドアノブなんてない押すか引くかというものなのでヒレで十分対応できる。

 それはともかくさっきの声は村長さんか?


「朝早くからどうしました?」

「おお! レン! 話は移動しながらで頼む! ひとまず装備を整えて来てくれ!」

「装備……わかりました」


 装備を要求するということは魔物関連か? 俺は部屋に駆け込むと、寝ぼけ眼のフリンクとすれ違う。


『……村の近くで遠吠えが聴こえるね。多分、フォレストウルフかな』


 そのままフリンクは村長さんのところへ行き、俺は自室で装備を整えてから再び戻った。


『乗って!』

「おお、助かる……」

「それで?」


 フリンクは迷いなく尾を動かして前進を始めた。その間に事情を聞こうと尋ねておく。


「門番のケリィが村の近くまでフォレストウルフが来ていることを確認したらしい。恐らく状況確認の個体で、すぐに森の奥へ消えたそうだが、集団で向かってくるのではないかと」

「あり得るな。……もしかして」


 俺は昨日ガキどもを助けたことを思い出す。あの時、一頭は倒したが残り二頭は逃げ去った。なので仲間を引き連れて復讐しにきたのかもしれないな。


「心当たりがあるのか?」

「ええ、まあ。フリンク、とりあえず現場に急ごう」

『はーい』


 俺の言葉に速度を上げたフリンク。

 村にはかなり高い丸太でできた外壁があるので入ってこれないと思うけど、すり抜けて中へ入られると厄介だ。迅速に対応したい。


「お、ケリィだ」

「お! レンか! 助かるぜ! 門番だけじゃちょっと手に負えない数が居るっぽいんだこれが」

「イルカアロー……そのようだな、二十は潜伏している」

「そんなにか!?」


 友人の一人であるケリィが数を聞いて驚いていた。別に彼の実力が無いわけじゃない。狼魔物の群れ二十頭はちゃんと鍛えている人間でも五人は必要だ。

 範囲の魔法が使える魔法使いが居ればそこまで脅威じゃないけども。


「レンとフリンクが来ましたよー!」

「助かる! 朝早くから悪いな」

「自警団で手に負えないってことはないでしょうよ」

「まあな。それでも万が一を考えると居てくれた方がいい」


 自警団長のバリアットさんがそんなことを言いながら笑う。彼等も決して弱くないしプライドもある。けど、安全第一を掲げているので色々と考えてのことだ。


「グルルル……」

『おでましかなー?』

「みたいだな」


 開いている門の向こうでスッとフォレストウルフが姿を現した。昨日の二頭よりはるかに大きい。昨日のは柴の成犬より少し大きい程度だったけど、今ここに勢揃いしているのはその三倍くらいある。これが本来の大きさだ。


「よし、俺達が飛びだしたら門を閉めてくれ」

「はい!」


 バリアットさんの合図で俺もフリンクに乗って飛び出していく。

 門から五百メルほど離れたところから草むらや木々が生い茂る森になるのだが、俺達が飛び出した直後、あらゆるところからフォレストウルフが出てきた!

 なのですぐに自警団と交戦が始まった。


「散開しているな……! 的を絞らせないためか」

『そうだねー。だけど、まあ問題ないよ。周波数を合わせて……イルカアロー!』


 フリンクがふふんと鼻を鳴らした後、超音波を発した。ぐるりとその場で一回転しながら超音波を振り撒くと――


「ぎゃわわわ!?」

「ぎゃいん!?」

「くぅーん……」


 ――またたくまにフォレストウルフがシナシナになった。これは犬にしか聞こえない周波数で『不快な音』を出したからだ。


「弱まったぞ! 倒せ!」

「「「うおお!!」」」

「きゃいーん……!?」


 そんなこんなで八頭ほどが自警団の手にかかり命を落とした。残りはフラフラしながら森へと逃げていく。これであの集団はこの村に近づくことは無いだろう。


「ふう、あっさりだったな。流石はフリンクだ」

『えへへー』

「肉は食えないが毛皮はいいな。可哀想だが、こっちも仕事だからな」


 自警団たちは倒したフォレストウルフを抱えてから村へと戻る。一度苦い経験をした魔物は近づいて来なくなるから、逃がしても問題ない。

 昨日の個体は見えなかったが、大人たちが復讐に来たというところだろうか。

 残念だったが、自然は厳しいのである。


 とまあ、イレギュラーな対応だったがこういうことは別に珍しくない。

 こういうのも含めてスローライフを楽しんでいる。

 イヴァルリヴァイには感謝しているよ。


「ふあ……このまま畑仕事に行くか」

『手伝うよ!』


 そして今日も一日が始まる。


 ……のだが、今日は少し様子が違い――

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