チャリティパーティの準備 2


「初めまして。ミッシェル・ハーシーです。メリッサ、よろしくね」

 美しいハニーブロンドの美女だ。スタイルも抜群で、胸も大きい。圧倒的な陽のイメージを彼女は身にまとっている。基本、陰のものだという自覚があるメリッサにとっては眩しくも苦手な存在といえた。

「メリッサ・マキャベリです。よろしくお願いいたします。DV被害者救済プログラムにご参加くださいまして、感謝の念に堪えません」

 メリッサは恭しく礼をした。

「いいのよ、そんなに堅苦しくなくて。ビジネスではないんですから」

 ミッシェルがいうことも分かるが、やはり福祉事業と言っても各々の社会的地位に関わることだ。礼を失したくない。

「それにしてもパーティ嫌いのアルが顔を出すなんて、どういう風の吹き回し?」

 ミッシェルは可笑しそうにアルを見上げた。

「単に巡り合わせさ。それに休暇中だったし」

「休暇! あなたが! まあ、どういう変節なのかしら」

 本気でミッシェルは驚いていた。彼女と付き合っているときも休暇をとっていなかったのだろう。それでは破綻するに決まっている。

「メリッサのお陰さ」

 アルは笑顔で答えた。どう返せばいいのか、メリッサには分からない。それが恋人としてなのか、茶番劇を仕組んだからという意味なのか、それともただのリップサービスなのか、全く見当が付かなかった。

「そうなのネ~~ おめでとう~~」

 ミッシェルはアルを変節させるだけの力を持つ恋人としてメリッサを認めたらしい。

「苦労するわヨ~~ この仕事中毒ワーカホリックは」

「もちろん存じ上げております」

 氷の秘書の応対になってしまった。

「そっか。そうなんだネ」

 ミッシェルは全てを見透かしているようだ。しかしそれはどちらかと言えばメリッサを見てではなくアルの表情を見ての判断のようだ。誰が見ても幸せそうな笑みを浮かべるアルは、要するに誰から見てもわかりやすい。

「私じゃダメだったけど、そもそも私と彼とではちょうどいいくらいの巡り合わせしかなかったからネ。本物の運命には敵わない。あ、ごめんなさい。彼の横をとっちゃって」

 知ってはいたが、ミッシェルは素敵な女性だ。どうしてアルと一緒にならなかったのかメリッサには不思議に思える。10年前から自分に惹かれていたとアルは言っていた。しかしこんな、彼の身分から言えば適正ともいえるセレブリティな女性ともつきあっていた。彼女と破局したのは自分のことを諦められなかったからなのだろうか。いや、そんな都合のいいことがあるはずはない。きっと何かあったのだ。だからそんな考えは不遜だ、とメリッサは首を横に振る。

「そんなことはありませんよ」

 そう言いつつも、メリッサはアルの隣に立つ。

「明日は大勢呼んでくるから。それで、いっぱい寄付させるから!」

 そう言ってミッシェルはヒラヒラと小さく手を振って去って行った。

「相変わらず嵐のような女性だ」

「――素晴らしい女性ですね」

「君は、僕と彼女が一時期付き合っていたのを知っていると思うけど、今はぜんぜんそういうことはないからね」

 アルはメリッサの心中を察しているようだ。DV被害者救済プログラムの協力者の中でもミッシェルは大きなウエイトを占めている。だからこそ、仲良くやっていかなければならないことも分かる。それでも感情はついていかない。 

 邸宅の1階部分が業者によって次々に片付けられていく。広いスペースが作られ、テーブルが置かれていく。テーブルの上には白いテーブルクロスが置かれ、明日のパーティの準備が着々と進んでいく。奥では音響が運び込まれ、また、ネットで中継するとのことで、ビデオカメラのセッティングも進められていた。休暇を取らなければ、こういうDV被害者救済プログラムの現場を知ることもできなかったわけで、そう考えれば有意義でもあったな、と考えることもできる。ここまで揃うと、エマがわざと怪我した説も考えられなくもない。彼女はダメ押ししてくれる気なのだ。それでもミッシェルが来ているのは気がかりだ。ダメだな、自分は、とメリッサは嫉妬心が正常な判断能力を失わせていることを理解する。

「今夜はどうする? 会社にまた戻ることもないだろう?」

 アルが尋ねてきた。

「戻った方がいいかも」

「確かに。母さんがいるところではなんかしづらい……」

 アルは残念そうだ。

「でも、お母様のためにお泊まりするわ。ご不自由でいらっしゃいますから、なにかして差し上げられるかもしれないし」

「母さんの部屋からなるべく離れた部屋を用意させるよ」

 アルは今夜もメリッサを抱きたくて仕方がないらしい。嬉しくて恥ずかしいが、アルがいう通り、ちょっと気が引ける。

「そうしますわ。あとは気分次第ですが」

「昨夜だけなんて、イヤだからね」

「おかしい。子どもティーンの男の子みたい」

 メリッサが笑うとアルは眉をへの字にした。

「仕方ないだろう。まだまだ足りていないんだから」

 そんな風に気持ちを言葉にしてくれると、ミッシェルと一緒にいたことに対する嫉妬心が薄れていくのが分かる。それでもそれは決して消えない。ミッシェルが相手ではないにせよ、やはりアルが結婚するのはセレブリティな女性だと考えるからだ。

 フウ。

 メリッサは小さく、アルに気がつかれないように、ため息をついたのだった。

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