アガットの内傷
こむぎこ
書きたいとこだけ、トレーラーのようなもの
*
「好きを好きでいられるために、嫌いをしっかりと嫌わないといけないだろう」
アガットは苦しそうに言う。脂汗がにじみ、制服にべったりと張り付いていた。うすく、輪郭をなぞるように赤い光がにじむ。うわごとのようにアガットは続ける。その声色には、赤い赤い怒りが混じっていた。
「なにより、苦痛の味がわからなくて、幸せのそれがわかるものか。区別はいつだって対があってこそじゃあ、ないか」
「ばかね、考えようとするからこんがらがるのよ。日向ぼっこをして、炬燵で丸くなって。それだけで満足するの。それがしあわせでしょう」
ビャクグンはアガットの額を濡れた手拭いで冷やしながら、応える。ビャクグンもビャクグンで、体の輪郭をなぞるような青い光がにじんでいた。
「それだけで止まれない君に言われるのも、不思議だけどね」
ふっと、アガットの怒りのトーンが落ちた。多少なりとも、ビャクグンの洗脳がアガットにも影響しているのだろう。
「止まれるわ。私と、あなたと、そしてフタアイで。穏やかな満足を抱えればそれでじゅうぶん」
「それは君がやけどの痛みを知っているからだよ。怖さを知って、それから離れたところでのみ僕たちは幸せになれる。背景のない意志じゃあ、やっぱりだめなんだよ」
それきりうわごとのつぶやきはやんだ。
問題は、久々に見たミルキーの色は真っ赤に染まっていたことだった。
「それで、あなたは、ミルキーの赤色を許せなくなったの?」
ミルキーは、純粋な少女だった。その心の色は、真っ白で、多くの人に影響されて、鮮やかな混色を見せていた。半年前までは。ここ数か月でアガットと深く接したことによって、いまはその心は、血のような色へと移り替わっていた。
「そんなこと、問題と思ってやいないさ」
切りそろえたというにはすこし束感とばらつきのある前髪越しに、すこし鋭い目つきをして、彼女は問いかけてくる。
「嘘、ペースが落ちてるわよ。婚約者のことくらいわかるわ」
アガットの、赤色の洗脳のペースが落ちていると、ビャクグンが指摘する。
「そうかな」
「そうね」
「なら、ちょっと疲れてるんだ」
さきほどまで脂汗をかいていた体に鞭をうって立ち上がり、アガットは、キッチンでインスタントコーヒーを作る。
「あら、私といると疲れがとれない?」
そんなことはない、とわかっていてビャクグンは鋭い猫のような目を向けてくる。
「そうじゃないよ、愚痴に付き合ってくれて、ありがとう」
「同じ目的のためでしょう、お互い様よ。」
アガットとビャクグンには、この町の、意見をひとつにするという目的があった。
それきり、視線はコーヒーへと注がれる。水面はほとんど波打っていなくて、この部屋の動きのなさを示してもいた。
「別に何もやっていないよ」
やるというほどのことは、なにも。ただただ、悲しいばかりだ。
生きているだけで、周りの人の心の色を、染め上げてしまう自分の赤色が。
「そんなこと言わないで頂戴。
私は弱いの。あなたのそれに甘えすぎる気がするから、私とうまくやりたいなら甘やかさないで頂戴。そのうち感謝すら忘れてしまいそう」
「なにかしてるわけじゃあないよ、僕は僕がやりたいことしかしないよ」
「あら、そんなに強情にするところ?」
「君のことが好ましいから、格好つけていたいんだよ。だから、甘やかすとかじゃないよ」
「そう? もし好意なら、別のところで頂戴?」
「なら、今度、カフェにでもいこう。最近いいお店ができたんだ」
それが、赤色に染まった人のお店だ、ということはまあ、いったん伏せて言った。
「いいわ。その微妙な誘い文句は、本番で取り返してちょうだいね」
案外、ビャクグンの言葉はすんなりと耳に馴染んだ。
アガットの内傷 こむぎこ @komugikomugira
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