運命の予感

 狩野の友人とかいう派遣会社の営業に呼ばれて、集合場所となった都内の駅出口へ来た。狩野の友人だというのだから、どうせろくな奴じゃないだろう。だから期待なんかしない。会う前から仕事の協力者を見限っている。


 無駄に高いスーツを着てきた。どうせ派遣の仕事だが、第一印象というのは大事だ。スーツの良し悪しが分かる奴が見れば、おそらく俺は派遣の営業よりも金持ちに見えるだろう。


 金は無くなっても衣装は手元に持っていたので、俺の身なりは小奇麗だ。センスが違うので、この街で浮いていないかが心配だが。


 早く着き過ぎたので、出口付近でタバコに火を点ける。職場となるコールセンターが禁煙じゃなきゃいいが。


 紫煙を吐き出すと、不安がいくらか和らいだ。だが、この先どうなるのだろうという漠然とした気持ち悪さはいつまでも腹の底に居座っている。


「あのアホ野郎。俺みたいな奴がコルセンなんて出来ると思うなよ。クレームを入れてきた相手が男っていうだけで、秒でキレ返す自信があるわ」


 誰にともなく毒づく。通りかかった人が無言のまま歩く速度を速めた。


 歌舞伎町ではブツブツでかい独り言を言っている奴なんて腐るほどいるが、あの街を出ればただの変質者になる。世間から見れば俺もただのヤバい奴かもしれない。これから俺がコルセンで電話番をするなんて誰も思わないだろう。


 悪態をつきながらも真面目に集合場所へと来てしまうのが俺だ。器用なのか不器用なのか分からない。いや、器用なはずがないか。それならもっといい人生を歩んでいる。


「あの、織田さんですか?」


 ふいに声をかけられ、振り返ると男女の二人組がいた。声をかけたのは男の方。やたらと日焼けしていて、爽やか風にはしているがどこか胡散臭さを感じる。この嘘臭さは狩野の寄越した派遣会社の営業だろう。


 ヨシ、ちゃんとした不審者だ――狩野の友人と知っているだけあって、妙な安心感を覚えた。


「あなたが、その……」


「申し遅れました。派遣会社DOOMジャパンの営業をやっております真柴と申します」


「あ、どうも」


 間抜けな挨拶をしてから「お世話になっています」ぐらい出てこないのかと自己嫌悪に陥りつつ、真柴の出した名刺を受け取る。なにぶん男の扱いには慣れていない。


「こちらは?」


 女性の方に視線を遣った。素の俺なら堂々と空気扱いしていただろうが、真柴の連れていた女は規格外のいい女だった。


 まさに、視線が吸い込まれたという表現がぴったりきた。


 身長は160センチほど。明るい色の髪はセミロングで、アイドル並みに大きな瞳にはどこか悲しみが居座っているというか、微妙な幸の薄さを感じさせた。天真爛漫とはいかないものの、それを差っ引いてもかなりの美人だ。むしろいくらか幸薄い分、俺にとっても手が出しやすい。


 俺の興味は真柴からその女性へと完全に移った。真柴が俺の視線に気が付く。


「あ、この方も今日から同じ職場で働く方でして、名前は……」


「わたしも織田なんです」


 どこか申し訳無さそうにはにかむ彼女。言いよどむ真柴を自然にフォローする。


「そう、そうなんです。偶然ですが、この方も織田さんと言いまして」


「ややこしいですね」


 別に何が気に入らなかったわけでもない。俺は正直な感想を述べた。


 不愛想な俺に、女性の織田さんが声をかける。


「そうですよね。だから、これからは下の名前で呼び合いません? わたしは真理って言います。『おだまり』で覚えるといいと思いますよ」


 人生の持ちネタなのか、それとも小学校時代から名前でイジられ続けてきたのか、真理ちゃんはいくらかドヤ顔だった。心の中ではちゃん付けだが、実際に呼ぶ時はさん付けにしとかないとな、と変な気を回しながら俺も口を開く。


「俺……じゃなくて、私の名前は童夢です」


「わあ、派遣会社と同じ名前なんですね!」


「ええ、まあ、はあ……」


 ホストとしては焼きが回り、俺もジジイになってきたのか、意味の分からない要素でテンションの上がる真理ちゃんに圧倒される。言ってみれば子犬の高過ぎるテンションに付いていけず戸惑う老犬に似ている。


 童夢とDOOM。確かに響きは似ている。恐らく意味は全然違うだろうが。


 さて、どうしよう。思わぬ角度から来た会話にうまい返しが思いつかない。やはり40歳にもなると色々と焼きが回るのか。


 そんなことを思っていると、真理ちゃんが二の矢を放つ。


「わたし達は同じ苗字だから、結婚しても名前が変わりませんね」


「んっ」


 真柴が小さく呻いた。なんだお前。今のリアクションは。


 一瞬イラついたのはともかくとして、これはボケと取っていいんだろうか。いくらか返しに困るフリだった。


「そうですね」


 コンマ数秒の間に色々と考えを巡らせて、結局流すことにした。天然なのか期待もしていなかったのか、真理ちゃんはニコニコと笑っていた。狩野が見たらニヤニヤしていただろうと思って、勝手にイラついた。


「あの、それじゃあ行きましょうか」


 甘ったるい空気に耐えかねたのか、真柴が会社へと続く大通りへと親指を向ける。そうだった。俺は日銭を稼ぐために働きに来たのだった。すっかり忘れていた。


「よろしくお願いしま~す♡」


 あざとい高さの声で愛想を振りまく真理ちゃん。これは天然なのか、作りなのか。いずれにしても、さっきの流れだけで色恋営業を得意としてきた俺の方が心を奪われかけているのも確かだ。


 ――狩野よ、本当に未来の嫁が見つかったかもしれないぞ。


 いくらか死亡フラグめいた言葉を思い浮かべならがら、俺は派遣先の会社へと歩みを進めた。

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