ボクの映る世界は。

水定ゆう

ボクの映る世界は、今日も……

 僕の目には何も映らない。

 否、姿形は映り描いても、その色は僕の目には届かない。


「はぁ」

「どうしたんですか?」


 そんな僕の前に現れた彼女は、憂いのこもった笑みを浮かべていた。

 僕のことを嘲笑う。そんな真似はせず、僕の目を見ながら呟く。


「君はいつもそんな目をしているね」

「ほっといてよ」


 僕は素早く切り返す。拒絶だ。

 しかしそれは致し方はなく、僕の目は彼女とは違っていた。


「ねぇ、今日はどんな色が見えるの?」

「またその話?」

「うん。君の目に留まる色、私に教えてよ。君がどんなものを見て、どんなものを感じて、どんな世界を見ているのか」


 彼女は僕に興味がある。

 否、それは違う。彼女が興味あるのは僕の目でしかない。僕の目に留まるもの。それはこの世界の色そのものだ。


「好奇心の色が見える」

「えっ、何処何処!?」

「目の前」

「目の前……って、私!? ねぇ、そんなのつまんないよ!」


 彼女は頬を膨らませると、僕のことを叱る。

 もちろん罵声じゃない。いつものことだ。

 だけどそれが如何してか分からないけど少し嬉しい。心が晴れやかな気分になると、僕自身ではないけど、緑色の穏やかな色が視界に映り込む。


「あっ、ちょっと笑った!」

「な、なに!?」

「ふふっ。君も笑うんだよね」


 彼女は僕のことを茶化した。

 ちょっとだけ気恥ずかしくてウザい。

 視線を背けると、彼女は僕の鼻先をツンと触る。


「うわぁ!?」

「君は驚いてばかりだね」

「し、仕方ないよ。だって僕には……」


 僕の世界は常に灰色。そこに映り込むのは、時々変わる感情の色。

 それしか僕は色を判別できず、今のだって本当は避けられたはずだけど、体が勝手に動いていた。


「君にとって見える色は私達とは違う。だからこそ、素敵な色に映るんじゃないかな?」

「いつもそう言ってくれるけど……」

「私は少なくともそう思うよ。だから……こんな所にいないで、早く講義に出る!」


 彼女は僕の手を掴むと離さない。

 決して逃してくれそうにはなく、僕は挙動不審な態度を取る。


「えっ、い、嫌だ!」

「嫌じゃないの。教授も君の絵を待っているんだよ。君が提出してくれないと、私の単位も危ないの。だからお願い、また最高の絵を描いてよ!」


 僕の手を掴む彼女の手は強い。

 熱くて苦しくて、僕は狼狽えてしまう。


「む、無理だよ」

「どうして?」

「だって僕には、あんな、最高の絵はもう……僕にはなにも、ううっ」


 自分自身を悲観してしまう。

 そんな自分が嫌で仕方ないと、僕は憂鬱になる。


 すると彼女は僕の手を掴んだまま立ち上がる。

 僕は力が抜けてしまい、スルリと立ち上がる。

 完全に運動の反射。そこに僕の意志はなく、目を見開いてしまう。


「だったら、今からモチーフを探しに行こうよ!」

「い、今から? ま、間に合わないから?」

「それもあるけど……私は、君の描いた絵が好きなんだ。だから一緒に探せば、どんな色が映るのかなって。そう思ったから、お節介だけど一緒に行こう! ねっ」


 そう言うと彼女は僕のことを連れ出す。

 そんな僕自身も真反対に走らない。

 まるで彼女に連れ出された自分自身を肯定するかのようで、僕は思ってしまった。


 僕自身、本当に見たい色はそこにあった。

 そう、僕は彼女に連れ出されることを望み、そして今に至る。それが僕が最高の画家になるための踏み出した一歩、強く輝く淡い夢なのだから。

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ボクの映る世界は。 水定ゆう @mizusadayou

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