目次

 私が驚きの余り、1週間くらい放置された犬のウンコにそっくりなかりんとうのように固まっていると、黒い虫の塊だった死神らしき者は足を動かさず、捻るようにして上半身だけを伸ばし私の顔を覗き込む。


「貴方……何で生きているのですか?」


 今度ははっきりと聞こえた。さっきはまだ虫の塊、且つ私がこれを生物? と認識していなかったから曖昧だったが……今度は間違いなく聞こえた。そしてこの「貴方」というのは私以外あり得ないだろう。それ程この死神らしき者は私の顔を下から舐めるように覗き込んでいる。

「いや、あの……その前にあなたは何者なんですか?」

 私の質問にガイコツはコキコキと首を捻り。

「質問をしているのは私なのですが? ……まあ良いでしょう。話を潤滑に進めるためにも先にお答えします。もう気付いているかも知れませんが見ての通り私は死神です」

「死神!」

 やはり見た目通りの死神なのかっ! ……まあ、死神じゃなければお化け屋敷のアルバイトから逃げ出してきた生粋の幽霊としか考えられんからな。

 っと私が考えていると死神は続ける。

「あ、因みに今。私の姿は貴方にしか見えていないので、周りの人間からは貴方は一人で喋っている変な奴と思われているので気を付けて下さい」

「あ、それなら別にいつもの事なんで気にしないで下さい」

「いつもの事っ!? それは逆に気になるのですがっ!」

 ……ぇ? そんな驚く事なのか?


 っというところでガイコツが縦にした拳を口に当てわざとらしく咳払いを一つし。

「いや、今はそんな事はどうでもよくてですね。今度はこちらの番です。先程も訊ねましたが貴方は何故生きているのですか? 本来ならば私が描いたシナリオですと、貴方はあのトラックに轢かれて死ぬ運命だったのですが?」

 と言ってトラックへと振り返る死神に釣られて私もトラックに視線を送る。

 未だに救急や警察は到着していないが、トラックの周りには腕にマヨラーという文字のタトゥーを入れたゴツイ黒人や、腕に港区女子という文字のタトゥーを入れたゴツイ文京区女子などが野次馬をしている。


 ……まあ、死神が目の前に現れたという事はやはりそういう事だったのか。


 死神がこちらへ視線を戻すと同時に私も視線を戻すが……当然ながら私には心当たりがない。なので私は重く口を開く。

「そう言われましても私はここに突っ立っていただけで、特に何もしていないんですよ。寧ろ死神さんの方こそ何か心当たりはないんですか? 実は人違いだったとか、実は色違いだったとか?」

「貴方色違いがいるんですかっ!?」

 いやゲームじゃないんだから2Pカラーなんている訳ないだろう?


 ツッコミにツッコミを入れていると死神は続ける。

「いやいや人違いなんてそんな訳ないんですよカエルさん」

 ん? カエルさん?

「良いですかカエルさん。貴方はこの横断歩道で今日、あのトラックに轢かれて死ぬ運命だった。だから貴方はここに居た訳だし、トラックも事故は起こした。なので今日貴方がここで死ぬ運命だったのは間違いありません」

 確かに……そこだけ聞けばその通りだと私も思う。ただ――

「あの〜死神さん。今ので人違いじゃない事はわかりました。ただ――事故を回避出来たのは人違いじゃなくて名前を間違っていたからだと思います……多分」

「名前が違う?」

「はい。私の名前は『カエル』じゃなくて『力工ノレ』です」

「はぁ?」

 死神が素っ頓狂な声を上げる。

「りきこう のれ?」

 私は黙って頷く。そう――私の名前は「カエル」ではなく「力工りきこう ノレ」。

 それを聞いた死神はどこか慌てた様子で、そしていそいそと懐から何かを取り出す。そうして出てきたのは……恐らくスマホだった。まあ、死神の持ち物なので本当にスマホなのか確信は持てないが。

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